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自分の事を蛇だと思ってるアキラ君

 休日が終わり、ほとんどの生徒が億劫な気持ちで学校へ通うであろう月曜日……学校へ向かう登り坂をのんびりと歩く少年がいた。



 彼の名前は(みや)()アキラ。(顔を除けば)何の変哲も無い高校生だ。

 寝ぐせを適当に水で直しただけの大胆なヘアースタイル。制服はブレザーのボタンを外しシャツの裾もズボンから出している。顔立ちに関しては決して不細工という訳では無くそこそこ整ってはいる。

 しかし、アキラの目の下には濃いクマができている。親から受け継いだ生まれつきのクマと、夕べの徹夜によるクマとの相乗効果で、目の下のクマは黒に近い程にくっきりと現れている。

 周囲の人間から見れば口をそろえて、悪人のようなツラとか不健康そうなツラと言う事だろう。



 坂を登ったアキラは『()(かわ)高等学校』と書かれた校門をくぐった。

 この高校は何故か蛇の名を冠しているが、その名前の由来を知る者は居ない。と、いうよりは知ろうとする者が居ないと言った方が正しいだろうか?

 制服は上は男女共に緑一色のブレザー、下は緑色のチェック柄。落ち着いた可愛らしい色合いは、近隣の中学生達から密かな人気を誇っている。



 現時刻は八時半。始業は九時なので、今から教室に向かえばゆっくりとくつろげる……はずなのだが、アキラは昇降口へは向かわずに校舎の右側に方向転換。人気の無い通路を目指した。先へ進んでいくとゴミ捨て場があるが、今は朝なので誰も居なかった。更に進んでいくと、徐々に道が細くなっていく。その通路の先で、校舎の壁に沿って直角に曲がると茂みに突き当たった。

 アキラは手で草木をかき分ける。すると、人一人が通り抜けられる程の小さな道があった。何者かが茂みを切り開いて道を造ったかのようだ。

 アキラは身を低くして茂みの道を進む。その姿はまるで、林の中を探検する子供のよう……



 しばらく進むと小さな空間に出た。場所的には校門の反対側に位置する。そこには何も無い――否、正面に鉄製の錆びついた扉があるだけだった。


「……あれ?」


 扉を見たアキラは声を漏らした。扉にはいつの間にか(・・・・・・)南京錠がかけられていたのであった。



 アキラは少し前にこの空間を発見した。この場所は全く人目につかないところにある為、存在自体誰も知らない。この場所はアキラにとってくつろぎの場所でもあった。故にアキラはこの場所を、まだ誰にも公言していない。この隠れ家が誰かに知られた日には、不良共の絶好の喫煙所になりかねないからだ。

 誰にも知られていないからこそ、不良共に怯える事無く隠れ家ライフを過ごす事ができるのだ。

 そんな(少なくともアキラにとっての)サンクチュアリが何者かによって閉鎖されている。

 短い間だったが素敵な場所だったと呟きながらアキラはその場を後にしようとする――なんて事はしなかった。学校内で最高のくつろぎの空間を奪われてしまったアキラに、この場所から退去するなんて選択肢はなかった。



 目の前の赤茶けた扉を一瞥した後、腹の底から深呼吸をする。その後、構えをとりつつ右の拳を握りしめた。そして弓を引くかの如く右腕を引く動作をとった後、その右腕は本当に弓矢のような速さで扉に向かって発射された。アキラの正拳突きを食らった扉は鈍い音がすると同時にひじゃげてしまった。その衝撃で南京錠が外れてしまったのだ。


「っしゃあ! ざまーみろ!」


 アキラは扉に向かって空しく勝利宣言をした後、壊れた扉をポンッと押す。すると扉は、不快な金属音と共に容易く開かれてしまった。



 扉の向こうはコンクリートのブロックがいくつか置かれている他は何も無い空間だった。校舎の中に入る扉が一つあったが、鍵がかかっていて入れない。校舎の反対側の塀は草木で覆い尽くされており、とてもではないが乗り越えられそうにない。

 藪の向こうの住処という事で、アキラは皮肉交じりに自分の事を蛇みたいだと自嘲していた。



 アキラは、だらしない容姿、協調性の無さ、減らない遅刻と欠席という生活態度から、落ちこぼれの烙印を押されてしまっている。自ら積極的に他人と関わらず、学校に来てはだらだらと過ごす生活を送っている。

