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stoop

作者: 蓮 流人

季節外れですが、

心は7月7日な気分で読んでください。

昔むかし、空を流れる天の川のほとりに天の神様の娘がおりました。とても機織りがうまく、働き者の娘でした。天の神様はそんな働いてばかりの娘の将来を心配して、ある時働き者の男の人のもとへ嫁がせることにしました。

二人は結婚し、新しい生活を始めました。しかし結婚してからというもの二人の生活が楽しくてしかたなく、働き者だった二人が一変して働かなくなってしまいました。そんな日々がしばらく続いたある日、ついに天の神様が怒り出して、天の川の両岸に二人を引き離してしまいました。

そして、一生懸命働くことを条件に、年に一度、7月7日の一日だけ会うことを許しました。



7月7日。今日は七夕。年に一度、離れ離れとなった夫婦が会える日だ。笹などを飾って願い事を書く日だ。

クリスマスや誕生日のようにプレゼントがもらえるわけではないけれど、何となく毎年楽しみに思ってしまう。


……なのに。なのに、どうして。


「今日が模試なんだあああぁぁぁぁ……!!」


家を出ると同時に空に向かって叫ぶ。

さすがに近所迷惑なので、周りを気にしてそこまで大きな声でもないけれど。小さな声に大きな不満をこめる。誰かに届け。誰でも良い。この溢れ出る負の感情を受け止めてくれ。


「なにもさ…よりによってさ、今日じゃなくてもいいじゃん……。まぁ、いつだろうが模試のたびに同じ事言うんだけどさ。」


ちょっとおかしくなってくすりと笑う。一人で笑ってて、変な人みたいとかは考えてはいけない。そこには触れない。虚しくなるのみ。


不満をこぼすこともそこそこに、学校へと向かう。勉強は好きではないが、如何せん。結局は受験生。未来をかけた(受験)戦争に勝ち抜くためには(学)力を鍛えるしかない。先生方が容赦なく模試をぶち込んでくるのも、受験生のことを思ってのことなのだ。

そうだ、愛だ。愛なのだ。

そう思えば頑張れる気がしてくる。いや、やっぱりしてこないかもしれない。


そして、いつも通りに友人と駅で合流し、学校に向かう。話題はもちろん今日の模試のこと。

この友人には模試や大学の情報をいつも流してもらって、とても助かっている。神。しっかりもので頼りになる友人だ。


そんな友人と学校を目指して歩いている時の事だった。


「……あ。」


ふと視界に映りこんだやたらと前かがみの男子に自然と目がとまった。はっとする。

「…ねぇ」

友人の注意を引こうとして思わず肩を思い切り掴んでしまった。友達が「うっ」と痛そうな声をあげるが、それでも構わず続けた。すまんな。


「あの人って…。」


前から気になっていたのだ。そんなに曲がって、余計に疲れないのかって程に猫背の男の子。たまに見かけるときには本を読んでいるか仲の良い友人に囲まれていることが多い。

身長は高めで、髪が短いからか、かがんだような姿勢でいても暗い印象はない。

その猫背の影響で普段から目立っているけど、全校生徒が集まる朝会の人ごみの中でも紛れることなくかなり目立つ。そのせいで顔だけは覚えていたけれど、名前は知る機会がなかった。


猫背の友人が言うには、猫背に慣れてしまうと意識して背筋を伸ばすほうが疲れるということなのだが、彼はそんな友人でさえ心配してしまうほどの曲がり具合らしい。

恐ろしい……。


前方で同じ目的地に向かって動く背中を指差すと、友人は恨めしそうに私を睨んでからそちらに目を向けた。

本当にごめんってば。悪気はなかった。ほんのちょこーっと力が入りすぎちゃっただけで。


「まったく…あの人?3組の早瀬君じゃん。どうかしたの?」

事もなげに名前を教えてくれる。やっぱ社交的で人脈の広い友人を持つと、こういう時にとても便利だ。いろんな情報をくれる。

…いや、別にそのために友人になったとかじゃないよ、そんな酷い事はしないよ!?


