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散策 2



「ねぇ、見苦しいからもうやめたら? 女にもてない男が必死になってるのって最初は見てて面白かったんだけど、だんだん可哀想に思えてきて今じゃ哀れみの念を禁じえないよ」


突如緊迫した場面に似つかわしくないあどけない声が響く。乱入者は、まだ声変わりもしていない、小柄な少年であった。可愛らしい中性的な顔に人懐っこい表情を浮かべるその少年は、しかしどこか人をおちょくるような、不快な気分にさせるような、独特の雰囲気を持っている。そして身につけているのは黒いローブ。


「……口の利き方に気をつけろよ、餓鬼」


「気をつけなきゃいけないのは君の方じゃない? 僕、ほら、魔術師だよ。痛い見る前に退散するべきだと思うなぁ。あっお姉さん、僕が来たからにはもう安心だよ! 」


身にまとったローブと手にした杖を見せつけるように動かしたあと、女性に向かって片目を瞑ってみせる。……なんだか、その仕草のいちいちが相手を煽るようで、見ていてハラハラしてきた。

男も相当イライラしてきてるのだろう、額に青筋が浮いている。


「僕は紳士で男気溢れる人間だからね、困っている人を見過ごせないんだ。さあ、不細工で見るからに女性と縁がなさそうなそこの君、天才魔術師との呼び声高いこの僕を怒らせる前におとなしくしたまえ! 」


やめておけばいいのにさらに少年は男を怒らせるようなことを芝居がかった調子で告げる。それからちらりと女性に視線を送ったところを見ると、どうやら彼女の前でいい格好をしたかったらしい。


「だったらその魔術師様の実力見せてもらおうじゃねぇか」

「……あれ?おかしいな、普通ここで悪役は尻尾巻いて逃げーー」


激昂した男は素早い動きで思い切り腕を振りかぶり、少年の顔に拳をめり込ませる。めしゃっという何かの折れるような嫌な音とぐっと呻く音がし、小柄な体が吹っ飛ぶ。激しい音を立てながら建物の壁に激突し、そのまま路上に倒れ伏す。

止める間もないあっという間の出来事に唖然とする。ま、まさか死んでないよね……、とどきどきしながら少年を見ているとぐすっと鼻をならしてもぞもぞと動く。


「ゔぅ、痛い……。これ鼻折れてる絶対。でも心配いらないよお姉さん……って、あれ、いない? 」


少年は泣き言を言いながらやっとの事で体を起こし、辺りをきょろきょろと見回している。あのお姉さんはなかなか強かだった。少年が殴られている間を好機とみてさっさと逃げて行ったのだから。


「悪漢に怯えるお姉さんを僕がかっこよく助けて『素敵、抱いて!! 』ってなる予定だったのに……なんのために僕は殴られたんだろう」


がっくりと肩を落とし嘆いているが、そんなことをしている場合ではないだろう。彼はこの状況が理解できていないのか。先ほどの態度も鑑みると、もしかしたらとんでもない阿呆かもしれない。


「なんつってたかなぁ、『ぼくはてんさいまじゅちゅし』だったか?その割には手応えねぇけど。さっきのは嘘でした、ごめんなさい、って謝ってもいいんだぜ?まぁゆるさねぇけど」


ニタニタと笑いながら男は獲物を甚振ろうと近づく。このままではあの少年がひどい目にあうのは目に見えている。激昂している今、止めることは難しいかもしれないが、逃げる時間を稼ぐぐらいなら私にだって。


緊張から汗が滲み、こめかみを伝う。未だに人に向けて魔術を使ったことはないし、こんな場面で使うことになるとは思わなかった。上手くいくだろうか。

大きく呼吸をして逸る鼓動を落ち着けてから、止まれ、という大きな声とともに隠れていた小道から勢いよく躍り出る。一瞬こちらに気を取られた男の足下に杖を向け、詠唱。突如その足に氷が纏わりつく。


「な、なんだ!? 」


喚く男の声を背中で聞きながら、そのまま少年へと駆け寄る。ぽかんとした顔でこちらを見上げる少年の顔は、鼻がひしゃげ、血まみれである。


「早く立って!」


そう言って腕を掴み、無理やり立たせようとする。うわわ、とかちょっと待って、とか言っていたようだが、焦る私はとにかく逃げなければいけないの一念で取り合わない。なかなか立ち上がれない少年に苛々し始めたところで、ふと影を感じ背後に目をむける。


顔を赤黒くした男がすぐ後ろに立っている。おかしい、あの術は氷で足を地面に縫い付けるものなのに。動けるようになるのが早すぎる。慣れない杖を使ったからか。今からもう一度、駄目だ、間に合わない。頭の中では様々な思考が駆け巡るが、体が動かない。

男が大きく腕を振りかぶる。向けられる悪意と圧倒的な暴力の気配に怯え、とっさに身を縮こめ、固く目を瞑る。




ーーバチバチッという音と、一瞬の閃光。

それに次いで、どさりと何か重たいものが地面に落ちる音がした。



……何が起こったんだろう。気になるのに、目を開けた瞬間殴られるのではないかと思って、目をつむり続けることしかできない。


ぽんぽん、と肩を優しく叩かれ、大丈夫だよ、という少年の声を聞き、そろりと目を開けて後ろを見る。

そこには先ほどの男が倒れていた。


「ーーなんで……?」

「それは僕が天才魔術師だから」


前に向き直れば、そこには相変わらず血まみれの、しかしにっこりと笑う少年の顔が。


「助けようとしてくれて、ありがとう。まぁ、かんっぜんに余計なお世話だったんだけどね!」


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