アホのコ・マキナちゃん
電車に揺られる事約三十分。ようやく隣町の大きな駅にたどり着いた。賑やかな駅という事もあり、多くの人でごった返している。
電車を降りたアキラ達は、はぐれないように出口に向かって歩き出す。たくさんの人間と人間の隙間をを掻い潜り、二人はようやく改札を通過する事ができた。
「ああ、やっと着いたな!」
「長かったよね~」
駅のホームを出た二人は、伸びをしながら駅からの光景を眺める。目の前には百貨店やオフィスビルが立ち並んでおり、目の前の道路には自動車が絶える事なく走り続けている。
この近辺ではそこそこの都会なので、駅周辺は常に賑わっている。
休日なので、町中をキャッキャ言いながら歩く男女の姿もよく見かける。マキナと歩きながら、「俺もお前らの仲間入りだ」と心の中で勝利宣言をするアキラであった。
アキラとマキナの身長差は約二十センチほど。高校生の中ではアキラは高身長の部類に入る。クマの入った顔も相俟ってそこに居るだけでもそれなりの威圧感を周囲に放っている。
町を行く人々の畏怖と嫉妬の視線をそれなりに感じたが、アキラはあまり気にせずにマキナの横を歩き続けるのであった。
マキナと話し合った結果、とりあえずといった感覚で、駅の近くにあるゲームセンターで時間を潰す事に決まった。このゲームセンターはこの町でもトップクラスのスケールを誇る。
建物の中は当然広々としており、ゲームから流れてくる音楽や店内のアナウンスでとても騒がしい。様々なジャンルのゲームがあちこちに設置されている。
アキラは今朝の占いを思い出す。
『六位はおひつじ座。異性とバツグンの関係を築けそう! ラッキープレイスは人がたくさん居る場所』
六位という微妙な占い結果が、少しでも良い方向に転じてくれる事を願った。
「わー、何回も来てるけどやっぱりここってひろーい!」
建物の中に入るや否や、マキナがまるで遊園地に来た子供のようにはしゃいでいた。無邪気に走り回りながら、その辺のゲームのボタンを意味もなく押しまくっている。
「ねえアキラ君、どれから遊ぼっか?」
「うーん、そーだな……」
マキナの陽気なスキップでなびく茶髪をチラ見しながら、遊べそうなゲームを探す。
「これ、いいんじゃないか?」
アキラは入り口付近にあるガンシューティングのゲームを指差した。画面にはグロテスクな宇宙人がプレイヤーに対して挑発する姿が映っている。
「うわっ、これめっちゃ難しそうじゃない?」
「……そうか?」
アキラは考えるよりも先にポケットの財布に手を伸ばしていた。
財布から百円玉を二枚取り出し、コイン挿入口に投入。画面がメニューに切り替わり一人プレイか二人プレイのどちらかを選べるようになる。アキラは手元にあるガン型のコントローラーを手に取る。画面の中の「二人プレイ」の文字をめがけて引き金を引く。
スタンバイに入ったところで、アキラは後ろに居るマキナを振り返った。
「さ、マキナちゃんも一緒にやろうぜ?」
ガンコントローラーを片手に携えたまま、マキナを手招きする。
「えっ? でもこれってアキラ君のお金で……」
「いいっていいって、これくらい。俺の奢りだ!」
少しの間遊ぶのを渋ったマキナだったが、やがてアキラの隣にやってきた。そして手に持っていたバスケットとバッグを足下に置いて、
「ありがとー! この後必ず何か奢るね!」
何かある度にこのような笑顔を見せられては、悶えるのを我慢するので精一杯だ。公共の場でなかったら大声を出して発狂してしまうかもしれない。アキラはここで、この笑顔が一種の兵器だという事に気づいてしまう。どうやらとんでもないコと付き合ってしまったようだ。
「まあ、お返しとかは別に気にしなくてもいいけど――っとそんな事よりとにかく始めようぜ!」
「うん!」
