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明日へ……

 校舎の三階にある二年二組の教師にたどり着いたアキラは、上原先生に言われる前にクラスメイト達に謝罪を入れる。

 ほとんどの生徒はアキラの珍しい態度に驚いていたが、ヒロヤ、アユナ、マキナ、ミサの四人は少し見直したような面持ちでアキラの謝罪を聞いていた。

 上原先生は「さぁ、仲直りできてよかったわね」と小学校の先生みたいに場をまとめた。



 その日アキラは、六時間の授業を丸ごと耐え忍んだ。

 六時限目の後のホームルームが終わり、上原先生が教室を出ていく。すると教室内はいきなり異様なムードに包まれる。

 クラスメイト達が、アキラを凝視し始めたのだ。普段はバカ騒ぎをしながら帰る生徒達も、今日ばかりは居座るが如く教室に留まった。彼らにとってアキラがマキナと付き合ったという事は、それ程に衝撃的だったのだ。

 しかし今朝のように、嫉妬に満ちた視線でアキラを見つめてくる者はほとんどいなかった。


(俺が教室を出てる間に何があったんだ?)


 アキラが頬杖をつきながら考えていると、いきなりヒロヤとアユナが席を立った。アキラは何事かと思い目を丸くしたが、他の生徒は驚いたりはしなかった。

 やがて二人はアキラの席の前までやって来た。アキラはその二人を座ったまま見上げる。

 ヒロヤとアユナの身長差は、ぱっと見三十センチはあるだろうか? おかげで二人の顔を交互に見るアキラの目は大きく動いている。

 クラスメイト達の視線はこの三人に集中する。


「ど、どうしたんだ二人とも、かしこまっちゃって……」


 背筋をピンと伸ばした二人の姿を見て、アキラも少し緊張してしまった。


(もしかして、まだ俺に言い足りない事でもあるのか?)


 アキラが冷や汗をかきながら二人を警戒していると、アユナが口を開いた。


「宮葉君……」


 アユナは右胸に手を当てて名前を呼んだ。


「今朝、宮葉君が上原先生と教室を出ていった後、マキナから付き合う事になった経緯を聞いたよ。そしたらマキナ、一年近く前から宮葉君の事が好きだって言って、あたしびっくりしちゃった。お互いにそこまで想いを寄せあってたなんて知らなかった――なのにあたし、宮葉君に対して意気地がないとか、マキナを下の名前で呼ぶ資格なんてないとか、ひどい事言っちゃった……」


