1話 「旅立ちの日」
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舞い上がった土や砂で汚れた窓を開け、少し離れたあと、室内の太陽の光が届かない日陰の中から双眼鏡で外の様子を窺う。国同士が争いを始めたせいか治安が悪くなり、盗賊が現れるようになった。
(誰もいないみたい、よかった)
窓から離れて双眼鏡を使うという行動には意味がある。以前、向かいに住んでいた人が窓の近くで双眼鏡を使ったところ、レンズが反射して盗賊に見つかったらしい。それ以降、ゆっくりとこの村の人口は減り、最終的に私1人の廃村に陥った。
ただ、今は盗賊がいない。今のうちに用意を済ませ、旅に出る支度をしよう。鍵付きの引き出しを開け、そこから1通の手紙を取り出した。
丁寧に仕舞われていたからか、1つの汚れもない。この手紙こそが、顔も知らない両親との唯一の繋がりだった。封筒には見たことない国旗と、切り株の中に国が収まってしまうくらいの大きな木。
私は両親に会いたかった。何故、と聞かれると自分でも分からない。8年前に両親宛てに出した手紙が始まりだった。届くはずもない手紙に返信が来た。ただそれだけが原動力だった。両親と会ったらどうなるか。2人を殴るかもしれないし、嬉し泣きするかもしれない。不安こそが私の気力になった。途中でくたばるものか。
自分で魔物を狩り、その皮を鞣して作った背嚢に傷を治す回復薬、発煙手榴弾、世界地図、双眼鏡、硬貨の入った小さな袋を入れ、最後に封筒を布に包んで丁寧に入れる。
腰のベルトに水袋を括り付け、ベルトポーチには、たまに村に来ていた商人から買った麻痺毒の瓶を仕舞う。
壁に立てかけていた手作りの弓を背負う。弓の両端に滑車を取り付けており、軽い力で威力が出る。ナイフと回転式拳銃を腰の後ろ側に仕舞う。弾は1発だけ。この村に住んでいた人が私にくれた物だ。異国の地の物らしく、私の住んでいる地方では拳銃というものは見たことがない。だからこそ切り札になる。使うタイミングはよく考えよう。
(食糧とテントは馬に載せてあるし、あとは……)
箪笥に仕舞ってある手のひらサイズの杖を取り出す。木の枝にしかみえないが、折ると光を放つ球体を出す。簡易な照明魔法を杖に封じ込めたものらしい。これも商人から購入したものだ。
準備は終わった。
外に出て指笛で馬を呼ぶ。すると家の裏の方から蹄の音が聞こえた。徐々にその音は近づき、私の前に颯爽と現れた。
「アタランテ、いよいよ出発だよ」
馬の名前は『アタランテ』。月毛の雌で速くて力がある良い馬だ。私は鐙に足をかけ、鞍に座った。足で腹を圧迫して前進の合図を送る。
(最初の目標は北にある王国を目指そう)
背嚢から世界地図を取り出す。地図には私の住んでいる村と周りの平原しか載っていない。私が知らない土地に行くことでこの地図は更新され、広がっていく。魔法の道具の1つだ。地図の左端にある方位を目印に、ゆっくりと北を目指すことにした。
北にある王国まで500km程度。1日50kmのペースで歩けば10日後には着く。1日に大体8時間移動することになる。休憩を多めに、夜間は魔物が狂暴化するため、安全な場所で野営する。
常歩で余裕を持って歩き、馬上から廃村となった故郷を眺める。寂しくはないが、不思議な感じだ。恐らく、私がここに戻ってくるときには、この村はなくなっているだろう。
しばらく歩いたあと、遠くの方で馬車や馬が列を作って歩いているのが見えた。双眼鏡で確認すると、あまり長い列ではないが、前後に武装した騎兵がいる。隊商だろうか。目的地が一緒なら、上手く交渉して団体で行った方がいい。
