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擬態

作者: 羽柴 慎

苦しい。息が出来ない。

キラキラと光る、揺れる天井。

手を伸ばしても到底届きそうにない、そんな場所に男はいた。

底に沈んでいくのをぼんやり待つだけで、

もがく事もせずに揺れる天井を見つめている。


暗いのは嫌だなぁ。

あ、でも死んだら暗いもなにも無いのかな。

虚無になるのかな。ちょっと怖いけど何も考えなくていいならそれでいいのかもなぁ。


そんな事を考えながら、男は何故か涙を流した。

それは、水の中では判別出来ず、するすると消えていく。男の涙の塩分も、この水の中では到底判別出来ないだろう。地球の7割を牛耳っているこの水は、何もかもを飲み込んでいくのだから。


あ、本格的に苦しい。酸素が無くなる。

待って。嫌だ。


男の中の酸素の9割が水に飲み込まれたその時、男は絶望の淵に居た。そして、底へ底へと猛スピードで落ちていく。


嫌だ。苦しい。怖い。助けて。

やっぱり、まだ死にたくない。


男は暴れ、もがき始めた。それは客観的に見ればとてもゆるりとしたものであるが、男の中では必死にもがいているつもりで、また、心情も真逆の物であった。

そんな死の淵を彷徨う男の側をふと通りかかった小さな魚がいた。魚は男をちらりと横目で見て、ぱくりと口を開けた。

「助けてあげようか?」


何故魚が喋っているのか、そんな事すらもう考える余裕のない男は、ゆるりと2、3回頷いた。


すると、その魚は男に這い寄り、ヒレを一振り、ぺちんと男の耳の下辺りに叩きつけた。

すると魚の触れた部分がぱかっと勢い良く開き、男の肺が満たされる。魚が、今度は反対側の耳の下辺りにもう一振りすると、そちら側の顎もぱかっと開き男の肺は完全に満たされた。

ゴボゴボゴボッという音を立て、泡が天井へと吸い込まれていく。


男はそのぱかりと開いた箇所に手を触れると、目を丸くして驚いた。


「これって…私は今えら呼吸をしているのか。」

そして不思議な事に水の中であるにも関わらず、喋ることができた。

「そうとも。僕が君を助けたんだ。感謝しておくれよ。」

魚は得意げにひらりと一回転してそう言った。

「助かった、本当に有難う。なんでこんな事が出来るのか、何故君と喋れているのかは分からないが、お陰で私は地上に帰れる。また会えるかはわからないが、何処かで会えたら何かお礼をさせてくれ。それじゃあ。」


男は勢い良く天井に向かって泳ぎ始めた。先ほどまでのゆるりとした動きが嘘のように、猛スピードで上へ上へと駆け上がっていく。


身体が軽い。帰れる。帰ったら何をしようか。一度死んだも同然、ならば生き返ったも同然。それならば何か新しい事を、今までの自分が諦めていたとんでもなく無茶な事をしてみようか。


天井は目前。男は目をキラキラと輝かせ、更に勢いを増して水中を駆け抜けた。天井を突き抜け、ザバーンと顔を上げたその時、男は自身の身体の異変に気が付いた。先程までの呼吸の満足感、身体の軽さが嘘のように、海面から顔を上げてからはみるみるうちに苦しくなり、身体が重くなっていったのだ。


「嘘…だろ。」


男はまた絶望の淵に居た。


苦しい。息が出来ない。真っ青な中に点々と浮かぶ白が眩しい天井。

手を伸ばしても到底届きそうにない、そんな場所で男は大粒の涙を流していた。


ザバンッ。

勢い良く倒れこむようにして水中へ自ら飲み込まれていく男。逆戻り。底へ、底へと沈んでいく。

肺は満たされても心は全く満たされる事無く、男の目からは光が消えた。

とうとう先程の深さまで沈んだ時、小さな魚が、やはり男を横目で見ながら口を開いた。


「やあ、お早いお帰りで。まあこれから宜しく頼むよ。同志…いや、後輩君。」





それからいくらか月日が経ったある日、

女が水中でもがき苦しんでいた。ゴボゴボッ。声にならない声で助けを求める。助けを求める度に体内の酸素が勢い良く泡となっては消えていく。

もう駄目だと女が諦めかけたその時、ふと通りかかった小さな魚と中くらいの魚が女を横目で見て口を開いた。



「「助けてあげようか?」」



最後までご拝読有難うございます。

当方、初投稿でございます。

自宅でぼーっとしている際に突然、少しゾクリとするような奇妙なものを書いてみたくなり、その流れで思いつくがまま書いたものがこちらです。

この話は、男の絶望から始まり、救いを挟み、最後にまた絶望という何ともジェットコースター的展開になっており、後味も悪いものになっておりますが如何でしたでしょうか。

因みに、分かりづらいですが最後の小さな魚というのは物語の主人公の男で、中くらいの魚は男をこちらの世界へと誘った”元”小さな魚という設定になっております。


また書き溜めたものを修正、投稿していこうと思いますので、機会があったらまたご拝読お願い致します。


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