表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

誓いと決意のリストバンド

 ランチタイムを終えたアキラ達は、マキナの提案で駅前にある百貨店の中をぶらぶらと散策していた。百貨店の中の店舗を、二人横に並んで見て回る。

 服屋ではお互いにどの組み合わせが似合うかとか、ゲーム屋では知っているゲームソフトがいくつあるかとか、そういった会話が二人の間で店に入る度に繰り広げられていた。

 マキナの右手の人差し指の突き指による痛みはだいぶ和らいだようで、ほとんど気にしている様子もない。

 二人ともなかなか財布を出さないのだが、アキラにとっては何も買わなくても、二人でいれば会話だけでデートを楽しめる。

 六階建ての百貨店を最上階から一つの階ずつ見て回り、見終わったらエスカレーターで下の階に降りる。

 興味のある店に入っても結局買わないを繰り返して、とうとう二階まで降りてきてしまった。



 他の店に行けばめぼしい物はたくさんあるだろうから、もうこの百貨店を出てもいいだろうとアキラは思ったが、突然マキナはエスカレーターの正面の店を指差した。


「ねえアキラ君、あの店行ってみようよ!」


 正面にあるのはアクセサリーショップだった。マキナがあまりにも行きたがるので、アキラは「はいはい」とちょっと無気力そうに返事をして彼女の後についていく。

 ここでアキラは自分がマキナに結構振り回されている事に気づく。普段はいいコだが、本当に心を許せる相手にはこうやって素の自分を表に出しているのだろう。それでマキナが笑顔でいられるのなら、これくらいの面倒など喜んで受けられる。



 店の中は高そうなシルバーアクセやピアスをはじめ、可愛らしいリングやヘアバンドがたくさん並べられている。

 マキナはなんだかこれまで以上にウキウキしながら店内をうろうろしている。この店に何か欲しい物でもあるのだろうかと、アキラはマキナを観察する。


「あった、これこれ!」


 マキナが指差したのは、商品棚にびっしりと並べられている、動物のイラストが描かれたリストバンドだった。様々な野性動物が可愛くデフォルメされている。動物一種につき二色から三色が用意されていた。


「みてみて、これすっごく欲しかったんだぁ」


「へぇ、結構種類があるんだな」


「そう! いろんなファッション雑誌で大きくピックアップされてね、若者の間でちょっとしたブームなの!」


 マキナは目をキラキラさせて話す。家庭的なイメージが強いマキナだが、オシャレに関しても負けてはいない。彼女が誰にでも優しく接する天使でも、中身はごくごく普通の女の子なのだ。


「そっかー。で、どれが欲しいかは決まってるの?」


「フフン、私はこれ~」


 マキナはそう言って指を差したのは、蛇のイラストが描かれたリストバンドだった。

 普通に描かれている他の動物達と違い、蛇はリストバンドの中心に巻き付き、一つの円を描くようなデザインだった。

 可愛く描かれているのは同じなのだが、他の動物達よりもたくさん売れ残っていた。色に関しても、蛇だけが四色も並べられていた。



 アキラはマキナに自分が蛇みたいだと言われた事を思い出す。このたくさん売れ残った状況を見ると、蛇が不憫に思えてならない……


「マキナちゃん、こっちの犬や猫なんてのはどうだ? こっちの方がずっとかわい――」


「いいのッ。私は蛇が好きなのっ!」


「は、はい……」


 こうしてアキラの挙げた候補は、約五秒で却下されたのだった。

 マキナはニコニコして青とピンクの蛇のリストバンドに手を伸ばす。

 一つ五百円なので、二つ買ってもそれほど大きな買い物ではない。が、アキラはマキナの蛇への執着っぷりに感服する。色が違うとはいえ、同じ動物を二つも買うなんて余程蛇が気に入ったのだろう……

 会計では別々に袋詰めしてもらっていた。大事にしたいのか金額を上乗せしてもらい、少し派手な紙袋に入れてもらう。



 会計を済ませ、二人でアクセサリーショップを出る。と、その時突然マキナがアキラの方を向いた。


「アキラ君、ちょっとこっちにいいかな?」


 マキナはそう言って、アキラを手招きしながら歩きだす。


「……?」


 アキラはわけが分からないまま、マキナの後をついていった。



 ●



 ここは百貨店内にある階段の踊り場。建設した時に造ったはいいが、この百貨店を利用する客のほとんどがエレベーターかエスカレーターを使用する。よって階段には人の気配がなく、薄明かるい蛍光灯が照らしているだけ。踊り場には質素なベンチがポツンと置かれていた。


