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告白

 部屋の照明は落とされ、先程までマキナとバカ騒ぎをしていた空間は、嘘のようにしんと静まり返っていた。深夜なので家の外からの通行人の声はしないし、車の走る音もしない。

 床で横になっていたアキラは体を起こし、枕元にあるスマホを手に取り時刻を確認する。現在の時刻は一時四十五分――眠れない!



 普段アキラはこの時間は、アパートの自室でゲームかスマホのどちらかとご対面をしているので、彼にとっては自分が起きている事は何ら珍しい事ではなかった。

 しかしここは他人の家。好き勝手やる事なんてできる筈がない。スマホで適当にネット検索でもやろうと思ったアキラだったが、そんな事をして眠れるとは到底思えない。結局のところ、布団の中で何もせず睡魔をひたすら待ち続けるしかなかった。

 先ほどマキナには、火口内部だろうと氷の上だろうと眠れると豪語したアキラだが、実のところ寝る場所が変わると途端に寝つきが悪くなってしまうのだった。

 己の口の軽さと適応力の無さを責めつつ、アキラは再び布団に潜り込もうと体を寝かせた……が、


「宮葉君、眠れないの?」


 アキラの頭の方でマキナの声がした。少し驚いたが、アキラは体を寝かせたまま口を開いた。


「ああ。やっぱり俺、場所が変わると眠れなくなるんかな……」


「私も……今日は何だか目が冴えちゃってるよー。おかしいよね……」


 アキラは眠れない原因が、寝る場所が変わっただけではないという事はすでに気づいていた。

 眠れなくてイライラする、といったものとはまた別の感情が、暗闇の中でアキラの心を支配しようとしていたのだ。



 その時、ベッドの周囲がピンク色の光で照らされた。マキナが点けたベッドライトだった。

 照明がピンク色というのは、いかにも女の子らしいチョイスなのだから問題はない。しかしアキラからしてみれば、こんな深夜にピンク色というのは可愛らしいとはまた別のイメージ(・・・・・・)がわいてきたのだった。


「ねえ宮葉君。よかったらこっちにおいでよ」


 ベッドに座ったマキナが、眠れなくて困っているアキラに対して手招きをした。ピンク色の光に照らされた壁をバックにアキラを呼ぶ様は、誘惑をしているようにしか見えなかった。


「お、おう!!」


 それを見たアキラは最早遠慮のかけらも感じさせないほど素早く起き上がり、マキナの隣に座った。



 アキラには何ともやるせない思いがあった。

 もしマキナとの関係が今よりも深いものになっていたのなら、告白する事ができていたのかもしれない。

 しかし、今のアキラはそんな立場にはいない。何にしろマキナと挨拶以外でまともに会話をした事があまりなかったのだ。これまでマキナに対するバリアを無意識のうちに張ってしまっていた。

 そんな中少しずつ彼女との関係を深めていくことにしたアキラにとって、この状況で思いを伝える事は禁忌としていた。何故なら、最近話し始めたばかりの女子に告白なんてしたって、軽くあしらわれるかドン引きされるかのどちらかでしか無いのだから……



 しかしアキラ自身、今の状況に何ら不服などはなかった。

 昨日だってマキナの手伝いをする事ができた。そして今日は彼女の店の美味しい料理を食べる事ができたし、マキナとくだらないバカ騒ぎをする事ができた。そしてマキナの優しさと気配りの良さも十分に知る事ができた。よくよく考えてみれば、この二日で十分な収獲があったのだ。

 アキラは、今日はこれ以上マキナを模索するのはヤボだと妥協した。

 そんなアキラの心境を感じ取ったかの如く、隣に座っているマキナは口を開いた。


「宮葉君……クイズ出していいかな?」


「へ!?」


 アキラはマキナの方向を向いて間抜けな返事をした。こんな真夜中に、彼女が問題を出そうとしているからだ。


「ク、クイズって何!? テスト勉強でもすんの?」


「ううん……もっと簡単な問題だよ?」


 マキナは「とぼけないでよ」とでも言いたげな表情で答える。妙に落ち着いた様子で、うっすらと笑みを浮かべていた。その様はピンク色のベッドライトが背景という事もあって、可愛いとも怪しいとも受け取る事ができた。


