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ガールズ・ルーム

 夕食を兼ねてのるんかでの食事を終えたアキラは、店の隣にある藤野宅にお邪魔をする事となった。

 アキラの肩には着替えの入った巾着バッグ。そう、まさかのお泊まりが承諾されたのである。アキラはわざわざ自宅に戻り、泊まるのに必要な物を取ってきたのだ。

 マキナの家はアキラの家から離れており、徒歩だと片道三十分以上かかってしまう。

 アキラが食事を終えたのが夜六時過ぎで、それからダッシュで荷物を取りに戻る。相当急いだのか、七時前にマキナの家に到着する事ができた。



 アキラは藤野宅のインターホンを鳴らす。ピンポーンと家の中に音が鳴り響き、その後ハーイと返事が聞こえてきた。しばらくすると、パジャマに着替えたマキナが玄関の扉から顔を覗かせた。


「えへへー。いらっしゃーい」


 嬉しそうなマキナの表情を見ると、アキラの方もつられて笑いそうになった。


「おうっす。本当に泊まって大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。うちの両親だってこの事は分かっているから」


「……そうか? じゃあ遠慮無く……」



 そう言ってアキラは藤野宅へ上がり込んだのだった。



 最初に両親に泊まっていかないかと言われた時は、何かの冗談だと思って軽く受け流していた。アキラ自身、マキナとはまだそれ程の関係は築いていないと思っていたからだ。

 アキラはせいぜい二人で笑い話ができればいいとタカをくくっていたのだが、マキナからの真剣な眼差しでのお泊りの推奨を受けて、断る理由がなくなってしまった。

 クラスの好きな女子と一夜を過ごせるというチャンスを逃す手はなかった。



 アキラはリビングのソファに座り、テレビを見ていた。

 するとマキナはキッチンから切ったリンゴの乗った皿を持って現れた。食後のデザートといった感じのサービスなのだろう。丁度喉が渇いていたアキラには絶妙なタイミングだった。


「おっ、ありがとう」


 あまりのタイミングの良さにアキラはテレビから目を離してマキナに質問をした。


「藤野さんって俺の考えていることが分かるの?」


「えー? どうゆうこと?」


 テーブルの上に皿を置いたマキナは、間抜けさが入った声で答える。


「……いや、何でもない」


 シラを切られたマキナは「変なの」と言ってクスッと言って吹き出しそうになる。

 切られたリンゴはきれいにウサギの形をしていた。丸まったウサギみたいで可愛らしい。


「うわっ、すげえ。これ藤野さんが切ったの?」


「そーだよー。ちょっと変だったかな?」


「いや、全っ然! めっちゃ上手く切れてんじゃん!」


 アキラに賞賛されたマキナは、舌を出して照れくさそうな仕草をした。



 ●



 それからはウサギのリンゴをお供に、バラエティ番組を見ながら二人だけの夜を過ごした。

 テレビの中でやってる大御所芸人のコントを見て、マキナは大笑いをしている。アキラは今までこんな楽しそうにしているマキナは見た事がなかった。笑顔を絶やさないのは、何も学校だけじゃないんだなと確信をしたアキラだった。

 それからは一人ずつ入浴を済ませて、アキラはジャージに着替え、その後はマキナの部屋で談笑をしていた。

 部屋の中はきれいに整頓されており、内装はいかにも女の子チックだった。カーテン、照明、テーブル、本棚……その他もろもろの品が全体的にピンク色を帯びている。

 ベッドの枕元には、マスコットキャラクターのぬいぐるみがいくつも置かれていた。


「ごめんね。部屋狭くて」


 マキナは不意に自分の部屋の窮屈さに対して謝った。


「いやいや、ここで寝られるだけでも十分満足だよ」


 一晩でも自分の好きな女の子の部屋に泊まる事ができるのだ、部屋の良し悪しは言えまい。


「なーんか、男子をウチに泊めるなんて凄く新鮮な感じ……」


 ベッドに腰を下ろしているマキナは、昔を懐かしむような口調で話した。


「実はね、この家に泊めたのは男子では宮葉君が初めてなんだよ。女子ではミサちゃんとアユナちゃんが何回か来てくれたけど。特にミサちゃんは小学校の時から仲が良かったから、何回も泊まりに来てくれたっけ……」


 友人の事を楽しそうに話すマキナを見て、アキラまで顔がニヤけてきた。

 マキナはミサとアユナが家に泊まりに来る事を受け入れ、ミサとアユナはマキナを心のよりどころとする。この関係は、お互いに長きに渡って作り上げてきた信頼の表れなのだとアキラは感じた。