 淡々と話していたアユナは、やがて涙目になりながら頭を下げる。


「宮葉君、ひどい事言ってごめんなさい……」


 アユナのセミロングの髪の毛が、頭に覆い被さった。

 頭を下げたアユナを見たヒロヤも、宮葉と声をかける。


「僕からも謝らせてくれ。宮葉の気持ちも知らずに、あんな暴言を吐いてしまった。そして君と藤野さんの気持ちを傷つけてしまった。許してくれ、すまなかった……」


 アユナほど深く頭を下げてはいなかったが、口の悪いいつものヒロヤとは思えないほど真剣な表情だった。



 あまりにも普段と違いすぎる二人の態度に、アキラは目が点になった。しばらく教室内に沈黙が続く。

 アキラは少しの間何も言えなかった。沈黙の中で、アキラは謝るべきなのはむしろ自分にあるんじゃないかと感じるようになる。


「いや、二人の関係を隠した上にこんな騒ぎを起こしたのは俺だ。こっちこそすまなかった!」


 アキラは二人の目を見据えてから頭を下げた。

 もともとこのような無茶な恋愛を始めたのはアキラの方だ。この事をすぐに言わなかった自分に非があると認めざるを得なかった。


「だけどな、ヒロヤ――」


 そこまで言ったアキラは、マキナの顔を一瞥してからヒロヤに向き直り言う。


「俺なんかよりも、マキ……いや、藤野さんに謝ってくれ。あの事を言われて傷ついているのは恐らく彼女の方だ」


 アキラの言葉を聞いたヒロヤは迷う事なく返事をして、マキナの前に移動をした。


「藤野さん、今朝は不愉快な事を言ってすまなかった。許してくれ」


 ヒロヤからの謝罪を受けたマキナは、微かな笑みを浮かべて頷いた。それを見たアキラはほっと胸を撫で下ろす。


「えーっと、言いにくいんだけど……これは藤野さんと付き合うって事を認めて下さるのか?」


 アキラは本当に言いにくそうに口ごもりながら、アユナに問いかける。そのとたん、クラスメイト達がクスクスと笑いだした。

 なんだなんだとキョロキョロと見回すアキラに、アユナはニッコリと健気な笑顔を見せた。


「宮葉君、マキナの事は下の名前で呼んでいいよ!」


「えっ?」


 今朝アユナからは、マキナを下の名前で呼ぶ資格なんてないと言われたばかりなのに、いきなりなぜ――なんて事を考えていると、今度はヒロヤが薄ら笑いを浮かべてアキラに話しかけてきた。


「宮葉、聞いて驚け。クラスのほとんどがお前と藤野さんとの恋愛を認めるってさ」


 アキラは思わず耳を疑った。学年中から嫌われているアキラは、マキナとの恋愛を認めてくれる人間はほとんどいないと、あらかじめ己を蔑んでいた。

 なのに、こんな自分なのに、マキナと付き合うという事があっさり許されるなんて……



 その時、教室の真ん中から拍手が起こった。見ると星野ミサがクールな笑みを浮かべて手を叩いていた。それに便乗するように、クラスメイト達が拍手をし始めた。


「宮葉、お前はマキナに、そしてこのクラス全員に『決意』ってモンを表明したよな? クラスメイト達にはそれが何とか伝わったみたいだぜ!」


 ミサが頬杖をつきながら、ニシシッと笑みを浮かべた。

 他の生徒達も納得したような目つきでアキラを見つめている。


「そうか……よかった。ありがとうみんな」


 アキラは素直に感謝の気持ちを言葉に出した。


「宮葉、本当にひどい事を言ってすまなかった……」


 ヒロヤはまだ謝り足りないのか、改めてアキラに向かって頭を下げる。先程よりも角度が深い。アユナも同じく改めて頭を下げている。


「何、別に気にしてねーよ? わざわざそんなにかしこまって謝らなくたっていいって――てか色々と隠してたり、ヒロヤを突き飛ばしたりして悪かった……」


 考えてみれば、マキナの親友であるミサやアユナにも相談せずに付き合い始めたのは、これはアキラの責任だ。これは謝らずにはいられない……


「いや、僕はそれ以上に君に暴行を加え、暴言を吐いた。なんなら僕を一発殴ってくれたっていい」


「……おあいこだろ? これ以上そんな事できるかよ」


 アキラの返答にヒロヤは目を大きく見開く。


「優しいんだな君は。藤野さんが君を好きになるのも少し分かる気がする……」

 

 すると席に座っていたマキナが立ち上がり、アキラが座っている正面まで移動をする。頬は相変わらず熟したての果実のように真っ赤になっていた。

 アキラとマキナの視線が合った瞬間、クラス内のざわめきが消える。クラスメイト達の視線がアキラ達に集まる。

 マキナは真剣な表情の中、ブレザーの右袖を捲った。現れたのは、ピンク色の蛇が描かれたリストバンド。


「ねっ、アキラ君。昨日やったのまたやろうよ!」


 マキナは右手首のリストバンドを見せながら、アキラに催促をしてきた。百貨店の階段の踊り場で、お互いが好きかどうかを確かめ合ったあの「誓い」の事だ。


「分かった。これで正真正銘、カップルの成立だな」


「うん!」


 アキラが席を立ち上がると、マキナと同じように右袖を捲る。手首には青い蛇が描かれたリストバンドが巻かれていた。

 生徒達の視線が収縮する中、二人はリストバンド同士を衝突させたのだった。



 二年二組達の生徒の中には、まさか上原先生が教室の外でアキラ達のやりとりを聞いていたなんて事は、誰一人として知る由もなかった。


「フフッ、教師はやっぱり背中を押す程度が丁度いいわ」


 上原先生はそう呟いて、教室を後にした。



 とにかく、今回の二人の関係を表に公表するという課題は果たす事ができた。

 ネット上に二人がイチャイチャしている画像を拡散したのが誰だったのかが気がかりだが、アキラにとってはクラスの皆が二人の恋愛を認めてくれただけで充分だった。

 何にしろクラス全員の前で、マキナが大好きだという事を伝える事ができ、クラスメイト達も徐々にではあるがこの事を認めてくれている。

 これ以上の収穫が果たしてあるのだろうか?