「な、なあマキナちゃん? こんなところに何が――」


 アキラが声をかけた時、いきなりマキナは振り向いてアキラを上目遣いに見つめてきた。それを見たアキラは、心臓が跳ね上がる気持ちになる。


「……ねえアキラ君、ちょっとここに座って」


 マキナは踊り場のベンチを指差した。アキラは「ああ」と返事をして座る。マキナもアキラの隣にゆっくりと座る。



 ――やがてマキナは、先程買った蛇のリストバンドの片方をアキラに差し出す。


「こ、こんな物でごめんなさい! これ、アキラ君への誕生日プレゼントです! ちょっと遅れちゃったけど、おめでとうっ!」


 マキナの顔はまたもや熟した果実のように紅潮している。アキラは当然、あっけらかんとした表情だ。漫画的に表現するとしたら、「目が点」になっているだろう。


「た、誕生日だなんてそんな! それマキナちゃんが買ったものだろ?」


 確かにアキラの十七歳の誕生日は十日ほど前に迎えたばかりだ。しかし誕生日など過ぎたら記憶の彼方に忘れたし、誰かから祝って貰おうだなんて思ってもいなかった。ましてやクラス一の嫌われ者の誕生日など、誰も覚えてすらいないとタカをくくっていた。

 が、それは単なるアキラの思い込みに過ぎなかった。こうやって、アキラがこの世に生を受けた日を覚えてくれていて、そして祝ってくれる人がいたのだ。


「私、まだアキラ君の事とか正直分からなくて、何が欲しいっていうのも分からなかったから、このリストバンドをお揃いで着けたらアキラ君喜ぶんじゃないかなって思って……嫌だった?」


 マキナの最後の言葉をアキラは心の中で必死に否定。嫌なわけがない。自分さえ忘れかけていた誕生日を覚えてくれていて、祝ってくれた上でここまで喜ばそうとしていたなんて……


「い、嫌なわけねぇだろ? ってかそこまで俺に気を遣わなくたっていいって!」


 アキラは嬉しさのあまり、照れ隠しで口調がぶっきらぼうになってしまった。ここで無理に拒んでマキナを傷つけては元も子もない。

 アキラはマキナの手の上に乗った、小さな紙袋に手を伸ばす。


「嬉しいぜ。わざわざ覚えてくれていてありがとうな」


 アキラはおべっかの類ではなく、心の底からお礼をした。

 それに対し、マキナは安心したように笑顔で返す。


「こっちこそありがとう。実はこの百貨店にそのリストバンドがあるってあらかじめ知ってて、だからこの百貨店を見て回ろうって切り出したの。ちょっとしたサプライズがしたいと思って、リストバンドの事は話さないでおいたの。びっくりさせちゃってごめんね」


 マキナは頬を緩めながらアキラに対して謝罪をした。

 なかなかの知能犯だな、なんて思ったアキラだったが、その事に関してはアキラは全く気にしていないし、マキナを責め立てるつもりなんて毛頭なかった。

 マキナがしてくれた事に対して、ただ感謝をするだけだった。



 二人は紙袋の中からリストバンドを取り出す。青の蛇のリストバンドがアキラのもので、ピンクの蛇のリストバンドがマキナのものだ。

 アキラはパーカーの右袖を、マキナはブラウスの右袖を少しだけ捲り、それぞれの右手首に着けた。同じ動物なので見た目の統一感は抜群だ。

 このお揃いのリストバンドを学校に着けていき、二人で横になって歩いていたらどうなるのだろうか?

 クラス一、いや、下手したら学年一とまで謳われる問題児のアキラが、学年内の人気者のマキナとお揃いの物を取り付けて歩いているところを見られたりしたのなら、生徒達の反応や如何に……

 だが今日マキナと一緒の時を過ごして、アキラは自分が本当に彼女を愛しているという事が改めて実感できた。だったら恐れる事なんて何もないはずだ。周りが何と言おうと、アキラはアキラの心の中の素直な気持ちを伝えればいいだけなのだ。ただひたすら真っ直ぐに……



「なかなか似合ってるよ? その蛇」


「マキナちゃんもな」


「同じ動物が似合うなんて、ひょっとしたら私達似た者同士なのかもね」


「そうかもしれないな」


 アキラは徐々に、自分が蛇だと言われる事に抵抗を感じなくなってきていた。元々アキラは自分自身を蛇と認識していたので、自他共に認める気持ちになっていったのかもしれない。


「でさ、こうなったらいっそのこと学校に着けていかないか? で、思い切って俺とマキナちゃんが付き合っている事をアピールしまくっちゃうの!」


 アキラは付き合っている事の喧伝(けんでん)を提案する。いずれバレてしまうのなら、いっそのことこちらから攻めるのも一つの手だ。人目を気にしてビクビク怯えていても、バレるという結果は変わらないのだから……


