ゴミ拾いって先生見てないから基本的に喋りながらやるよね?
ホームルームを終えた教室は、生徒の声で賑やかだった。この後の遊ぶ予定を話し合う者、揃って部活に行く者、ダラダラと談笑をし合う者……プランは人それぞれだ。
「じゃあわたしはこれからバイトに行ってくる。三人でゴミ拾い、頑張ってくれ給え」
黒縁眼鏡の美少女、星野ミサは、アキラ、アユナ、そしてマキナにエールを贈る。
女子二人はニコニコしながらミサを見送る。アキラは少し恥ずかしかったが、これから二人の手伝いができると思うと、何だか心がウズウズしていた。
三人は運動用のジャージに着替える。流石に女子に廊下で着替えさせるわけにはいかなかったので、アキラだけが教室の外で着替える事になった。
着替えている途中、教室からマキナが電話をかける声が聞こえる。帰りが遅くなるという事を親に伝えているのだろう。
アキラが着替え終わり、教室の中を恐る恐る覗き込むと、マキナとアユナも既に着替え終わっていた。
視線に気づいたアユナは、マキナと共にアキラのもとへやってくる。
「よしっ! じゃあ行くとしますか、二人とも」
アユナは学級委員らしく、アキラとマキナに声をかけた。
「おうよ」
「了解っ!」
アキラは普通に返事をし、マキナは敬礼のポーズをとり元気に返事をしたのだった。
集合場所は校舎右手のゴミ捨て場。アキラの秘密の隠れ家へ行く途中の場所だ。
三人揃ってゴミ捨て場に着くと、既に担当の先生と他の学年のゴミ拾い参加者が既に集合をしていた。
口髭を蓄えた担当の先生が生徒達に指示をする。
アキラ達は学校裏手の細い道から始まり、木々に覆われた坂道を歩いて校門に戻ってくるルートだ。
三人に中身の入っていない空のゴミ袋三枚と、ゴミ取り用のハサミが支給された。ゴミ袋が三枚渡されたというのは、燃えるゴミ、缶、ペットボトルでそれぞれ分別しなければいけないという事だ。
三人は指示されたルートへ向かう事にした。
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マキナがクラスの中、そして学年の中で注目を浴びている理由は、何も可愛らしいという事だけではなかった。
マキナが持っているあと二つの持ち味、それは相手が誰であろうと温かく接する事ができる人当たりの良さ、そして天使の如くといっても過言ではない優しい笑顔だ。
その無邪気で天真爛漫な表情は、生徒たち曰く会話した者全てを幸せにするという。そのおかげで、クラス内でマキナと話した事の無い生徒は一人もおらず、男女問わず彼女の姿を拝む為に二年二組にやってくる生徒も少なくない。
そんな彼女は、これまで何人もの男子生徒に告白を迫られ、そしてその都度断ってきたのだ。
アキラはゴミ拾いの最中、アユナと共に楽しそうにゴミを探すマキナを見た。
(そりゃあ告白も何度もされるぜ……)
呑気にゴミを拾いながら、心の中で寂しく呟く。
それからのゴミ拾い活動は順調に進んでいった。
林の中の急な勾配の坂の登り降りを繰り返し、途中に落ちているゴミを三人で分担して拾い集めていく。
アキラは女子生徒二人にカッコいいところを見せようと、崖の下に落ちたゴミや高いところに投げつけられたゴミを、己の出せる限りの体術を駆使しキャッチしていく。
「宮葉君すごい!」
「う~ん、これはこれは素晴らしいですね~」
女子二人からの称賛の言葉を受けたアキラは、気恥ずかしそうに返事を返す。
「どういたしまして」
三人はゴミ袋の中を覗きこむ。
拾ったゴミの中には缶やペットボトルの他に、いつ捨てたか分からない程に風化しかけたアダルト雑誌、そしてタバコの吸殻が少々……
「……」
「……」
「……」
三人は顔を見合わせる。いずれも見てはいけないものを見てしまったという面持ちだ。
勿論三人ともタバコは吸わない。アダルト雑誌は――アキラに限っては嗜む事もあるが、これは彼が捨てたものではない。
「ねえ、どうしよっか? これ……」