アタランテに合図を送り、駈歩で近づいてみる。最前列の武装した騎兵がこちらに気付いた。私は大きく手を振り、敵意がないことを示す。そうすると、騎兵は武器を構えるのをやめ、列が歩む速度を落とした。
「どうした! 旅の者よ!」
「君らは北の王国に行くのかい? もしよければ同行させてくれ、協力するから!」
騎兵は馬車を馭者に合図を送る。その馭者が、この隊商の地位の高い行商人である。馭者は首を縦に振ったあと、自ら私に話しかけた。
「黒色の総髪の美しい女よ、歓迎するぞ!」
さすが商人、人を煽てるのが上手い。気分の良くなった私は、隊列の左側面に加わる。両サイドのどちらかから襲撃が来た場合、魁となり殿ともなる位置である。
見晴らしの良い平原だ。敵は近づかれる前に発見できる――
――はずだった。合流してから数時間歩いたあと、前兆もなく地面から飛び出してくる魔物がいるなんて。
「ワームだぁぁぁああッ!」
騎兵の1人が大きく叫んだ。それは悲鳴ではなく、隊列に魔物が出現したことを伝え、次に取るべき行動を確認させる為の号令だ。
ワームの数は2匹と少ないが、大型だ。左側面に出現したため、最初に交戦することになるのは私だ。
(騎兵たちの馬車は大砲で迎え撃つのか、……よし!)
弓を構え、限界まで引き絞る。弦はキリキリと音を立て、矢はぶれていない。弓に付いている簡易な照準器を覗き、1匹目に矢を放った。
矢は見事に命中し、そこから緑の液体が噴き出す。ワームにも痛覚があるのか、金属を擦るような声を発した。隊商の馬たちは驚き、恐怖でその場から動かなくなってしまったが、騎兵の馬とアタランテは違う。
アタランテは私と狩りで慣れていたためか、怯むことなく走る。私はアタランテに合図を送り、180度向きを変えて走った。矢を刺された方のワームが私たちを追いかけ始めた。
狙った通り、分断が成功した。騎兵たちの方は大砲の準備が完了し、もう1匹のワームに弾を撃ち込んだ。
ドンッ、と大きな音が鳴る。弾はワームの口の中に入り、体内で爆発した。巨大な体をうねり、その場に倒れる。1匹仕留めることができた。
もう1発大砲を撃つ準備ができるまで、囮にならなければならない。何事もなければワーム大砲を撃ち込んで終わりだったが、思い通りにはならなかった。
20匹ほどだろうか。ワームや私の方へ向かっている。目を凝らして見ると、それは魔物化した狼の集団だった。
「狼の集団が来てるよーーっ!」
可能な限り大きな声で状況を伝える。狼はワームを狙ってきたのだろう。私たちが離脱する頃にはワームに集っているはず。目の前にいるワームを一刻も早く仕留めなければ。
――いや、仕留める必要はない。動かなくすれば、食うだろう。
私はベルトポーチを開け、鏃を麻痺毒の瓶に浸ける。そして、矢が刺さっている場所に狙いを定める。刺さっている所からより深く、血液に麻痺毒が混ざった方が効果はある。
呼吸を整え、隊商に近づけないように、ワームを反時計回りで走る。矢が刺さったのはワームの左上部だ。
(呼吸を穏やかに、最初から照準を近づけなくていい。徐々に、ぶれずに。)
照準と目標が重なった瞬間、左手を離し、番えていた矢を放つ。刺さっている矢よりも手前から矢は飛んでいき、鏃が重なるように刺さった。
即効性の毒ではないが、大型でも徐々に効く。ワームの攻撃を巧みに躱し、隊商に合流する。
「旅の者! あのワームはどうした!?」
「麻痺毒を射ち込んでおいた! 今のうちに逃げよう、狼が追ってくるよ!」
行商人は大きく首を縦に振り、騎兵や仲間に合図を送る。私は隊商が襲われないよう、列の左斜め下に陣取った。
落ち着いたところで、双眼鏡を取り出す。狼の方を見ると、20匹どころではなかった。100匹以上は確実にいる。
