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「るんか」はいつだって賑やかです

 巳川高校が主催したゴミ拾い活動に参加した次の日の夕方、アキラは藤野一家が切り盛りしている定食屋の前にいた。

 店の玄関の上には「るんか」とでかでかと書かれた看板がある。

 手には昨日の帰り際、マキナから渡された店のチラシが掴まれている。



 長野県内の田舎町という事で、夕方で閉まってしまう店も少なくはないが、るんかの店内からは食事に来た客達の賑やかな声が聞こえてきた。

 アキラは店の入り口に立て掛けられた看板を見た。どうやらこの店は夜の九時まで営業しているらしい。

 次にショーウィンドーを見た。天ぷらや生姜焼きを始めとした和風定食に、オムライスやパスタといった洋食、パフェやピザまであった。定食屋というより、和洋問わず何でも取り揃えていますといった感じの店なのだろう。



 意を決したアキラはチラシを鞄の中にしまう。そして店の入り口の扉に手をかけ、そして左側にスライドさせてゆっくりと開いた。少し戸惑いながらも、アキラは店の中に足を踏み入れる。

 カウンター席が六つ、テーブル席が三つ、そしてお座敷が二つある程度の小さな店内だった。

 店内は混雑していたが、テーブル席とカウンター席が空いていた。


「いらっしゃいませ!」


 店の奥から元気な声が響いた。厨房を見ると、マキナとその両親が居た。



 アキラの姿を見るやいなや、マキナが厨房から出てきた。

 青色のジーンズと白のシャツに着替え、ピンク色のエプロンを羽織っている。その姿は、いかにもこの店の看板娘といった感じだ。


「ようこそー! お好きな席へー!」


 マキナはアキラにニッコリと笑みを見せた。それを見たアキラは照れくさそうに会釈をする。


「どーも!」


 アキラは店内を見回す。全体的には日本の家屋を模した造りになっていた。

 周囲には木製のタンスがいくつか並べられており、レトロな雰囲気を醸し出していた。棚の上には大小様々なツボがいくつか置かれている。



 アキラはせっかくなので、広々としたテーブル席を選んだ。

 いくつも並べられたツボは藤野家の誰かが趣味で集めているのだろうか? と思いながら店内を眺めていると、やがてマキナがお茶とおしぼりを持ってきてくれた。

 アキラは早速テーブルの上にあるメニューから、食べたいものを選び始める。ショーウィンドウで見たとおり、和洋問わず様々な料理があった。どれも美味しそうだったので十分以上迷ったが、最終的に天ぷら定食に決まった。



 アキラはここに来るまでの間、マキナの事で頭がいっぱいだった。アキラの視線は店の正面に飾られている古びたツボを捉えているのに、マキナと何を話せばいいかしか考えていない。アキラの左手は湯飲みを口に持っていき、アキラの右手は急須からお茶を湯のみに注ぐだけ……

 料理が来るまでの間、アキラは注いでは飲むという動作をひたすらループしていた。

 やがて、急須のお茶が無くなった事に気づき、注ぐ動作をやめる。湯のみに残った最後の一杯を飲み干したアキラは、ここで大きなため息をついたのだった。



 その時、アキラが注文した料理をマキナが運んできた。


「お待たせしました! 地元野菜と海の幸をふんだんに使った天ぷら定食でーす!」


 マキナは元気な声でアキラの前に料理の乗ったお盆を置いた。そんな彼女の笑顔での接客は、まさに料理屋の娘だなとアキラはつくづく思う。


「うおっ! すげぇ……」


 テーブルの上に置かれた料理を見たアキラは、思わず感嘆の声を漏らす。アキラが注文した天ぷらの定食は、想像以上に豪勢なものだった。

 大きな皿の上には緑色の野菜やちくわ、そして何種類もの魚介類の天ぷらが盛られている。

 そして温かい味噌汁とふっくらとしたご飯。正直一杯ずつでは絶対に足りないとアキラは確信した。


「こ、こんなに沢山あって八百円!?」


「うん、これで八百円だよ。あっ、ご飯なら何杯でもおかわりできるからね」


「マ、マジすか……」


 どうやらサービスで増やしたわけではなく、元々この量で八百円らしい。


「うおーありがとう! じゃ、美味しく頂きますか!」


「ごゆっくり。あっ、お茶淹れてくるね」


 マキナは空になった急須をいったん下げて、温かいお茶を淹れて持ってきてくれた。アキラは彼女の気配りの良さに思わず舌を巻いてしまう。



 アキラは早速揚げたての天ぷらの定食を頂く事にした。味は……言うまでもなく最高だった。抹茶塩と天つゆのバランスが何とも絶妙で、飽きさせる事はなかった。味噌汁もあった事で、ご飯が進む進む……



