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入学式


「だから屋根裏はやだっていったんだー。時間かかりすぎぃ」

「クイナがもう少し早く起きてくれれば充分間に合うよ! なんで入学式の朝から起きられないの!? 」


わーわーと喚きながら階段を駆け下りる。

昨日『朝起きられなかったらおこしてくれる? 』というお願いを深く考えずに了承した自分が憎い。大声を出しても揺すっても起きないクイナをやっとのことで起こして準備させた頃には、私が入学式会場に着くよう予定していた時刻になっていた。

私は余裕を持って行きたかったのに!!


「昨日よんだ本がおもしろくてついつい夜更かし。後でかすね」

「ありがとう!!」


お喋りもそこそこに寮を飛び出しひたすら走る。数十分ほど前には多くの生徒が歩いていただろう道も今は人影が全くなく、それが焦りに拍車をかける。

入学式に遅刻なんて冗談じゃない。それだけは避けようと必死に足を動かした。




「ひぃ……はぁ……ま、まにあった……」

「いやーあぶなかった。アーデルの足があんなに遅いなんておもわなかったし。

魔術師って体力もだいじだから身体きたえた方がいいよ」

「わ、わかってる。でもね、そもそも、クイナがちゃんと、起きてくれれば」


なんとか遅刻せずに済んだものの息がなかなか整わずぜぇはぁと肩を上下させる。く、苦しい。さらに遅刻しそうになった元凶に至極まともなだめ出しをされてやるせない気持ちになった。こ、こやつめ。


既にほとんどの席が埋まっている会場を歩き回り、ようやく見つけた席に腰を下ろす。はぁ。


「……明日からは起こさないから」

「そんなせっしょーな」


ちゃんとおこしてー、と肩を掴んでゆさゆさと揺さぶられるが、黙殺。もう少し君は反省したほうがいい。


『静粛に。これより王立魔術学園入学式を開会いたします』


会場内に響き渡る開会の言葉。魔術で音を増幅しているのだろう、便利なものだ。


入学式はつつがなく進む。魔術研究院の院長や魔術薬の権威、王宮付き魔術師などなどのそうそうたる顔ぶれが祝辞を述べる。


「ふあぁ……ねむぅい」


隣からは緊張感の欠片もない声。正直に言ってしまえば、こういったものは退屈でしかないのだ。私も心の中で早く終わってくれることを願う。


『続きまして、学園長よりお言葉を賜ります』


学園長。100年以上の時を生き続ける魔術師。その言葉を聞き、うとうとと微睡んでいた意識がはっきりする。

紹介を受けて壇上に上がったのは、長い薄紅色の髪を綺麗に纏めた青年である。王立魔術学園の学園長になんて到底見えない、シミや皺の見あたらない滑らかな顔、年齢による衰えを全く感じさせない姿。

しかし、正面を向いて居並ぶ生徒を見渡すその瞳は静かで、老成している。


歪だ。


その様を見た瞬間、脳裏によぎる言葉。

人間の本来の寿命を大きく超え、それでも青年の姿のまま生き続ける存在。自然の理を魔素という未だ謎の多い物質により歪めた結果。

なんだか酷く、奇妙で異質だ。

"彼"は、どうなのだろう。


『こういった場は窮屈で仕方がない。手短に話そう。

まずは諸君、入学おめでとう。君たちは栄えある王立魔術学園の生徒となった。

だが、ここは出発点にすぎない。

魔術は発見されてからそう間もない、不完全な技術だ。この100年でそれなりに進歩はしたが、未だ解明されていない点も多い。そして日々新たな発見がある。

君たちは、"選ばれた人間"だ。他の有象無象とは異なる、魔術の深淵に触れることができるもの。

誇りたまえ、己を。そして邁進したまえ、この道を。

諸君が大いなる魔術の発展に寄与し、後の世を築く礎となることを願う』


感情の窺えない、淡々とした語り口。声を荒げているわけでもないのに聞くものを萎縮させる温度を感じさせない声。彼が話し出した途端、会場の空気がピンと張り詰める。

話していたのはほんの短い間だったのに、それが永遠に続くかのように長く感じた。彼の姿が見えなくなってから大きく呼吸をし、気づく。知らず知らずのうちに、息を詰めていたことに。


彼は、果たして人間なのだろうか。そんな馬鹿げた疑問を持つほどに、異質。

学園長なので、なにか学校行事がある度に出てきてこんな風に周りを威圧していくのだろうか。それはちょっと嫌だな。


空気が緩む。皆がそれぞれ開放感を味わっているのだろう。しかし、それも長くは続かない。


『続いて、新入生挨拶。新入生代表、ゼノン・ヴァルハイト』


その名が呼ばれた途端、会場が俄かに騒がしくなる。彼方此方で小声で言葉を交わし合う人達。


ヴァルハイト。この国一の魔導士の姓を持つ少年。


その少年は色めき立つ者達には目もくれず、堂々と演壇の上に立つ。

品よく切りそろえられた栗色の髪、通った鼻筋、美しい顔。どうしようもなく懐かしい、その顔。

群衆を見下ろすその瞳は、紅玉の如き赤。


目が、離せない。その少年は纏う色彩は違えど、あまりに"ユーノ"によく似ていた。


朗々と響く涼やかな声。内容は一切頭に入ってこない。ただ、ただ、その美しい顔を見つめる。馬鹿のように、惚けたように。


ヴァルハイトって、なんだ。なんでそんなによく似ているんだ。あなたは誰なの。あなたはユーノの一体なに?

頭の中でわんわんと言葉が飛び交う。

もう、好きではないはずなのに。どうして私はこんなにも動揺をしているのか。


100年だ。長い長い時間が経っている。愛した人の1人や2人いるだろう。子供や孫やひ孫までいるのかもしれない。"彼"と似ている人がいたっておかしいことじゃない。なにもおかしいことじゃない。なのに。どうして。



こんなに胸が痛い。



思わず胸元を強く掴む。強く、強く。目はそれでも彼から離れることはない。ひたすらに、見つめる。

挨拶を述べながら、彼が周りを見渡したその時。

目が、合った。


『ーーっ』


一瞬、声が止む。こちらの姿を認めて見開かれる赤い赤い瞳。互いに目を反らすこともせず、見つめ合う。

耳に痛いほどの沈黙がほんの僅かな間訪れた。



『、失礼しました。私たちはこの時より』


すぐに我に返り、目を無理やりそらし挨拶を再開する。しかし、それは先ほどまでの堂々としたものでなく、心内の動揺を表すかのように早口だ。

そのまま挨拶を終え、足早に演壇を降りる。もう、彼はこちらを見ることはなかった。


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