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試験

私が王立魔術学園に行くことに一抹の不安を抱いている間にも日は刻々と過ぎ、試験日となっていた。試験は学力を確かめる第一試験と、面接と簡単な実技試験を行う第二試験に分かれており、第一試験の結果が出た後、第二試験が行われる。


第一試験の筆記は、歴史や地理、計算に文学などが出たが、どれもこれも簡単であった。"前"の両親は当時には珍しい女でも勉強をするべき、という考えを持っており、あまり勉強が好きではなかった当時は反発したこともあったが、今となっては感謝の念しか湧いてこない。ありがとう、お父様お母様。そしてありがとう、家庭教師の先生。当時は逃げ回ったり、生意気な口を聞いたりして申し訳ありませんでした。

過去を振り返りながらペンをすらすらと淀みなく動かす。鼻歌でも歌いたくなるほどの上機嫌だったが、会場の所々から聞こえる嗚咽を聞いているうちにすっかりその気分も萎んだ。




「試験第1日目はどうだった? 」


師匠との夕飯時の話題はやはり試験についてだ。


「筆記は恐らく問題ないです。

……ですが、驚きました。あんなに特待生希望者が多いなんて思っていなかったから」


試験会場では一般試験受験者と特待生希望受験者は分けられていたのだが、特待生希望の人数は非常に多く、中には私にもよく馴染んだ洗いざらしの簡素な服を着た人もいて、少し親近感を感じていた。


「王立魔術学園は教育機会の均等を標榜している。貧しいものにも平等に機会を与えよう、という趣旨で試験には金もかからない。だから結果として、成り上がることを夢見る奴らが大量に押し寄せるのさ。大抵1次で落とされるがね」


師匠はそう言いながら、皿に盛られた豆を気鬱げにフォークで突いている。あまり好きではなかったらしい。


「私は庶民にも機会を与えてくれるなんてありがたい話だと思いますが」

「……教育機会の均等、なんて笑える話さ。試験の内容は一般受験の者と同じ。そして一般受験者は大抵が家庭教師をつけてみっちり勉強しているものばかり。そんな奴らとなんとか字が読める程度の庶民に同じ試験なんて、合格させる気がないって言ってるようなものだよ。

実質的には均等でも平等でもないのに、お偉い魔術師の方々はご立派なことをのたまう。そういうところが気にくわない」


吐き捨てるその顔は険しい。


「だが、試験自体は公正。事実、特待生として合格するものが一人二人いる年もある。

気に入らない制度だが、利用できるものなら利用するべきだろう」


粗方皿の上を片付けた師匠は、最後に端に寄せていた豆を一気に口に放り込んだ。眉根を寄せつつ咀嚼し、苦い顔。そのまま残しておくこともできるのに、律儀な人だ。




筆記試験から数日後に試験合格の通知を受け取った。さしたる感慨は湧かない。なぜなら初めから受かると分かっていたからだ。

……なんてちょっとかっこつけてはみたが、顔は締まりなくにやけている。正直に言ってしまうと嬉しい。受かるとは思ってたんだけどね!

帰ってきた師匠の目にも入るよう、食卓の端に無造作に通知を置いておく。あくまでさりげなく、気負いなく。師匠はなんと言うのだろう。

夕方に帰ってきた師匠の様子をわくわくしながら伺っていたが、師匠はちらりと通知をみてあぁ来たんだ、と言いそのまま何事もなかったかのようにどっかりと腰を下ろし本を読み始めた。

……受かって当然だと思われてたんだよね、うん。別に褒めて欲しいなんて思ってないし。




第二試験は通知を受け取った三日後だった。第一試験と同じように案内に従い、面接まで待機するようにと言われた場所まで向かう。


ーー静かだ。私と同じように待機室を目指す人がいてもいいのに、いない。第一試験の時も騒ぐような阿呆はいなかったが、多くの人がひしめく気配、のようなものがしていた。それが今は全くない。なんだかひどく心細い。

指定された待合室の前まで来ても、相変わらず人の気配は感じなかった。


大きな音を立てないようゆっくりと扉を開ける。広い講堂。普段は恐らく生徒で溢れているであろうそこは、今は静まり返っている。人は、教壇の前に詰めて座っている4人の男女しかいない。

……これだけ?

思わず入り口で立ち尽くす。

あれだけたくさんの受験生がいたのに。あらかじめ師匠からほとんどが落とされると聞いてはいたが、実際に目にすると驚かされる。これから来る人もいるのだろうが、しかし…

しばらくその場で考え込んだのちに我に帰り、扉を閉めて前にそそくさと座る。これしか、いないのか。


横目で隣に座る子をちらりと見る。小柄な女の子で、ふわふわとした金色の柔らかそうな髪が頭とともにこっくりこっくりと揺れている。揺れている?


「寝てるの?」

「ねてない。うとうとしてただけ」


思わず呟くと、もごもごとした声で答えがあり、軽く頭を振ってからこちらを向く。

軽くそばかすの浮いた顔。目は眠たげで、今にも閉じそうだ。


「うとうと……」

「うん。することなくて暇だし。本でももってくればよかった」


そういってふあぁと欠伸をしてみせる。余裕があるからなのか、もともとのんびり屋さんなのか。彼女の纏う空気はこの張り詰めた空気の中では異質だ。


「ねぇ、なにか退屈しのぎ……本とかもってない? 」

「面接に必要ないから持ってないよ」


小声で会話を交わしていると、ちっという舌打ちをする音。集中したい人にとっては私たちの会話は迷惑でしかないだろう。面接までおとなしく黙っていようと考えていると。


「いまさらあせったってどーしよーもないのに。あきらめわるいね」


その声はふにゃんとした柔らかなものなのに、内容は非常に攻撃的で、相手を煽るものだ。決して大きな声ではないけれど、この場所ではよく聞こえたことだろう。先ほどよりも硬く張り詰める空気。どうしたものかと考え始めたその時、ガチャリと扉が開き、眼鏡をかけた細い男が入ってくる。


「クイナ・セドネア、前へ」

「はい」


男に呼ばれ、ハキハキと通る声で返事をしたのは隣に座るあの少女である。先ほどとは打って変わり背筋も伸び、目もぱっちりと開かれ、溌剌とした印象を人に与える。まるで別人じゃないか。彼女は後手にこちらへ手を振りながら、颯爽と男の元へ向かい、部屋を出る。




こうして気まずい雰囲気を作り出した張本人は早々に退出し、残された私たちは重苦しい雰囲気の中で自分の番がくるのを待つのだった。


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