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勇気を出して右手を挙げろ!

 ()(かわ)高校では週に一回、地域貢献活動の一環として学校が取り決めた一大イベントを開催している。それは何を隠そう、クラス内から学級委員と有志参加二名を選出して行うゴミ拾いだ。

 校長いわく、生徒が一生懸命に町に貢献しているところを、地域の人々に見てもらいたいがための活動らしい。

 確かにこの町の住人から見れば、この学校への評価はうなぎ登りだろう。しかし、生徒がこんな一円の得にもならない事を喜んでやるかは、当然別問題なわけである。

 学年ごとに毎週ローテーションでゴミ拾いに参加するので、一つのクラスでこの役割が回ってくるのは二ヶ月に一回程度。今週はアキラのクラスである二年二組が担当する事になった。



 ここは火曜日の授業終了後の教室。ホームルームで、有志の二名を決めている真っ最中であった。


「ですので、ゴミ拾いには学級委員であるあたしと、もう二名参加者が必要なんです。是非、『我こそが』という方はいませんか~? あっ、因みに見返りは一切出ませんので期待なんてしないで下さいね~!」


 生徒達の中で立ち上がり、有志参加者を応募しているのは、生徒会所属兼学級委員の梶原(かじわら)アユナだった。

 身長は女子の中でも小柄な方。髪型は幼さの残る黒のセミロングで、肌は褐色がかった健康そうな女の子だ。生徒会活動だけでなく、テニス部のエースとして大活躍中である。成績もそこそこ優秀で、まさに文武両道といったところだ。


「でもここで手を挙げれば、先生方からの評価がアップアップかもしれないですよ~? 学期末の通知表が楽しみですよ~!」


 アユナはどうにか、有志参加をする事のメリットを他の生徒達に伝える。が、面倒な事はなるべく避けたがるのは学生の性。指名されまいと顔を伏せる生徒がほとんどだった。

 見返りのないボランティア活動なんてやりたくないのは、誰でも一緒なのだ。


「ホラホラ~、とっとと誰か挙手をしないと、アタシが勝手に決めちゃうわよ~」


 そうやって(はや)し立てたのは、国語教師兼、二年二組担任の上原先生だ。

 上原先生は女性のような喋り方をするが、性別は男。メイクでも施してあるんじゃないかと思える程の整った顔立ちに、キリッとした目元。髪型も黒のショートレイヤーで、身長は恐らく百八十センチ以上。

 これ程の美男子ならば生徒(特に女子)からの絶大な人気を誇ってもおかしくないのだが、あの口調のせいで生徒はもちろん教師達からもイロモノ呼ばわりされている。

 とは言え、上原先生は(見た目から推測するに)三十前後の若手教師。生徒達の話題にも敏感で、取っつきやすい教師として人気がある。


「う~、誰かやってくれる方いませんか~?」


 誰も手を挙げず気まずい空気を感じたアユナは、あたふたと困惑している。その動作は男子共には非常に受けはよいのだが、それでも手を挙げる気は起きない。



 アキラはアキラで、困っているアユナが可哀想に感じてきた。

 ボランティアなんて誰がやるか、なんて思っていたアキラだが、この後特別に用事があるわけではないので自分がやってもいいんじゃないかと思えてきた。この思いは見返りを求めるといったものではなく、純粋に困っているアユナを助けたいという気持ちからくるものだった。

 それに、ここで女子と話すチャンスも出てくるかもしれない。

 基本的に女子ともまともに話した事がないアキラだったが、比較的おおらかな性格のアユナとなら、ここで少しは交流を深められるだろう。


 

 騙されたと思って、右手を挙げようと机から手を離したその時だった。


 

「ええっと、よかったら私やるけど……?」


 アキラよりも僅かに早く手を挙げたのはマキナだった。アキラは驚き、挙げようとした手をさっと引っ込めた。

 クラス内でおおっ! と驚嘆の声が響く。アユナも上原先生も感心した表情でマキナを見ていた。


「本当に? ありがとう!」


 アユナは笑顔でお礼を言った。


「……でもマキナ、家の手伝いとか大丈夫なの?」


「連絡すれば休む事もできるから問題ないよー。アユナちゃん、一緒にやろーね!」


 マキナの笑顔を見たアユナは、つられて口角が上がる。そして二人で顔を見合わせながら、嬉しそうに頷いたのだった。

 マキナの親友であるミサも二人の友情に感心したようで、ウンウンと深く頷いている。


「さてと、残る一人はどうしようかしら? どうせなら女子がいいわよね?」


 上原先生は気だるそうに仕切る。



 この時アキラの脳内は、ゴミ拾いをやるかやらないかの葛藤でいっぱいだった。

 もしここで手を挙げてゴミ拾いに参加したならば、マキナと話しながら地域貢献活動ができるだろう。

 しかし話す土俵ができたとして、マキナとは何を話せばよいのだろうか? 幸いアユナも一緒なので気まずい雰囲気になるとは考えにくいが、一度もマキナと何も話せずに終わってしまったなら、時間の無駄になるだけでなく、一度もマキナと話せなかったという自己嫌悪に陥ってしまうであろう。