「藤野さんはスッゲー優しいからなー。星野も梶原もきっと藤野さんには感謝してると思うぜ」


 マキナは嬉しくなり、ありがとうとお礼を言った。


「礼には及ばないって」


「本当に狭い部屋でごめんね」


「いいって。俺、その気になればどこだって寝れるからさ。氷の上でも火口内部でも!」


 そんな場所で安眠できる程の適応力を人間は持ってないよとツッコミをいれたマキナは、クスクスと笑う。


「あっ、もうこんな時間」


 マキナはスマホの時刻を見た。零時を回っていた。


「宮葉君眠い?」


「うーん、微妙なところ……ってあれ? 親はもう帰ってきたの?」


「うん、帰ってくるのは大体十時だからもう寝ちゃってるんじゃないかな?」


「へー、よく働くね……」


 働き者の両親の娘の将来をちょっと楽しみにしているアキラであった。


「もう寝よっか?」


「そーだな」


 アキラは適当な返事と共に欠伸を一つ。


「じゃ、俺は床で寝るよ。藤野さん布団はどこに……」


「あっ、宮葉君『が』ベッドで寝ていいよ」


「えっ?」


 ほんの一瞬ではあるが、アキラの世界の時が止まった。そしてよく聞こえなかった。聞き取れなかった……

 アキラは聞き返してみた。


「今、何と……?」


「えっ? だからベッドで寝ていいって……」


「な、な……」


 ベッドを指差すマキナを見たアキラは、言葉を失い、息すらも詰まりそうになった。体の震えが止まらない。心拍数が無駄に上昇していく。今にも悶えそうだった。

 この世に生を受けて早十七年で、自分の好きな女の子に呼ばれ、彼女の家に泊まり、そしてとどめは……ダブルベッドだとォ!?

 アキラにとっては当然初めての体験である。十七歳で早くも人生最大の体験となるかもしれない!


「どうしたのー? ニヤニヤしちゃって」


 目の前でマキナの右手が力なくヒラヒラ揺れるのを見てアキラは我に返った。


「ええっと……藤野さん? ベッドで一緒に寝てくれるの?」


「えっ? あ、ああ……私が床で寝るの」


「は?」


 想像の斜め上をいく回答に、アキラは思わず豆鉄砲を食らった顔をする。


「ふ、藤野さんが床で寝るの!?」


「ごめん、言い方が悪かったね。私は自分の布団を使って床で寝るから」


「……」


「あっ、掛け布団がいるよね。ちょっと待ってて、今持って来るから」


 マキナはいそいそと部屋を出ていった。部屋に一人残されたアキラは言葉も出ないまま、マキナが出ていった扉を見つめていた。



 結局アキラは押し入れから布団を持って来たマキナに、「女の子のベッドの上で、それも俺一人でなんて寝られるかー‼」という反発を起こす。

 マキナは一瞬戸惑ったが、ムキになったアキラを見てクスッと笑った。


「面白いね、宮葉君って」


「じょ……女子を床に寝かせるなんてできるわけないでしょうが!」


 アキラは一緒の布団で寝られるかもしれないという淡い期待(またの名を下心)がマキナに認知されそうに感じ、軽いパニックに陥っている。髪の毛をガシッと掴んで頬を紅潮させ、両足で地団駄を踏んだ。

 それを見たマキナは、アキラをどうにかしてなだめようとしていた。


「ごめんごめん。でもせっかくのお客さんなんだから、ベッドで寝かせてあげたいって思っただけなの」


「えっ?」


 アキラは目を丸くした。


「宮葉君はお客さん。だからベッドでぐっすりと休んでほしいと思ったの……私、ちょっと変だったかな?」


 マキナは恥ずかしそうに、アキラから目を反らす。

 確かにマキナは天然でちょっとズレているところもあるが、アキラの事をお客さんと呼んで歓迎している。

 普通、友人が家に遊びに来た程度ではこんな事はしない。アキラは胸が熱くなってきた。


「気を悪くしたらごめんね、宮葉君……」


「あ、ああ、別に謝る事ねえよ。こっちこそ気を遣ってくれてありがとな」


 謝ったマキナを見たアキラは少々あたふたしながらも、優しく返事をした。そしてマキナが持ってきた布団を床に敷く。


「俺は床でいいぜ。藤野さんの気遣いだけで十分だ」


「本当? 本当に床で寝て大丈夫?」


「大丈夫だって。言ったろ? 俺、どこだって寝れるから」


 アキラは腕を組み、胸を張ってアピール。


「そう……ありがとう」


 マキナは安心してお礼を言った。

 こうして、マキナはいつも通りベッドで、アキラはフローリングの床の上に敷き布団を敷いて一夜を過ごす事となった。

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