「おかしいな……、この時期の狼はこの先の森に居るはずなんだが……」
騎兵の1人が疑問を漏らす。確かに私もこの時期に狼を見たことがない。冬を乗り切るため、狼の毛皮欲しさに森まで出かけたことがあるから分かることだ。
その狼は脚が速い。私たちが離脱した数分後にはワームを喰らっている。溢れた数匹が此方へ向かって走っていた。
「数は少ない! 弓を取れ、各個撃破する!」
騎兵が弓を取り、迎撃する。しかし、既に距離を詰められているため分が悪い。その時、あの行商人が私に何かを投げつけた。
「総髪の女よ! 受け取れ!」
それは鞘に収まった刀。刀身と柄が一体の、削りだしの物だ。持ち手には美しい花の模様がある。模様は儀礼用のための装飾ではなく、滑り止めの加工である。その刀剣の名は『ヤタガン』と言う。
弓を背負い、左手で受け取った刀を抜く。内反りの刀身で刃の先に重心があるためか、非常に斬りやすい。
「その刀は加護を受けた武器なんだ! つまりは刃毀れし難いし斬れ味が落ちにくいってことだ! うちの商品だけどやるよ、ササッと殺っちまえ!」
頷き、アタランテの走る速度を落とす。1匹目が跳んで襲いかかってくる。普通の狼と違って魔物化した動物は肉体の能力が強化される。跳躍した狼は私の頭上まで跳びあがった。
空中にいる狼にしっかりと狙いを定め、腹部を斬り上げる。空中に一度身を投げ出せば噛みつくこと以外、落下するしか移動する方法はない。容易に斬ることができる。
アタランテの脚に噛みつこうとしている狼は、どれも瞬間的な速さに追いつくことができず、距離を取られたところを騎兵たちが狙い撃ちにした。
あのしつこい狼たちはついに追うことを止めた。数匹では敵わないとでも思ったのだろうか。それで大群で来られても困るが。
「日が沈みかけているな、野営の準備をするぞー!」
行商人が号令を出す。すると列は円を作り始める。円の中に行商人たちのテントを立て、円の外に騎兵たちはテントを立てた。襲撃があったとき、防戦しつつ逃げやすい陣形らしい。
私はあくまで旅人という関係からか、円の中で過ごすことになった。1人用のティピーテントを張り、行商人たちが集う焚き火の近くで暖をとっていた。
「やぁやぁ、俺は『ベッチ・ヘンドラウ』って言うんだ。アンタの名前は?」
最初に私に声をかけ、刀をくれた行商人が近づいてきた。頭にバンダナを巻き、ゴーグルを首からぶら下げている。いかにも商人、といった感じだ。
「私は『テルコ』。改めて列に加えてくれたことに感謝するよ」
「いやいや、鋭い目のアンタが来たときは何事かと思ったが、何はともあれ助かったぜ。……つか、テルコって名前ってことは『ジパング』の人間か?」
「ジパング? わからないけど、もしかしてこういうの?」
私は背嚢から封筒を出してベッチに見せる。彼は眉間にしわを寄せ、顎に手を当てて記憶の箪笥を探っていた。
「……いや、そんなもんジパングにはなかったな。そもそもこのでっけぇ木は『世界樹』じゃねぇのかい?」
「世界樹? それってどこにあるか分かる?」
「わかんねぇ。巡礼者がよく『世界の中心』にあるとかほざいてたな。星の表面に中心なんかあるわけねーだろってな」
「そっか……。ありがと、北の王国に着くまではしっかりと護衛するよ」
彼は、難しい話はせず飯でも食おうと言うと、私の手を引っ張り焚き火の近くへと行った。私もアタランテに積んでいた食糧を取り出し、食べることにした。アタランテもワームや狼の戦闘で腹がすいていたのか、騎兵の馬に交じって草原の草を食べていた。
小説を書くのは初めてです。稚拙な文章で申し訳ありません。どこをどうしたらいいんじゃないか、などの感想を下さると助かります。また、それ以外の感想ももちろん歓迎しております。