 



 しかしマキナへの好意があるのなら、少しでも彼女に近づいてみようという意思の方が強かったらしく、アキラの右手は何の迷いもなく頭の上に挙げられていた。


「俺がやる」


 そんなアキラの姿を見たクラスメイト達は、一瞬にして凍り付く。無理もないかもしれない。だってアキラは、生徒の中でもトップレベルでボランティア精神の無い男と思われているのだから。

 マキナが手を挙げた時とはうって変わり、教室内からは「えー!?」とか「はぁ!?」といった批判の声が殺到していた。

 アキラは思わず穴があったら入りたいと思ったが、彼女の役に立ちたいという気持ちは本物だ。ここで引くわけにはいかない。


「え……えーと、まあ、誰もやんないなら俺がやってもいいかなぁって、思ったりして」


 アキラは照れ臭そうに頭をガシガシと掻く。

 それと同時に上原先生は、パンパンと締めの手拍子をした後、


「宮葉がやるなんて珍しい事もあるもんね。まっいいわ、ゴミ拾いはこの三人で決定ね。ほんじゃ、地域貢献活動、頑張って頂戴! ホームルームはこれにて終了ね!」


 勝手にお開きにしてそそくさと教室を出ていった。 



 先生が居なくなった後の教室。生徒達は早速、あり得ないとばかりにアキラにブーイングをした。


「み、宮葉っ! お前どういうつもりだ!」


「面倒事の大嫌いなお前がこんな仕事を率先してやるなんて、絶対裏があんだろ!」


「どうせ、暇潰しにマキナ達とくっついて何かしようってんでしょ?」


「そうはいかないわ。マキナとアユナに近づくんじゃないわよ!」


 学校内では畏怖されているアキラだが、クラスメイト達はお構いなしに、口々に罵声を浴びせかけた。

 アキラはやっぱりなと心の中で呟く。嫌われ者のアキラが人気者のマキナと行動を共にする事は、このクラスから反感を買うに等しいという事。それは初めから分かっていた。けれどそれでも、マキナと話がしたい、そしてマキナの役に立ちたいという気持ちは止むことはなかった。

 もしもマキナと少しでも一緒に居たいならば、マキナが何か行動を起こそうとしている時に、周りからの批判を覚悟で手をさしのべてあげる。あまりにも都合よく、あまりにも身勝手なやり方だが、社交性のないアキラはそうするしかない。不器用なら不器用なりの行動をするしかなかった。


「お前ら……何もそこまで言うことはねえだろ?」


 苦し紛れのアキラの反論。いくら頭にきたからって、さすがのアキラでも教室内で暴れたりはできない。

 そんな中途半端な反撃が火に油を注いだのか、ブーイングの嵐は勢いを増すばかりだった。

 

「だってさ、お前これまで何かに貢献した事なんてあんのかよ?」


「そ、それは……」


 クラスメイトに唐突に質問をされて、アキラは口ごもる。


「ほらみろ! そんなお前がこんな協力的な事なんてできねえだろ」


「だよな。入学してからこれまで一度もこのクラスに貢献した事なんてなかったもんな」


「一体どういう風の吹き回しだ?」


「どーせいいカッコしてみたかったとか、そんな感じでしょ!」


「さーて、獣の血が流れている宮葉は今回何をやらかすかな~?」


 アキラは生徒達の華麗なる連続攻撃をモロに食らった。生徒のブーイングには慣れたとはいえ、決して気持ちのいいものではない。


「ちょっと、みんな! 言い過ぎだよ!」


 机を軽くバンッと叩いて抗議をしたのはマキナである。


「宮葉君だって悪い人じゃないよ? こうやって役に立ちたいからこそ、手を挙げたんでしょ」


 四十人いる中で大声を出したからなのか、マキナの頬は紅潮していた。

 その姿を見たアキラは、心の中で可愛い(・・・)と呟きつつ、胸が徐々に熱くなるのを感じていた。あまりの熱さに、クラクラしそうになる。


「その通りです!」


 続いてフォローをしたのはアユナ。


「宮葉君は初めてやる気になってくれたんだよ。彼にとって素晴らしい進歩です。宮葉君は協力する事の第一歩を踏み出したのです。そんな彼の功績を讃えてあげようではありませんか!」


 アユナはアキラに向かって称賛の意を述べる。それにつられて、マキナもアキラに笑顔を向けて頷いた。

 ミサは拍手をせず、アキラを見て苦笑い。しかし軽蔑の目つきではなく、アキラを少し見直したと感じ取れる目つきだった。



 今のマキナとアユナは、アキラから見れば反則的に可愛らしかった。

 逆に今のアキラは、正直物凄くカッコ悪かった。クラスメイトからの批判に対抗できず、挙げ句二人の女子生徒に助けてもらったのだから。助けてくれと頼んだわけではないが、こんな自分を守ってくれた事に変わりはない。

 そんな二人にアキラは心の中で感謝の意を述べた。



 クラスメイト達は、二人がそう言うならと思ったのかブーイングをやめた。



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