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散策 3


「よ、余計なお世話? 」


「そう!ちょーっと考えてみてよ。魔術師の僕が例え絡まれたからって言ったって、一般人に対して魔術を使うのはあまりよろしくないでしょう?だから殴られて仕方なく、正当防衛ってことにしようと思ったわけ。……あんなに強く殴られるのは想定外だったけど」


酷いよね、とぼやきながら顔の下半分をペタペタと確認するように触り、まじまじと手を見つめる。それから徐にローブの袖を顔に近づけた。まさかそれで拭う気か。

慌てて手巾を取り出す。簡素な白の布地に家にあった粗末な糸で刺繍をしたものだ。


「これ、あげるから使って」

「……きれいな刺繍。くれるの? 」


そっと手巾を受け取り、小首を傾げて聞いてくるので、うんうんと頷いて返す。少年はありがと、と言うと手巾をしまい、袖で顔を拭った。

違う、そうじゃない。


「ん?あっもしかして怪我が気になるの?大丈夫、ちゃんと治してもらうから。僕治癒魔術は苦手なんだよねー」


もの言いたげな私の顔を見て怪我の心配をしていると思ったらしい。確かにそれも心配だったけれど、そこじゃないんだよ。


「そういえば、君さっき魔術を使ってたよね。うーん、その格好を見るに、王立魔術学園に入学するために貧乏少女がクソ田舎から夢と希望を抱いて遥々上京して来たって感じなのかな! 」

「大体合ってるけど、人の故郷を糞田舎って言うのはどうかと思う」


事実ではあるが面と向かって言われると悲しい。さっきから思ってはいたが、かなり失礼な少年だ。

じとりとした目で見つめるとくすくすと笑われる。


「いいよいいよ! 貧乏少女が都会の荒波に揉まれながら夢を掴もうと奮闘する、なんてやっすい大衆小説みたい!僕そーいうの大好き!!

山場として退学処分になりかけたり、信じてた人に裏切られたり、国家を揺るがす陰謀に巻き込まれたりするんだよね!! 」

「そんな波乱万丈な生活を送る予定は一切ないから! 」


目を輝かせて何てことをいうんだ。山あり谷ありな展開は望んでいないし、これからそんな生活を送ることもない、はずだ。

ええー、つまんない、と文句を言うこいつは人を一体なんだと思っているのか。

そこでふと彼が何者なのかが気にかかった。本人が言っていたように魔術の腕前はなかなかのものだったが……


「……ねぇ、もしかして君も魔術学園に入学するの? 」

「うーん、その推測は惜しい、かな。僕はね、もう入学して3年だから」


魔術学園の入学に年齢制限はない。だから私と同じくらいに見える彼が3年前に入学しててもおかしくはないけれど、なんとなく釈然としない。こんなちゃらんぽらんな癖に3年も前に試験に受かっているとは……!


「ち、ちなみに今いくつ? 」


動揺のあまりに吃ってしまった。とりあえず年齢を確認させてもらおう。


「15歳だけど? 」


平然と答える少年。15、15歳かぁ……。目の前の姿を見つめ直す。私よりもやや高いくらいの背、ぱっちりと開かれた大きく丸い目に滑らかかつ柔らかそうな頬、中性的かつ幼げな顔に高い声……これが15歳!?


「嘘だ!! 」

「嘘じゃないよ」


どう見たって15歳には見えない。かなり鯖を読んでいるだろう。


「ちょっと証拠見せてみなさいよ! 」

「僕が意外と大人だっていう証拠?……君、結構大胆なんだね! 」

「なんの話!? 」


なんでそこで頬を染めるんだ。


「まぁいいや。本来なら僕は今頃素敵なお姉さんとお近づきになってよろしくやっているはずで、ガリガリのちびすけと一緒にいるなんてついてないなーと思ってたんだ、け、ど! 」


そこで一旦区切り、ぐっと距離を詰めてくる。近い近い!


「君はちょっと面白い。ねぇ、僕の名前はディトーリオ。ディトーって呼んでくれていいよ。君は? 」

「わ、私はアーデル」


大きな丸い目がすぐ近くにある。流石に気恥ずかしくて、距離を取ろうと軽く胸を押すと、あっさりと離れていった。なんなんだ。


「ふふ、安心していいよ。僕は肉感的な女性が好きだからどこもかしこもぺったんこの君には興味がないんだ! 」


そう言って胸を張るが、どこにも胸を張る要素が見当たらないし、つくづく失礼なやつだ。


「でも、なんだか君とは仲良くなれそうな気がする」

「……仲良く? 」

「そこで嫌な顔しなーい! 」


もう!と言って頬を膨らませているが、全く可愛いとは思えないのは何故なのか。顔は中性的で可愛らしいと言えるものなのに。中身のせいか。

ディトーは私の態度に散々文句をつけるだけつけると僕もう帰るから、と言って背を向け歩き出す。

騒がしいやつだったな……とぼんやりその後ろ姿を眺めていると、あっという声とともにピタリと足を止め、こちらを振り向いた。そして大きく手を振る。



「またね、アーデル! 」






私が師匠と暮らす家にようやく帰ったのは、夕暮れ時だった。知らず知らずのうちにずいぶんと家から離れてしまっていたらしい。帰るのに少し苦労した。

途中で買ってきた野菜を洗い、芋を剥き、夕飯の下ごしらえをする。今日の献立は買ってきたパンと野菜少なめ芋多めの塩味のスープだ。店を覗いて驚いたが、王都は葉物がえらく高かった。早くこの値段に慣れるか、安く野菜を売っている店を見つけないとな……


「ただいまー。あぁ、疲れた。どいつもこいつも久しぶりに会ったっていうのに喜びやしないどころか私の研究資料の字が読めないだの頼んだ仕事をしてないだの文句ばかりつけてくる。やだねぇ、まったく」

「お帰りなさい、師匠。散らかしたものは後でちゃんと片付けてくださいね」


台所に立って作業をしているうちに師匠が帰ってきた。ローブをその辺に脱ぎ散らかしてどっかりとソファに座る。大分疲れているようだ。


「アーデル、魔術学園の方から願書をもらってきたから後で書いといてくれ。日も迫っているし、明日出してくる」

「ありがとうございます」

「……今日は街を歩いたんだろう? どうだった、久しぶりの王都は」


優しい声が背中にかかる。

どうだったんだろう……


「昔は街角にあったただのパン屋さんが120年続く老舗になってて驚きました。あと王都はちょっと葉物が高すぎますね。師匠、野菜の安いお店知りませんか」

「野菜なんて見ないから全然知らないねぇ。酒が安く売っている店ならわかるんだけど」


思った通りの回答だ。


「あと、王立魔術学園の生徒に会いました。……気になったんですけれど、魔術師って変わり者が多いんですか? 」

「うん? まぁ頭のおかしなやつはかなり多いね。もともとおかしかったのか、魔術師になっておかしくなったのかは分からないけど。

君があった子もその類かい? 」

「……おそらく」


ディトーといい、師匠といい、魔術師に変な人が多いのなら、その卵の集まる魔術学園も相当の変人揃いではないだろうか。だとしたら



「仮に試験に合格したとしても、私は入学してからやっていけるのでしょうか……?」


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