入学前日
無事に試験を合格し、王立魔術学園へ入学する権利を得た私は、入学式前日より寮が学生の受け入れを開始するため、僅かばかりの荷物を持って王立魔術学園に向かっていた。
身にまとうのは王立魔術学園推薦の黒い簡素なローブだ。ローブは指定がなくどんな意匠のものを着ようが自由なのだが、これが一番手頃な値段でものもよかった。ただ、これも師匠に買ってもらったので、どんどん借金が嵩んでいく。この歳で多額の借金を負うことになるなんて、少し前のわたしは想像もしていなかっただろう。いや、それ以前に魔術師になるなんて選択すらかつての私には存在しなかった。師匠が村に来てから私の運命は大きく変わったんだ……。
師匠はもう少し王都にいるって言ってたけど、もう今までみたいに顔を合わすことはできない。きっと、私には何も言わずにいつの間にか旅に出ているんじゃないだろうか。湿っぽい話は嫌いって前に言っていたから。
故郷の家族は一体今どうしているのだろう。王都についてから2回ほど手紙を送ったが、我が家は誰も字が読めないのでちゃんと村長のところへ行って読んでもらえたのだろうか。
師匠や家族について思いを巡らせるうちに王立魔術学園の前へと来ていた。警備の人に入学許可証を見せ、門の内へと足を踏み入れる。
試験が学園内で行われたため敷地内を歩くのは初めてではないのだが、あの時とは違いこれからここに通うことになるのだと実感するとどきどきしてくる。
広大な敷地には青々とした芝生が茂り、剪定された木々や草花が至る所に生えている。緑が多いのに野性味を感じず、洗練された印象を与えるのは偏にそれだけ人の手が入っているからだろう。そして暖かな色味の石畳が至る所に敷かれ、延々と続いている。
歩いているうちに見つけた大きな池には洒落た弓型の橋が架かっている。そこの縁に寄りかかって仲よさげに語らう男女がまたなんとも絵になることで。
建物も皆重厚な造りの立派なものだ。古いものなのだろうが、手入れが行き届き、なんとも趣がある。
簡潔に一言で言ってしまえば。
「お金かかってるなぁ……」
さすが王立だ。学舎にここまで金をかける必要はあるのだろうかと疑問に思うほどの洗練されっぷり。"シノア"ならいざ知らず、貧乏生活に慣れ親しんだ私は圧倒されっ放しだ。
漸く女子寮の前までたどり着いた時にはすっかり疲れ果ててしまった。
ふらふらと中へ入り、怪訝な顔をする管理人らしき女性に入学許可証を見せる。ああ特待生の、と声を漏らし合点のいった様子を見せた彼女は、付いてくるようにと声をかけて歩き出した。
一通り寮の設備を案内した後、階段を1階、2階、3階と上り、さらにその上の屋根裏部屋へ。開かれた扉の向こうには、二組の机と寝台が置かれたこじんまりとした部屋になっていた。決して広くはないが可愛らしい雰囲気だ。女性は何か質問があれば下まで来るように、と言い置いて鍵を渡し戻っていった。
「今日からここで暮らすんだ」
机が二つに寝台が二つ。恐らくもう一人ここに住むことになるのだろう。仲良くできるといいが。
大きな窓が付いているため部屋の中は明るい。一通り部屋の中を見てから、どうせなら外の景色を見ようと窓へと近づき外を見る。高い位置の部屋だけあって、非常に眺めがいい。
「素敵な部屋……」
「いや、屋根裏部屋ってどうかんがえてもはずれだよ。上り下り疲れるし時間かかるし、狭いし。やだなー」
ぼうっと外を眺めていると、突然背後から声が掛かる。咄嗟に振り向けば、大きく開かれたままの入り口に見覚えのある少女が立っている。
「君、試験の時の……」
「クイナ・セドネア、だよ。今年の特待生はふたりってきいてたけど、やっぱりわたしとあなただったんだ。部屋もおなじだし、なかよくしようよ」
彼女は話しながら部屋の中へと入ってくる。そして寝台の上に持っていた荷物を放り投げ、あーしんどい、と言いながら直後に自身もどさりと倒れこんだ。そのまま手を使わずに足をこすり合わせることで器用に靴を脱ぎ、猫のようにくるりと丸くなる。あーあ。
「随分と"お行儀がいい"のね」
「まぁね。親のしつけがよかったの」
思わず呆れを含んだ声で軽く揶揄すれば、飄々と言葉を返される。なんだかおかしくて、ふふっと笑うとクイナもぷっと吹き出した。それから二人揃ってくすくすと声を立てて笑う。うん、仲良くできそうだ。
「私はアーデル。よろしく、クイナ」
寝台の傍らまで歩き、手を差し出す。クイナはゆっくりと体を起こすと、差し出した手をきゅっと握り、ふにゃりと笑った。
「そういえば、クイナは何組なの? 私は11組なんだけど」
荷物を広げ終わりだらだらと取り留めのないことを話している最中、ふと気になって聞いてみた。
「わたしも11組だけど……アーデル、もしかしてしらないの? 」
「何を? 」
「……この学園の組はね、生徒の格をあらわすんだよ。1から11の中で、きほんてきには数字がすくないほど優秀、おおくなるにつれてだめなやつ扱いされる」
「聞いたことなかったな……。それって11組の私達はすごく駄目な生徒ってこと? 」
そんな馬鹿な。私にはそれなりに勉強ができるという自負がある。
「きほんてきにはって言ったでしょ。その中でも例外が1組と11組。
1組はね、とにかく別格。全員推薦で入学してて、能力、家柄どっちもすごいやつしかはいれなーい。まぁ明確な基準は明らかにされてないけど、はいれる人がすくなすぎて、結果として少人数の組になるんだよね。それがさらに1組の箔をつけるんだけど。
この学園で一番えらくて学園の外でもえらいひとたちでーす。
11組はね……一番のおちこぼれの組ではあるんだけど、それに付け加えて問題児が集まる組でもあります。だめだめな子とぉ、能力は申し分ないけど、人格面、素行面で問題ありの生徒、なんていう厄介者をひとところにあつめてぇ、管理するのです。
問題児組は大体がもともとは別の組にいたんだけど、なんか問題を起こして留年、それから11組に割り振られるっていうひとが多いのです。
学園では一番やばい組としておそれられてます。はいったらおわりだそうです」
クイナは身振り手振りを交えながらひとしきり説明してくれた。とりあえず11組に入ると大変ということは分かった。だがしかし、なぜ私がその11組に。
「特待生はね、問題児だらけの11組をうまく動かすためにいるの。生徒みんな問題児やだめだめな子だったら教師の負担がはんぱじゃないし。
ただで学ばせてやるんだから、それくらいやれってことなんでしょー」
わたしはひとの世話焼く気は一切ないけどねー、まともそうなアーデルがいてよかったなぁ、と人に面倒を押し付ける気が見え見えの彼女に脱力しつつ、とりあえず明日からの生活を想像してみる。
ため息が出た。