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散策


カチャリ、という錠が外れる音がして、扉が開かれる。一拍遅れて鼻についたのは、埃臭さであった。

結構汚れてるねぇ、なんて言いながら部屋に入る師匠について行こうとし、足が止まる。そこにはおぞましい光景が広がっていた。


居間であろうその場所には、そこらじゅうに本が積み上げられ、すこし触れば雪崩が起きそうなほどである。本が積み上げられていない床にも何かの書き付けらしきものが広がっていて、正に足の踏み場もない状態。部屋の中央には机が置いてあるが、その上には食べかけで放置されたパンやチーズが置かれている。極め付きに、蔓延る虫。


師匠が歩くたびに埃が舞い、窓から射す西日にキラキラと輝いている。あまりの光景に気が遠くなった。


「……師匠、これは、なんですか」

「いやぁ、しばらく帰ってなかったから」


あはは、と軽く笑っている。


とんだゴミ屋敷じゃないか!!!


しかしここをなんとかしなければ、今晩の宿がない。しばしの逡巡の後、覚悟を決めてゴミの山に踏み込む。

積み上げられた本を一旦部屋の外に出し、部屋中に広がる書き付けを拾い集める。チラチラと視界を横切る虫は、いないものとする。

師匠に掃除用具を発掘してもらい、一年で積もった埃を掃く。その後は水拭き。とにかく必死に働いた。師匠がどうかは知らないが、私はゴミ溜めで寝るなんて御免被る!


その師匠はといえば、外に出した本の埃を払うように頼んでおいたのだが、ふと様子を見に行くと壁に寄り掛かって本を読み耽っていたので、いろいろと諦めがついた。この人に片付けは向いていないなんて、この部屋を見れば分かりきったことじゃないか。


なんとか人が生活できる空間を取り戻すことができた頃にはとっくに日が沈んでいた。


「綺麗な部屋は気持ちがいいねぇ」

「……そうですか」


返す声も疲れ果てて低くなる。長旅で疲れた体にこの仕打ちはあんまりだ。


「そう不機嫌な声を出すんじゃないよ。ほら、さっき近所でパンを買ってきたんだ。ここのはなかなか美味しいよ」


パンなんかで機嫌が直るものか、と思っていたが、人間お腹が満たされると寛容な気持ちになれるのか、食べ終わった頃にはまあまあ機嫌が良くなっていたので、我がことながら単純だと感じた。




そんなこんなで無事に一晩を過ごして今日、私は一人でむしゃむしゃと広場で肉のパイを食べている。師匠はどうしたのかというと、朝方にとっとと出かけて行った。

顔を出したい場所があったらしく、『君は王都に初めて来たわけじゃないし、一人でも大丈夫だろう?あぁ、でも人通りのない場所にはいかないように』とだけ言い置いて出て行った。私の昨日の態度を見れば、王都に初めて来たも同然だということは分かっているだろうに。まあ、私も家でじっとしていられず、こうやって外をふらふらと見て回っているのだが。

この店は昔からあったのでついつい懐かしくて買ってしまった。今では120年前から続く老舗としてなかなか繁盛しているようだ。味は……よく覚えていない。こんなだったかな?



パンを食べ終えた後、また散策を開始する。すると、記憶にあるよりも汚れた、しかし見覚えのある道を見つけた。細く薄暗い路地だ。昔は洒落た雰囲気を感じたが、年を経たせいか、今は薄汚れ、怪しげな空気を放っている。

それでも思わず懐かしくて、小道に入り歩き始める。時代においていかれたようなこの道は私には馴染みのあるもので、そのまま思い出に浸る。

ここの道を横に行くと雑貨屋があって、当時は若い女の子がたくさんいたし、私も何度か訪れた。そこの角には花屋があって、いつだったか大きな花束に思わず足を止めたら、その時一緒にいたユーノが買ってくれたんだった。その後も一緒に街を歩く予定だったから、大きな花束は邪魔で仕方なかったけれど、私を喜ばせようとしてくれたのが嬉しくて、ずっと胸に抱えていたっけ……

懐かしく切ない記憶に思いを馳せていると、耳に微かに言い争うような声が届く。


「……? 」


声のした方向を確認しようと、道を外れ私が通るのがやっとほどの建物の間の狭い空間を縫って歩く。建物の陰から様子を伺うと、そこには二人の男女が。大柄で野卑な印象を与える男が、おとなしそうな女性に難癖をつけているらしい。


「あの……も、申し訳ありませんでした」

「あんたのせいで腕がいてぇなぁ。申し訳ありません、だけじゃ全然誠意を感じねぇわ。何してくれんだ? んん? 」


涙声の女性に対して、男のねっとりとした声がかかった。その様子を見て、思わず眉間にしわがよる。女性がぶつかったらしいが、たいして痛くもなかったのだろうに、嫌な奴だ。


男がもし乱暴な真似をすれば止めに入ろうと杖を握る手に力を込め、もう少し成り行きを見ようと息を潜めた。


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