「……別にいいけど……」


 アキラはゴクリと唾を飲み込んだ後、ぼそりと呟いた。そんなアキラを一瞥したマキナは、静かに口を開く……


「今、私には好きな人がいます。それは一体誰の事でしょう?」


 マキナの短い問題文を聞いた後、アキラの脳髄に激震が走った。マキナに想っている人がいるという事を知ってしまったのだ。

 アキラは以前まではマキナを遠くで見ている事しかできなかったが、昨日のゴミ拾いの件で少しずつ一歩を踏み出して行きたいと決めた。怯えている自分を変えたいが為に、そして最終的にマキナに告白する為に……

 しかしここに来て、アキラのマキナに対する想いは早くも崩れかけていた。何故ならマキナに好きな人がいるならば、マキナをいくら想ったって、アキラの想いが叶う事なんて絶対にないのだから……



 問題を聞いたアキラはしばらく放心状態だったが、心配そうに顔を覗いてくるマキナの視線で我に返る。

 どんな結果で終わろうとも事実である事に変わりはない。真実すら受け入れられないようでは、マキナを心配させてしまう。

 とにかく、今はこの場をやり過ごそう――そう決めたアキラは……


「す、好きな人!? そ、それは分からないなぁ……」


「分かるまで寝かせないよ」


 マキナは布団にリターンという現実逃避を許してはくれなかった!

 マキナはなおも色艶な目つきでアキラを見つめてくる。最早怪しいとしか思えなかった……



 アキラはなんとしてでもこの場をやり過ごしたかった。失恋したも同然なのだ。とにかく嫌な気分は一夜を過ごして解消しようと、ベッドから立ち上がり床の布団に戻ろうとしたその時、ジャージの裾をマキナに掴まれた。


「えっ!?」


 マキナは右手でアキラのジャージをガシッと掴んだまま俯いている。アキラには頬が紅潮しているように見えた。


「ええっと、これマジで分かんないから、答えは明日とかじゃダメかな?」

「……」


 アキラは流そうとするもマキナは口を開かない。

 この状態が約一分続いたので、流石にこのまま布団に戻るのはどうかと思い、再びマキナの隣に座った。しかし相変わらず、マキナは下を向いたままだ。



 いつまで経っても何も喋らないマキナが心配になったアキラは、どうにか活気づけようと思い、彼なりのエールを送った――つもりだった。  


「ええっと……今藤野さんが好きな人っていうのはどんな人なのか俺もよく分からないけど、きっと藤野さんに似てすっごく優しくて、そしてカッコいい人だと思うぞ? そんで成績優秀で運動神経バツグンで、誰からも信頼されて……ははっ、俺も見習わなきゃなー……だってさ、その人と俺みたいなダメ人間とじゃ月とスッポンだしなあ……はははっ……」


 この時アキラは笑うしかなかった。マキナの想い人が自分には到底敵わない存在のように思えてきたからだ。マキナとその想い人に対して静かに応援をしていた……が、


「私の好きな人は、ダメ人間なんかじゃない……」 

 