 挙句、ご飯三杯もおかわりをした後、全て平らげてしまった(最後の四杯目は胃袋の容量ギリギリで詰め込んだ)。新しく淹れられたお茶には一切手をつけていない。

 アキラは食べ始めと食べ終わりに、時刻をしっかりと確認していた。

 食べるのにかかった時間は十二分ジャスト。こんな短時間で全て食べ終わった事は、アキラ自身が驚いていた。

 アキラは湯のみにお茶を注ぎ、ズズズとすする。

 一息ついて周囲を見渡すと、マキナは母親と一緒に店内の接客に勤しんでいた。娘の可愛らしい顔つきは彼女による遺伝と思えるほど、母親は綺麗だった。

 母親はマキナをフォローしつつ、帰る客の精算も行っている。

 そして厨房内では白の作務衣(さむえ)を着たマキナの父親が、見事な包丁捌きで生の魚を切断していた。素人のアキラでも歴戦の職人技がひしひしと伝わってきた。

 この一家の息の合った連携は、仲の良い家庭でないとできないだろう。アキラはマキナの家庭が少し羨ましく感じた。


「ありがとうございました!」


 客が精算を済ます度に、元気な挨拶が店内に響き渡る。

 食後のひとときを満喫している間に、店にはアキラ以外の客が居なくなってしまった。



 とにかくこの店は、料理の味、接客態度共に申し分無かった。

 さすがに誰もいなくなった店内でボーッとするのは気まずいと思ったアキラは席を立ち上がり、レジに向かった。

 するとマキナはとっさに「ありがとうございまーす」言って対応をしてくれた。


「いやあ、マジで美味かったぜ! ごちそう様!」


「本当!? ありがとう!」


 マキナはとても嬉しそうに笑顔で返した。


「っと、大事な物を忘れるところだった……」


 そう言ってアキラは鞄から、昨日受け取ったるんかのチラシを取り出した。


「あっ、持ってきてくれたんだね?」


「当ったり前! 藤野さんの気配りをこんな所でムダにするかよ!」


 マキナは照れ臭そうに笑っていた。

 八百円の定食をチラシで七百二十円。一人暮らしで外食が常習化しているアキラにとっては、これ以上ない程のリーズナブルな金額だった。 



 こんな美味しい料理を、こんな低価格で食べられるなんて滅多に無いと思ったアキラは精算の後、厨房の中をこっそりと覗いてみる。するとマキナの両親がせっせと作業をしていた。

 ガタイの良い父親は包丁を研ぎ、マキナに負けず劣らずの美貌を持った母親は調理に使っていた道具を洗っている。


「あのー……」


 アキラは気まずそうに厨房の二人に声をかけた。何故かお礼を言わずにはいられなかったのである。


「あの、すごく美味しかったっす! ありがとうございました」


 両親は厨房の入り口に立っているアキラを見つめる。母親は不思議そうな目つき、そして父親は鋭い目つきだった。「こんな時に話しかけてくるんじゃねーよ!」とでも言いたそうな視線。アキラは少し身震いをした。

 ヤベッ……話さなければよかったかな? と一瞬の後悔をしたアキラだったが、次の瞬間その不安は打ち破られた。


「オオウ! マキナのクラスメイト君かぁ! ありがとなっ! よかったらウチに泊まっていかねえかい? 長旅でお疲れだろォ?」


(別に長旅の途中でここに立ち寄った訳じゃないんですけどね……ってか今さりげなくとんでもない事言ってたんですケドー!?)


 アキラは心の中でツッコんだ。

 作業中は何とも近寄り難いオーラを出しているが、実際に話してみると非常に気さくな父親は大声でケラケラと笑っていた。


「オホホホ。話は聞いていますのよ宮葉クン。マキナには良き友人ができてあたくしもお鼻が高いですわ。お礼として今晩我が家に泊まる事を認めますわ。ええ認めますわ」


(何で最後二回繰り返したんだ!? 二回言う程大事な事なのか……というか何で初対面なのに二人して俺を泊めたがるんだ!? ってかおばさんは何でいきなりお嬢様口調!?)


 アキラは突っ込みどころが多すぎて、考えがついていけなかった。この口調はドラマ、もしくは何かの令嬢モノにでも影響されたのだろうか?



 二人とも変わってはいるが、決して悪い人ではないという事が分かって、アキラは胸を撫で下ろした。


「宮葉君、もしよかったら家に寄っていかない?」


 そう言って誘ったのはマキナだった。

 この時のアキラにとって、明日は学校があるからとか、今日はもう遅いからとかいう考えは思考上にはなかった。とにかく今は好意を持っている女の子と話がしたい気持ちでいっぱいだったのだ。


「俺は全然構わないよ。家に帰ったってどうせ暇だし……」


 アキラはマキナと心ゆくまで話がしたいという本音はここでは出さずに、マキナ宅にお邪魔をする趣旨だけを伝えた。


「あ、ありがとう宮葉君……」


 マキナはにっこりとしてお礼を言った。


「うおおっ! マキナの友人お一人ご招待いーーーっ!」


「良かったら……我が娘とダブルベッドでもよろしくってよ」


 父親は豪快な口調でアキラを歓迎し、母親はポッと頬を赤らめたのだった。

 アキラの一日は、まだまだ終わらない…… 

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