「そうだよね! それ賛成! もうこの関係がバレる事なんて、ちっとも怖くなんかないもん!」


 マキナも元気に右手を挙手し、アキラの意見に賛同する。どうやら満場一致のようだ。

 二人は蛇のリストバンドを証拠として、明日付き合っている事を公表する事に決めた。


「あーそれでさ、非常に失礼極まりないかもしれんが……」


 アキラは気恥ずかしそうに右手で髪の毛をボリボリと掻く。

 マキナは「なーに?」とご気楽気分な返事をした。


「明日この事を知らせるにあたって、ここで今一度確認をしておきたいんだ。俺もマキナちゃんも、皆の前で気持ちをしっかりと伝えられるのかどうかを……」


「? えっ? どういう事?」


「つまりだな……」


 アキラは次の言葉を非常に言いにくそうに口ごもっている。が、二十秒が経ち、ようやく口を開く。


「お、俺は、ほんっとうにマキナちゃんが大好きなんだ! この大好きな気持ちを学校の連中に伝えるつもりだ! だから、だからマキナちゃんも、明日この事を知らせるなら、今ここで自分の正直な気持ちを俺に宣言してほしいんだ! 自分で提案をしておいて凄く図々しいかもしれないけど、ここでお互いに確認をしておかないと、明日からの事が不安で仕方がないんだ。だから頼む! ここで俺に対しての気持ちを伝えてくれ!」


 アキラは言葉を出しきった後、マキナに向かって無意識のうちに頭を四十五度に下げていた。この時自分自身でかなりぶっ飛んだ事を言ったと悟った。自分に都合がいい上に、マキナの事を疑っているような物言い。

 アキラはマキナの足元を見ながら、自分がデリカシーのない発言をした事をひどく後悔した。が……


「分かった」


 優しい返答がアキラの耳に聞こえてきた。

 恐る恐る顔をあげると、そこにはすべてを受け入れんとする程の穏やかな笑みを浮かべた天使が居た。


「お安いご用だよ」


 マキナは図々しさに苛立つどころか、疑われているとすら思っていないようだ。

 彼女はアキラの目をしっかりと見据え、やがて正直な気持ちを伝えんと口を開いた。


「私だってアキラ君が大好きだよ! 今の私じゃ、アキラ君以外考えられない! みんなが何と言おうと、私はアキラ君と付き合ってるって事を何度でもアピールする! アキラ君を想う気持ちは誰にだって負けない! この気持ちはね――」


 流石に息苦しくなったのか、マキナは一呼吸をおいて……


「アキラ君が私を想う気持ちよりも、強いんだから!」


 見事なアキラ君連呼は本人の心を深く抉った。

 マキナに対しての、「本当に自分の事が好きなのか?」という迷いは、想像以上の反動となって返ってきた。マキナはアキラが思っている以上にアキラの事が大好きであった。早い話が、アキラの取り越し苦労だったというわけだ。

 マキナによる倍返しを食らったアキラは、疑心を抱いた事を悔いた。



 とはいえ、これでアキラの心の迷いは完全に吹っ切れた。あとは、学校でこの事を伝えるだけだ。どんな結果になろうとも、お互いに愛し合っている事実は変わらない。ここまで来たなら、もう成り行きに任せる他なかった。

 今まで両肩に乗っていたおもりが無くなったような感覚だった。


「そ、そうか! 分かった! 疑ったりして悪かったな」


「ううん……疑われたなんて思ってないよ? アキラ君の気持ちが聞けて良かった」


「でもわざわざこういった事させるなんてちょっと図々しくなかったか?」


「そんな事ないよ。この前言ったじゃん、アキラ君だけに全て背負わせないって。悩みがあるなら私にどんどん話してくれればいいんだよ」


 アキラはこのコが、世界一思いやりがある女の子なのだと確信をする。恐らくこれほど優しい人間は、地球上のどこを探しても居ないと思える程に……

 これからアキラに降りかかって来るであろう嫉妬や軽蔑の感情。それに対する不安を、マキナは優しく受け止めてくれている。

 そんな彼女にできる事は一つ――何が何でもマキナを守っていこう……


「ありがとう! マキナちゃんのおかげで元気が湧いてきた! 何かあったら俺にも話してくれていいんだからな」


 マキナの目をしっかりと見つめて言った。どういたしましてと、マキナは嬉しそうに返事をする。


「じゃあアキラ君、ほらこれ!」


 マキナはそう言って、リストバンドを着けた右手首を見せてきた。アキラは一度首を傾げるものの、何がやりたいのかすぐに理解をした。


「じゃあ、こうでいいのか?」


「オッケー、じゃ、いくよ~」


 お互いに右手首を見せた二人は、リストバンド同士をコツンとぶつけ合い、「誓い」を成立させたのだった。


「よーしっ!」


 マキナは威勢の良い声を上げながら、両手を上に伸びをする。その声には父親の豪快さが混じっていた。


「アキラ君、この後どうする?」


「そーだな、ま、とりあえず店を出るか」


「おっけー」


 アキラ達は横に並んで階段を降り、出口を目指す。二人の右手首にはお揃いのリストバンド。アキラは歩きながら、頭の中でこれからの予定を考えていた。

 楽しそうに歩く二人の手は、しっかりと繋がれていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