 更に器物破損等の問題行動の前科もいくつかある。クマの入った凶悪な視線も相俟って、アキラを恐れている者も少なくない。

 おかげで、何を考えているか分からない、得体の知れない人間、獣の血が流れている、そもそも人間じゃないんじゃないか? といった周囲から散々な評価を受けている。



 蛇は元来、人々から畏怖され嫌悪の対象にされてきた。人間から忌み嫌われる存在は蛇と同じだとアキラは思っている。こんな顔色の悪い高校生と比べられるのも、全世界の蛇に対しては大変失礼かもしれないが……



 アキラは積まれたコンクリートブロックの上に腰を下ろし、校舎と塀に囲まれた狭い空をボーッと眺めていた。

 朝日は見えないが、塀の向こうから心地良い風が吹いてきている。桜は散ったとはいえ、まだ夏は遠い事を感じさせてくれる風だった。その風が校舎の壁に勢いよく当たり、風の音がまるで誰かが叫んでいるように聞こえる。不気味かもしれないが、それでもアキラはこの場所を(いた)く気に入っていた。

 風の音さえ気にならなければ十分静かに感じられる場所だった。



 ――まずい、何だか眠くなってきた……夕べは徹夜でゲームに没頭していたため、ほとんど寝ていない。アキラは腰かけたままウトウトし始める。頭とまぶたが次第に重くなっていく……



 ●



 アキラが目を覚ましたのはそれから約一時間後、一限目の授業が終わった時だった。終業のチャイムでアキラは目を覚ます。

 そしてポケットからスマホを取りだし、恐る恐る時刻を確認。


「うおっ、やべぇ!」


 元気な魚の如く飛び上がったアキラはカバンを手にかけ、元来た道を引き返す。

 春眠暁を覚えず――なのだが、これは勝手に扉を破壊し、勝手にうたた寝をしたアキラの自業自得である。彼は茂みを抜けて細い通路を走り、ごみ捨て場を通り過ぎてようやく昇降口に戻って来た。幸い授業サボリに対して目を光らせている教師は誰もいなかった。



 安堵したアキラはそのまま校舎の中へ。下駄箱で靴を履き替え、三階のアキラの教室へ。

 通学用の鞄をぶらぶらと振りながら、階段をのっしのっしと登る。途中、様々な生徒とすれ違う。恐怖心の籠った視線を向けられる。そしてすれ違う間に、ひそひそ話がアキラの耳に聞こえてきた。


『あいつが二年二組の宮葉アキラか……』

『相変わらず目つき悪いな、悪魔みたいだ……』

『シッ! 目、合わせるな! ボコボコにされるぞ』

『最近備品が何者かに壊されてるけど、ひょっとしてあいつの仕業なのか?』

『ああ、この学校であいつに壊せないものなんて無いって噂だしな……』


 アキラの噂は、本人がそこを通過するだけで風のように流れていく。


「フフン、いい気分だ」


 アキラは階段を登りながら小さく呟いた。



 やがて三階にたどり着く。アキラの教室は近い。

 廊下を歩いている時も、噂話がヒソヒソと聞こえてくる。中にはアキラに対する誹謗中傷も含まれていた。が、アキラはそんなものは気にも留めていなかった。

 確かに噂をされるのはアキラにとっては面白い事ではないが、だからといってそれに対してとやかく言う気もなかった。なぜならアキラは面倒くさがりだからだ。噂をされる度にぶちギレていては余計に疲れるだけだと、アキラは自覚していた。

 要するにキレる事も億劫に感じるほど、アキラはやる気が起きないのだ。


 

 ● 



 アキラはようやく自分の教室に到着した。

 教室内は皆、休憩モードに入っている。雑談をする者、居眠りをする者、スマホをいじる者、立体視できる携帯ゲームを楽しんでいる者……休憩時間の過ごし方は人それぞれだ。



 アキラが教室に入っても、特に誰も彼に怯える様子はなく、皆各々の時間を過ごしている。

 このクラスの連中は、アキラに対して耐性を得たようだ。アキラを認めたわけではないが、一年以上も同じ集団で学校生活を送ってきたのだから、彼への恐怖心も薄れてきたのかもしれない。



