我儘お嬢様
「ねぇ、婆や。明後日はユーノの誕生日でね、私、プレゼントと手作りの美味しいパイを持って行きたいのよ。……手伝ってくれるでしょう?」
ユーノの誕生日が間近に迫ったある日、私は婆やにお願いをした。
「ここで一番早い馬車に乗っても王都までは1日かかるんだもの、時間が経っても美味しいパイがいいわ!」
「……お嬢様、きっと旦那様はいい顔をしませんよ」
婆やはそう言ってため息を吐く。最近は誰もが私がユーノの事について話すとこんな態度をとる。昔から私のユーノへの想いを知っていた婆やでさえそうなのだ。なんだか裏切られたような気がして言葉尻がキツくなる。
「どうして婆やまでそんな事言うの!私がユーノを好きなのを知っているでしょうに。応援してくれないの?」
「私はお嬢様の幸せを願っています。……ユーノ様の態度を見ていると不安になるのです。きちんとお嬢様との将来を見据えておられるのか、ゆくゆくは王都からこちらに戻られて、この地の発展に尽力してくださるのか……」
「私はユーノといられるのが幸せなの!婆やが作るパイって優しい味がして、私一番好き。食べさせてあげたいの、お願い」
「……分かりました。でも、お嬢様、一つ約束です。ユーノ様とちゃんと話をしてくださいね、これからのことを」
婆やと一緒に作ったパイと、用意しておいたユーノへのプレゼントを持って、馬車へと乗り込む。
ユーノは王都で、最近見つかったばかりの魔力や、それを用いた魔術について研究している。自身も魔術を使うことに長けているようで、私の眼の前で何もないところから冷たい氷の薔薇を作り出してくれたこともある。……あの薔薇は本当に綺麗だった、溶けてしまうのが勿体無いくらい。
私の恋人はいろんな人に必要とされていて、とても忙しい。それが誇らしいのと同時に、少し…寂しいのだ。本人にはとても言えないけれど。もう少し、私のことを見てくれないかな……。
そんなことを考えながら、馬車に揺られる。速さを重視した分、乗り心地はあまり良くない。いつもお尻が痛くなるので今日はクッションを持ってきたが、はたして効果はあるのだろうか。
王都に着いたのは翌日の夕暮れであった。ユーノは、家にいるだろうか。毎年会いに行くからきっといてくれるだろうと思っていても、やはり心配になる。期待と不安を抱きながら、ユーノの家に向かう。
「どこか、出かけてるのかな?」
職場が近いからという理由で借りている集合住宅のその一角。ドアを叩いても声をかけてもシンとしている。耳を澄まして中の様子を伺っても人のいる気配はない。
とりあえず玄関先にクッションを敷いて座り込む。馬車の揺れには無力だったが、意外なところで役に立った。
「ーーシノア、シノア!!」
急に意識が覚醒する。馬車ではよく眠れなかったからか、いつの間にかうとうとしてしまった。目の前には不機嫌そうな恋人の顔。
「ユーノ、帰ってきたのね……。おかえりな」
「どうしてここにいるんだ。しかも寝ているなんて。君に警戒心はないのか!?」
最後まで言わせてはもらえなかった。刺々しい声で、詰られる。
「確かに寝てしまったのは悪かったけれど、そんな声出さなくたっていいじゃない。あなたに会いに来たのよ、今日は特別な日だから」
「特別な日……?」
「誕生日よ!ユーノのね!おめでとう、あなたが生まれてきたことを天に感謝するわ!」
それを聞いてユーノがハッと顔色を変える。
「……誕生日?そうか、だから……。
ごめん、シノア。今日は先に約束をしている。君とは過ごせない」
「いつも一緒だったのに?お仕事の日じゃないんでしょう、今日くらいいいじゃない」
「来てくれて嬉しかった。でも……」
さらにユーノが何か言おうとしたその時。
「ユーノ!迎えに来たよー!!」
場違いに明るい声。そちらを向くと、長い亜麻色の髪を揺らした美少女がこちらに向かって手を振っている。
「っ!イース、どうしてここに……!」
「えっへへー!どうせなら一緒に行こうかなーと思って迎えに来ちゃいました!……そちらさんはどなたですかな?」
そう言うと彼女はピタリとユーノの横にくっつく。馴れ馴れしい、と思うもそれに対して嫌がる様子を見せないユーノに焦る。
大きな紫色の瞳、無邪気な表情。身を包むローブはユーノと同じ魔術師であることを表していた。
突然の乱入者に言葉が出てこず、黙りこくる。
「彼女はシノア。……僕の幼馴染だよ」
幼馴染。確かにそうでもあるのだけれど、私たちの関係にはもっと適切な言葉があるじゃないか。縋るようにその顔を見上げるが、彼はこちらを見ない。
「ふーん……。あっもしかして会いに来たの?でもごめんなさい、今日は私たちが先に約束しててね、ね?」
同意を求めるようにユーノを見て、その腕を抱き込む。
なんで振り払ってくれないの。私という恋人が目の前にいるのに?私が何も感じないとでも思っているの。
2人の親しげな様子。ここには私の知らないユーノがいた。私には、ユーノしかいなかったのに。どうして、どうして。
「ーー触らないで」
「へぁ?ごめん、よくきこえなかった……」
「触らないでって言ってるのよ!!」
その華奢な身体を突き飛ばす。きゃ、という悲鳴と共にどさりと倒れこむ身体。
一瞬のことだった。すぐに我に帰り、自分のしたことに唖然とする。こんなこと、するつもりなかったのに。
ユーノが彼女を助け起こすのをぼんやりと見つめる。なんだか現実感がなかった。
「……ごめんなさい。私、あの、……ごめんなさい」
言葉がそれしか出てこない。大変なことをしてしまった。でも、この後に及んで私が一番に考えているのは彼女が怪我をしていないかの心配ではなく、ユーノに嫌われていないかである。
「シノア、……帰ってくれ。頼むから」
静かな、しかし有無を言わせない声だった。どうして、こうなってしまったんだろう。私はただ、お祝いしたかっただけなのに。
「ねぇ、……私のこと、嫌いになっちゃった?」
そんなこと、この場で聞くべきではなかったのに。違う、そんなことはないと言ってほしくて、ただ安心したくて、震える声で媚びるように聞いてしまう。
ーーユーノは何も言ってくれなかった。