アユナは例のブツを二人に見せながら聞いてきた。生徒会所属の彼女も、誰が吸ったのか分からない物の対処には困惑する。
「うーん、先生に報告した方がいいのかな?」
「放っときゃいいんだよそんなもの。誰が捨てたかも分かんねえんだし」
マキナとアキラで意見が分かれた。三人しか居ないので、その場合の最終決定はアユナに委ねられる。
「梶原隊長、ご決断を!」
マキナは隊員っぽくアユナに伝えた。
「う~ん、確かにタバコもエロ本もよくないけど、誰が捨てのかも分からないんじゃね~」
アユナは十秒も考えない内に決断を下したのだった。
「隠蔽します!」
「「了解!」」
満場一致で意見が合った。こうして生徒による喫煙とポイ捨ての事実は、闇に葬られる事となった。
アユナは一緒のゴミに入っていたビニール袋にせっせと吸殻を入れる。そしてビニール袋の口を固く結んだ。
アキラは風化しかけたヌード雑誌をビリビリに破き、ゴミ袋の中にぶち込んだのだった。
●
ゴミを拾いながら進んでいるうちに、袋の中はどんどんゴミに満たされていった。一週間空けただけでこれだけ多くのゴミが溜まるのは意外だった。それだけ多くの生徒がポイ捨てをするのか、あるいは先週までにゴミ拾いを行ったクラスがゴミをロクに拾っていないのか、どちらかは分からないが、どちらにしろ予想外の量に三人は辟易していた。
とはいえゴミ拾いももう終盤。三人は学校前の坂道に差し掛かっていた。ここにはゴミはあまりなく、ほとんど飛ばしても問題ない程だ。だから三人は談笑をしながらのんびりと歩いていた。一人歩くアキラの前を、マキナとアユナが仲良く歩くというポジション。
アキラは前を歩く女子二人の話を後ろでのんびり聞いていた。
「ねえ宮葉君ってさ、顔のクマが台無しにしちゃってるけど結構カッコよくない?」
アキラを振り返り、ニヤニヤしながら話しかけてきたのはアユナだ。
「えっ!?」
「え、ちょ、ちょっとアユナちゃん!?」
その言葉に何故かマキナは反応し、頬を赤く染め上げた。
「だって宮葉君、顔の形とか綺麗だし、背が高くて足も長いから充分モテるポテンシャルは秘めてると思うよ。彼氏有りのあたしが言うんだから間違いない――ってマキナ、何で顔赤らめてるの?」
顔の事を指摘されたマキナは、両手で頬を覆い被せ見られないようにする。アキラもこれはおかしいと思った。アユナに『アキラの顔がいい』と言われただけでここまで赤面するなんて……
「はっ、はぁ、こ、これは……」
「あ~っ、マキナもしかして~」
アユナは満面の笑みでマキナをビシッと指差し、
「宮葉君に惚れてたりするゥ~」
「「なっ!?」」
アユナのオブラートに包まぬ言い草は、二人の心に激震を走らせるには充分だった。
あまりに衝撃的な発言だったのか、心臓の脈打ちが速くなっていく。呼吸が少しだけ荒くなる。そして返す言葉が見当たらない……
「ええと、二人ともごめん……冗談をそこまで真に受けるとは思ってなかった……」
アユナは言い過ぎたと察したのか、気まずい表情になりながら二人に謝る。謝罪を受けた二人は我に返り、アキラとマキナでお互いに目を合わせないように呼吸を整える。
謝ってくれたとはいえ、マキナがアキラに惚れているなんて事を言われたらパニックに陥るのも無理はない。そんな冗談を軽はずみに口にするアユナ。可愛い見た目に反して侮れないと、心の中でアキラは呟いたのだった。
しかし、そんな冗談が真実に変わってくれればこれ以上の幸せは無い。もしこれが本当だったら、アユナは恋のキューピッドになっていた事だろう。
「……いや、まあ別に気にしてねえよ……」
「う、うん。別にね……」
マキナが何故か恥ずかしそうに肩をすぼめた事に違和感を感じたアキラだったが、気にせずにアユナの行いを許した。
気まずかった雰囲気は再び元通り。マキナとアユナは雑談を再開して再び歩き出す。アキラは未だ叶わぬ恋にやきもきしながら、坂の上のゴールを目指したのだった。