何だかんだ言ってマキナとの協力プレイにウズウズしているアキラは、スタンバイ画面に向かってトリガーを引く。
すると今度はゲームの臨場感を醸し出す為のプロローグが流れ出した。これは呑気に見ていると疲れるので、再びトリガーを引いてスキップ。暫しのロード画面の後、戦闘開始である。
「いよいよだぞ!」
「オッケー――ってギャッ!」
戦闘が始まるや否や、マキナが奇声をあげた。画面の中ではおぞましい姿をした地球外生命体の皆さんが、アキラ達を攻撃し始めたのだ。
「ウエ~。こいつらキモーい」
右手の銃を構える事も忘れて、マキナは画面の中の生物達に釘付けになっている。
「マキナちゃん、ビビる気持ちも分かるけどとにかく撃たなきゃ!」
「えっ? あ、ああッ!」
我に返ったマキナはようやく攻撃に転じてくれた。
倒せば倒すほど激しくなる敵の攻撃に、とうとうマキナ側のライフが底をついてしまった。しかしアキラは相変わらず、猛攻に怯む事なく迫り来る敵を射殺し続けている。
余裕で一つ目のステージをクリアしたアキラは、隣に居るマキナに得意気に白い歯を見せる。
「どーよマキナちゃん?」
「すごーい! アキラ君ってゲーム上手いんだね!」
「続けて見てな」と言わんばかりに、フッと鼻で笑った後二つ目のステージへ。
一つ目のステージよりも敵が強くなっており、途中に落ちている回復アイテムでなんとか凌ぎながら二つ目のステージをクリア。
そして三つ目のステージ。
アキラの出せるだけの瞬発力と精密さで、画面内の敵を殲滅させていった。アイテムも駆使して攻撃を続けていくが、
「ああー、クッソー! 惜しかったな!」
流石に敵が強くなったのか、アキラのライフも底をついてしまった。
「でも凄いよアキラ君! 恐るべきスナイピング!」
後ろで見ていたマキナは、わざわざ英単語まで使って賞賛してくれた。
アキラは「どーも」とお礼を言い、コンティニューをするための百円玉を財布から取り出そうとするが、同じゲームばかりやってマキナを退屈させてはいけないと思い、このゲームはやめる事にした。制限時間がゼロになり、ゲームオーバーの文字が画面に表示される。
「えっ? アキラ君もういいの?」
「ああ、もっと違うゲームやろうぜ」
アキラはそう言って奥の方を指差した。マキナは嬉しくなったのか笑顔になって「うん」と返事をした。
それからはレースゲームやクレーンゲーム、クイズゲームで遊んだ。特にレースゲームは白熱した戦いになり、時間を忘れる程だった。
マキナが先程作った百円の借りは、クレーンゲームで返した。アキラは返してもらったその百円で、可愛いぬいぐるみを見事にキャッチしてそのままマキナにプレゼント。おかげでマキナのお馴染みの頬の紅潮を拝む事ができた。アキラはポケットからスマホを取りだし、その表情をカメラに留める事を要請したが、マキナは困るの二文字でそれを却下したのだった。
●
時間が経つのは本当に早い。特に、それが楽しいひとときなら尚更……
ゲームセンターで遊び始めて二時間が経とうとしていた。現時刻は十一時四十五分。そろそろお腹が空いてくる頃だ。
「マキナちゃん、そろそろ出るか?」
アキラが尋ねると、マキナはキョロキョロと周囲を見渡した。
「ねえアキラ君、最後にあれやりたいんだけど?」
マキナが指差したのは、バスケットボールのシュートゲームだった。
「いいけど」
「やったー!」
マキナは大はしゃぎでシュートゲームまで走っていった。その姿は何とも微笑ましいが、そんなにはしゃぐほどやりたかったのかと思うと少し苦笑してしまう。
「このゲーム最近できたからやりたいって思ってたんだぁ」
「へぇ……」
この時アキラは思い出す。
マキナは試験の点数が毎回赤点の追試常習犯。そして運動神経に関しては鉄棒の前回りすらできないオンチなはず……