 そしてアキラとて、ただ意味もなく学校へ来ているわけではない……


「ムムッ、宮葉君は今日も重役出勤ですか~?」


 背後からいきなり声をかけられたアキラは、あわてて振り返った。視線の先に居たのは、二人の女子生徒。声の主は、アキラのクラスメイトである(ふじ)()マキナだった。

 彼女の容姿は、可愛い(・・・)以外に形容できない程であった。

 髪型は茶髪のポニーテール。綺麗に整えられており、ボサボサヘアーのアキラとは大違い。

 そしてその顔立ちは、若干幼さを残しつつも非常に綺麗だ。

 目はパッチリと開き、唇は健康的な桃色。身長は比較的小柄だが、スタイルもなかなか。

 そんな彼女は緑色のブレザーと、緑色チェックのスカートに非常にマッチしていた。


「おっはよー、宮葉君!」


 マキナはアキラに明るい笑顔で挨拶をする。それを見たアキラは、思わず顔がほころんだ。


「おはよう、藤野さん」


 アキラは照れ臭さをどうにか隠そうと、ポーカーフェイスで挨拶をする。


「オウ宮葉、四月に入ってこれで十一回目の遅刻。さあ、今月で遅刻回数最高記録を更新できるかな?」


 マキナの横に並んでいる女子生徒は、腕を組みながらニヤニヤしてアキラに話しかける。彼女は同じくアキラのクラスメイトの、(ほし)()ミサだ。

 彼女の容姿は美少女という言葉すら生ぬるく感じるほど綺麗だった。

 栗色のショートヘアと黒縁の眼鏡は、大人っぽく、そして知的な印象を与えている。

 そして彼女は女優顔負けの顔立ち、そしてモデル顔負けの抜群のスタイルを持ち合わせていた。


「おはよう星野。こんな俺の遅刻の回数を数えられるなんて、あんたも暇だな」


 アキラは皮肉交じりに笑みを浮かべながら、ミサに挨拶をした。



 マキナとミサはその容姿故に、クラスどころか学年内でも抜群の知名度を誇る存在だ。当然、アキラのクラスの中ではこの二人はツートップの人気者である。

 そしてこの二人は、小学校からの最大の親友でもあった。



 二人への挨拶が終わったアキラは、欠伸をしながら自分の席へ向かう。席に座ったアキラは頬杖をつきながら、談笑をしているマキナとミサを遠目に眺めている。



 マキナが時折見せる笑顔に、アキラは心を打たれそうになる。アキラのような人間に対しても、無邪気で明るい表情を見せてくれる。

 マキナの笑顔は、周囲から忌み嫌われているアキラにとって、正にオアシスのような存在になっていたのだ。アキラはこれが、学校生活での唯一の楽しみになっていた。



 そしてこの時アキラは既に、藤野マキナという存在に対して恋心を抱いていたのだ。アキラがマキナへの想いを抱き始めてから、十ヶ月が経とうとしている。



 ●



 きっかけは一年生の時、マキナが気さくに話しかけてきた事だ。

 心機一転、華々しく高校デビューを飾ろうとしたものの、やっている事は今までの学校生活と変わらない。結局は中学校までの延長線上に過ぎないと感じ始めたアキラは、次第にだらけが出始める。

 退屈な日々に飽き飽きしてきたアキラは、その内学校生活に対して不満が出始める。教師からの叱責を受け、イライラが募るとその度に物に当たるようになった。

 他の生徒達の恐怖心を煽り、アキラは次第にクラスから孤立していく。学校内のイベントにも参加せず、クラスに貢献する事を一切してこなかった。



 それからのアキラに対する周りの評価は、最悪の一言。生徒はもちろん、教師達までアキラと目を合わせたくないという者がほとんどだった。



 しかしそれでもマキナは、アキラに会う度に明るく挨拶をしてくれた。落ちこぼれの烙印を押され、学校内では孤立した自分にさえ、優しく話しかけてきてくれる。

 アキラはそのうち、その無邪気な笑顔に惹かれていったのだった。



 マキナを想う気持ちは、月日を重ねれば重ねるほど膨れ上がっていく。

 これだけ長い時間片思いをしているなら、いっそのこと告白してしまうのもありだと考えた事もあったが、その一歩がなかなか踏み出せない。おまけに自分は学年内でもトップクラスに嫌われている存在だ。全くの対照的な立場にいるマキナと付き合い始めたなんて噂が流れたら、彼女にどんなとばっちりが被るか分からない。



 授業中、教師の話も聞く耳を持たず、アキラはただ、自分がマキナと付き合ったらどうなるのか、そして何をしたいのか、という事ばかり考えていた。自分にマキナと付き合う資格があるとは思えないのに、マキナと付き合い始めた時の空想をしているアキラであった。

 そしてアキラが実際にしている事といえば、毎朝挨拶をしてくれるマキナに返事をする事と、楽しそうにおしゃべりしているマキナを遠くから傍観する事のみ。どのようにしてマキナに近づけるかを全く考えていない。



 机上の空論、そして絵に描いた餅。

 アキラの実現しそうにない幻想は、日に日に肥大化するばかり。

 それでもアキラは、マキナの笑顔を眺めては自分の心を癒していた。



 無意味な事をして、無意味に時間が過ぎていく、そんな月曜日だった……



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