 ●



 そしてその日の放課後、アキラは例の秘密基地――もとい蛇の巣にいた。

 自らの決意を伝え、二人の関係を生徒達に認めてもらった事で、アキラは既に満足だった。勝利の余韻に浸りながら、積まれたコンクリートブロックの上で欠伸をした。

 今のアキラには、怖いものなんて何もないとさえ感じた。何故ならば、自分を嫌っている生徒達相手に、自分の素直な感情をぶつける事ができたのだから……



 狭い空を見ながらぼーっとしていると、茂みを掻き分ける物音がした。

 無論、アキラは物怖じするわけがなかった。この場所を知る者は、アキラを除けば今のところ一人しかいない。


「あっ! やっぱりここにいた~!」


 マキナが壊れた扉の影から現れた。

 相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。できるならずっと彼女の顔を凝視していたいと思ったアキラだが、そんな事をすればドン引きをされるのは想像に難くないと察し、即座に目を離した。


「今日はお疲れ様アキラ君。改めてこれからよろしくね!」


「こっちこそよろしくな!」


 二人はお互いに笑顔を見せ合った。


「ああ、もう思い残す事なんてねえくらい嬉しい気分だぜ。あーこれからの学校生活が楽しみだな~」


 アキラが陽気に伸びをした。するとマキナは座っているアキラに向かって手を伸ばした。


「!?」


 アキラは何事かと思っていると、マキナはいきなりアキラの手を掴んだ。そのままアキラの体はグイと引っ張られ、ブロックから体が浮いた。 


「ど、どうしたんだマキナちゃん……」


「さ、アキラ君。私達の戦いはこれからだよ! この関係をクラスのみんなに広めたんだから、もう怖いものなんてないでしょ?」


「あ、ああ……」


 マキナの強気な態度にアキラは一瞬困惑する。


(ホンッと動きが読めねえな、このコは……)


 心の中で静かに呟いたつもりだったが……次の瞬間、マキナは半目でアキラを見つめてきた。


「んーなんか言ったー?」


「い、いえ、何でもございません……」


 アキラは何も言い返せず、マキナに対して肩をすぼめた。


「じゃあアキラ君一緒に帰ろ! もう堂々と二人で外を歩けるよね!」


「えっ? だって帰る道逆方向なんじゃ……」


「んもう! だからどっちかの家まで一緒に歩くんでしょ?」


 アキラはこの瞬間、しばらくマキナには逆らえないという事を悟った。

 でもそれでも構わないと思う。彼女の笑顔の為ならば、振り回される覚悟くらいとっくにできている。



 そうだ、マキナとカップルになり、それが周囲に認められたとしても、そこがゴールなんかではない。むしろここはスタート地点に過ぎない。

 ここからがマキナを守ると決意をしたアキラの正念場なのだ。



 これからのこの巳川高校の学校生活で、様々な困難が降りかかることがあるかもしれないが、マキナと共に乗り越えていこうと思ったアキラであった……


「よっしゃ!」


 アキラは自分自身への気付けとして、両手で自分の頬を思いっきり叩いて気合いを入れる。


「付き合って初めての、カップル下校といきますか!」


「いえい!」


 マキナは右手の拳を高く振り上げて、元気よく返事をした。


「じゃあアキラ君……」


 アキラの名前を呼んだマキナは、少しの間黙り込んだ。そしてニヤリと不敵な笑みを見せて……


「私の家まで競争っ!」


 そう叫びながら茂みに向かってダッシュ。


「あっ! ずりーぞ!」


 出鼻を挫かれたアキラは鞄を肩にかけたままマキナの後を追う。一本道の茂みはマキナを追い越すことができない。

 茂みを出たマキナは尚も走り続ける。アキラは持ち前の体力でマキナを追い抜こうと後ろから走る。

 細い通路を進み、ゴミ捨て場を通りすぎ、学校前の広場を横切り、校門を抜けた。

 運動音痴なマキナがアキラを振り切れるはずもなく、学校前の坂道でダウンしてしゃがみこんでしまった。余裕で追いついたアキラはマキナの肩にそっとタッチ。


「これ、鬼ごっこじゃねえか!」


 アキラにツッコまれたマキナは、しゃがみながら大笑い。アキラもそれにつられて大笑い。

 二匹の蛇は、何気なく、それでいて大切な時間を満喫していた……



 おわり 

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