ともかく私の次の言葉を待つ友人にお礼を言う。彼女は「いえいえ」とどこか面白そうににんまりと笑った。

この笑いは…嫌な感じだ。とても嫌な予感を察知した。「しまった…。」と心の中で呟いた。次にくる言葉は聞かなくても分かっている。


「なになに、かすみってば早瀬君のこと気になるのー?」


……ほらきた!やっぱりこれだ。「朝から元気だなぁ」とかつぶやいて小さくため息をついてみせる。


他人の色恋沙汰ほど面白いものはないとか聞くけど、その事に関して否定はしない。実際私も面白いと思う。

だが、その登場人物に自分が出てくるとなれば話は別だ。自分がみんなに観察される側になるわけで。それは嫌だ。ひやかされ、からかわれるなんて絶対に嫌だ。

だからそうならないように、ここははっきりと否定しておかなければ。否定しても多少はからかってくるだろうけど、嫌がってるって分かっててずっとからかってくるほど意地の悪い友人でもないはず!……多分。


「いや、そういうのじゃなくて。あの人っていつも猫背じゃん。だから憶えちゃったんだけど、そういえば名前知らないなぁって思って。ただそれだけだよ。」

それを聞いて友達は「えー、それだけなのー?」とちょっとつまらなさそうに呟いた。

「それだけ」と慌てた様子を見せずに、きっぱりと言っておく。これでよし。


「まぁ、確かにそうだよねー。」

「ん?」

「確かに猫背はいつもすごいなーと思って。」


その後話題は変わり、二人でとりとめのない事を話して登校した。少し前を歩く猫背の背中は、しばらく後にそれぞれの教室へ行く分かれ道にさしかかるまで、私たちの前を歩いていた。



お昼過ぎ、ようやく模試がすべて終了。帰れる時間となった。

しかし、今日の下校は一人ぼっちだ。いつもの友人は…あれだ、いわゆるリア充中だ。詳しいことは聞かないでほしい。察してください。

とにかく、今日は一人で校門を出た。


「…あれ?」

前方に見覚えのある背中を発見。あの猫背は……。

視線を感じたのか、先を歩いていた人物がちらりと周りを見回す。その拍子に横顔が見えた。やっぱり猫背の早瀬君だ。今日はやたらとよく見かけるなぁ。


そんなことを思いながら歩いていると、前方の早瀬くんがいきなり立ち止まり、かばんから携帯電話を取り出すと耳にあてた。

電話でもきたのだろうか。そのまましばらく話しているみたいだった。歩みを止めてはいないけど、早瀬くんはだいぶゆっくりと歩いている。


……ちょっと待て。このまま行くと追いつくよ、私。追い越すならいいけど、追いつくと同時に電話が終わったらどうしよう。確実に気まずい。話しかければいい?それが無理だから今悩んでいるわけで!コミュ障なめんな。人見知り万歳。


心の中で焦りながら、表向きは平然として歩き続ける。速度はもちろん落とした。周りから見て不自然じゃない程度にはスローペースだ。だがそれを上回る早瀬君の遅さ!何ということだ。もうちょい早く歩きたまえよ!


そして…予想は当たった。当たってしまった。全然嬉しくない。もっと嬉しい事で当たってくれればいいのに。


後数歩で追いつくという所で早瀬君が電話を切る。

ちょうど「もうこうなりゃいっそのこと追い越そう、それがいい。」と考え、歩くペースを上げたところだった。ものすごく気まずい。どうする、挨拶でもするか!?でも話したことのない人からいきなり挨拶されたら「何こいつ。」ってならないかな!?こんなことばかり気にしているからコミュ障なのかな!?知ってる!!

頭の中ではぐるぐる悩みながらも、コミュ障の私は知らないふりをして通り過ぎる一択。なるべく気にしないように平静を装って歩き続けると、早瀬君が携帯をしまおうと思ったのか、かばんの口を開いた。

その瞬間……。


バサッ……。


……かばんをひっくり返したよ…。もしかして彼ってちょっと鈍くさい…?