(そういや体育のバスケでもパスのボールをキャッチするので精一杯だったよな……)
「な、なあマキナちゃん? バスケとかやって大丈夫なのか?」
アキラはアキラなりにマキナを心配したつもりだった。しかしマキナからは身も蓋もない発言に聞こえたのか、「なっ!?」という反応をしてこちらを見る。
「失敬な! 私だってバスケくらいできますよーだ!」
「はい、失礼しました……」
マキナは白い歯をシーッと出して威嚇。アキラから見れば、それは小動物の必死の抵抗にしか見えなかった。
とはいえアキラは以降、口出しをしない事に決めた。マキナの戦いに水を差すのは御法度だと判断したのだ。とりあえず跳ね返ったボールがマキナの顔面に直撃、なんていう事故が起きない事をただただ祈るばかりだった。
マキナは財布から百円玉を取りだし、挿入口に入れる。
ゴール前のゲートが開き、カウントダウンが始まる。制限時間は一分。初めはシュートを十五本入れれば次のステージへ進めるようだ。
スピーカーからの掛け声と共にスタート。マキナは手元のボールをむんずと掴み、ゴールめがけて放り投げる。が、ことごとくバックボードかゴールのリングに当たって跳ね返ってくる。
時間もどんどん少なくなってくる。まるでお笑い芸人のコントの動きの様な独特な投げ方をするマキナを見て、これはシュート数ゼロを叩き出せるなと心の中で呟くアキラ。
残り四秒。恐らくこれで最後の一発。ムキになったマキナは、バックボードの四角を狙って強めに放り投げた。
ボードは見事に四角のど真ん中に命中。そのままゴールが決まる――と思われたが、勢いがつきすぎたのかリングの上を弧を描くように転がり、ゴールには入らずマキナに向かって落ちてくる。
結局一つも入らずじまい。ここで賞賛の言葉なんてかけたら皮肉以外の何者でもない。とにかくマキナを温かい目で見守ると決めた――のだが……
最後のシュートに失敗したボールをマキナがキャッチをする瞬間、メキッという生々しい音が聞こえてきた。
「痛ったあーーーーーッ‼」
マキナは奇声をあげてそのままうずくまる。驚いたアキラは慌ててマキナの前にしゃがみこむ。
「お、おい! どうしたマキナちゃん!」
「ひ……ひい~っ! 手が、手が痛い~っ!」
マキナは涙目になりながら、右手の人差し指を左手でギュッと掴んでいる。
「あ、これって……」
「つ、突き指ぃ……」
どうやら最後のシュートが入ったものだと思いこみ、落ちてきたボールの対処が遅れたのだろう。とっさに右手を伸ばして掴み取ろうとしたが、勢いがまだ落ちていなかったのでキャッチに失敗してしまった……
確かに顔面への直撃はしなかったものの、その代わり右手の人差し指でボールを突いてしまった。アキラの必死の祈りは、結局届かなかった。
この時周囲からの憐れみの視線をアキラは逃さなかった。いや、視線どころか「うわあ、あのコ泣いてる、可哀想に……」「どうしてあんな可愛いコが泣かなきゃいけないの……」「あんの目のクマのヤツ死ね、爆発しろ!」といった心の声まで聞こえてくるようだった。
(やめろお前らー! これじゃまるで俺が泣かせたみたいじゃねーか!)
アキラは悲痛の叫びを心の中であげながら、マキナをなだめる。とはいえ、まさかこんな遊び場でこんなドジを踏む人間が居たなんて……
アキラは心の中で密かに思う。マキナは真性のアホのコだと!
と、ここで今朝の占い結果を改めて思い出した。
『六位はおひつじ座。ラッキープレイスは人がたくさん居る場所! 付き合っている相手の思わぬアクシデントには気をつけて!』
……マキナにとってはアクシデントでも、アキラから見れば彼女を介抱できる絶好のチャンスだ。表面上はマキナを労りつつも、おっちょこちょいなマキナを見る事ができたので、内心で喜ぶアキラであった。