 アキラがその言葉を聞いた瞬間、マキナが抱きついてきた。

 ピンク色のパジャマを着た柔らかな体が、アキラの体にまとわりつく。抱きついたマキナの体からは、ほのかな石鹸の匂いが漂ってきた。


「ふ、藤野さん? ……マジでどうしちゃったの?」


 アキラが発したのは素朴すぎる質問だった。それと同時にアキラの心拍数が急上昇する。それはマキナも同じだという事がすぐに感じ取れた。

 夜明けもまだ遠い真夜中の部屋の中、マキナが静かに口を開いたのだった。


「今の問題の答えは、宮葉君……あなたです」


「……!?」


 アキラは確かに声に出して反応した筈だったのだが、緊張ゆえか声帯すら麻痺しかけていた。生まれて初めて女性に抱きつかれるこの感覚。呼吸をする事で精一杯だった。

 が、そんなアキラに追い打ちをかけるが如く、マキナは一言一言丁寧に自らの思いを正直に語りだした。


「私ね、宮葉君に……ううん、アキラ君に出会った時からずっと憧れを抱いてた。だってあれだけ自由気ままに、あるがままに生きてる人なんて見た事がなかったもの。私、何度か告白されたけど、全員それを断ってきたよ。だってその時にはすでにアキラ君に魅かれていたんだもの。でね、みんなから怖がられているのは単にアキラ君が感情を表に出すのが下手なだけで、本当はとっても優しい人だって事が分かってきたの――えっと、何が言いたいのかっていうとね……」


 マキナは一回深呼吸をして溜めを作った。そして次の瞬間、自分の一番正直な気持ち(・・・・・・・・)をアキラに伝えた。


「私、アキラ君が大好きです!」


 正直すぎるストレートな気持ちを受け取ったアキラは、現状況を整理するのに非常に苦労をした。すでにマキナとは恋愛などできないとタカをくくっていたが故に、こんな展開など夢にも思ってもいなかった。

 マキナの想い人が、まさか自分自身だったなんて……



 アキラはしばらくの間考えた……

 どうする!? この状況でマキナの気持ちに今応える必要はあるのだろうか? 彼女を受け入れるのはもう少し後でも良いのではないだろうか? そんな考えが、アキラの理性をどうにか保とうとしていた。

 しかしマキナに対する思いは、アキラを一歩前へと進ませる……

 アキラは抱きついているマキナに対して両手を広げ、そのまま覆いかぶさった。マキナの想いに対するお返しだ。マキナは少し驚いていたが、やがて落ち着いた表情に戻った。

 アキラは重い口を開く…… 

 

「俺、性格悪いからクラスの連中からも教師からも散々白い目で見られてきて、何もかもが嫌になっちまった時があった……」


 アキラはこの時、これまでの高校生活の一年間が頭をよぎる。

 学校内で煙たがられている事は、アキラとて良い事ではなかった。誰かの悪口には慣れたとはいえ、アキラ自身が孤独を抱いていたのだ。

 それでもアキラは今の自分の気持ちを伝え続けた。


「そんな時でも俺に笑顔を見せてくれたのがマキナちゃんだ。あんたに出会ってから、その笑顔にどれだけ救われてきたかわかんねぇ……」


 アキラはマキナと同じく数秒の溜めを作った後、一番正直な気持ち(・・・・・・・・)で返した。


「俺も、マキナちゃんが大好きだ!」



 ●



 お互いの気持ちがリンクし合った後は、どれだけの時間が流れた事だろう……

 二人はピンク色の光の中で、長い長い時間を抱き合っていた。

 光の外は暗闇の中。その静けさは、この世界に二人しかいないと感じさせるほど……

 その静寂を破ったのがアキラだった。


「もし俺でよかったら、付き合ってくれ!」


「ありがとう。喜んで……」


 マキナは何の迷いも無く返事をしたのだった。



 流石に息苦しくなったのか、アキラは掴んでいた両手を振りほどいた。しかしそれでも感情は昂るばかりだった。


「マキナちゃん、もうだめだ! 床で寝る事なんてできねぇ!」


 アキラは隣に居る大好きな人の目を見据えて言った。


「ベッドで一緒に寝かせてくれ!!」


 我ながらよくこんな事言えるもんだと心の中で密かに思ったアキラだが、こんな爆弾発言如きで取り乱すマキナではなかった。


「もちろんそのつもりだよ。今夜はもう……離さないんだから!」

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