かばんの周りに散らばる本やその他諸々。そのすぐ後ろに立ち尽くす私。あたりを支配する沈黙。

これで拾うのを手伝わなかったら私とても悪い人。とっても酷い人として名を知られてしまうかもしれない。そうでなくてもこの惨状を一人で片付けるのはあまりにも可哀想だ。とりあえず手伝うことにして、そっと手を伸ばした。


すぐ近くの手が届くものから集め始めると、早瀬君がはっとしたようにこちらを見る。けれど、私は気づいていないふりをして手を動かし続けた。それを見て彼も静かに拾い始めた。二人で黙々と拾っていくと、荷物は思ったより早く集まった。後は拾ったものを早瀬君に渡して、かばんに詰めていくだけだ。とりあえず、拾った本類を渡そうとして、一番上の本に目が留まる。

「七夕……。」

「え? あぁ、今日は七夕だからせっかくだし、読んでみようと思って。」

「…そう、なんだ。」


話しながら、次々と荷物を手渡していく。早瀬君は「ありがと」と言って、手早く詰め込んでいった。やっぱり今も猫背。会話も同時進行で進んでいく。沈黙は気まずいから、良かった。

「でも、今年も七夕の夜は雨なんだよな。今はこんなに晴れてるのに。」

そう言う早瀬君はどこか嬉しそうに笑っている。何が嬉しいのだろう?

「今年も? そういえば、七夕の日は雨が多いね。」

「それ、何でか知ってる?」

いきなりの質問に思わず「えっ」と声をあげる。そんなこといきなり聞かれても……。考える時間をください。

「うーん……、二人が会うのを邪魔しようとしてるから、とか?」

「それもよく言われてる。雨が降ることで天の川の水かさが増して、渡れなくなるって。けど、別の考え方もある。」

「別の?」


話しているうちに、落ちていたものがすべて元あった位置に収まった。早瀬君がかばんを閉めて立ち上がる。

そしてこちらを見るとふっと笑った。あ、背筋伸びてる。ちょっと笑いそうになって、慌ててこらえた。

「拾ってくれてありがとう。」

ぺこりと頭を下げてお礼を言う。動きが意外に可愛いな、とか思いながら私も「どういたしまして」と頭を下げ返した。顔をあげる時に、面白そうに笑う早瀬君の顔が見えた気がしたけれど…今は普通だ。きっと、気のせいだよね。


「ところで、藤谷さんって七夕とか興味あるの?」

ちょっとびっくり。私の名字を知っていた事に驚いた。知ってたのか。クラスが違う、こんな一度も話した事がないような人を。

特定の友人とばかり話してるから、全然人の名前を覚えない私とは違うのか……。ぐさりときた。あ、でもクラスメイトぐらいは覚えてるからね!?


「あるといえばあるし、ないといえばないかも。」

至極真面目に返した私の返答に早瀬君が思わず笑い出す。

え、そんな面白い事言ったっけ? …言ってないはず、うん。

自分で調べるとかいうことをするほど興味があるわけでもないけれど、七夕伝説のストーリーとか行事は好き、っていう微妙ライン。だから興味があるといえばあるし、ないといえばない。


「な、何かおかしかった?」

「いや、何それ、って思って。」

……まだ笑ってるんですけど。そんなに面白かったの!?

「まぁ、いいや。」

いいなら笑うなよ、とか思ったけど、さすがにそれを本人に言うのはあれなので、黙っておく。我慢我慢。我慢も大切。私の忍耐が試されているのだ。


「あ、木がある。」

「え、木?」

いきなり話題ががらっと変わった。

今度は何? 木ぐらいどこでもあるでしょ…。この人唐突過ぎる…次の行動が読めない。早瀬君ってこういう人だったんだね……。


「七夕の日に、木の下に行って耳を澄ますと、織姫と彦星の話し声が聞こえるんだと。行ってみるか?」

「え、そうなの? って、え、ちょっと!」

早瀬君は自分が話し終えると、私の言葉はお構いなしに私の手を引っ張って木の下へ向かう。

この人、確実に私の話聞いてない。ゴーイングマイウェイだよ。疑問系にしたなら返事くらい待とうよ。


その間にも、早瀬君に引きずられ、連れて行かれるままに木の下へとたどり着く。それは大きな木だった。枝が丸く広がり、とても大きな日陰を作っている。夏の暑い日差しの中では、とても有難い涼しさだ。少しほっと息を吐いた。

「ほら、耳を澄まして。」

釈然としないながらも言われるままに耳を澄ましてみる。

周りを吹いていく風の音と共に、木の葉たちがざわざわと音を立てる。辺り一面その音に包まれて、静かに木々が合唱していた。


その中で、二人の話し声を聞こうとさらに耳を澄ます。木々のざわめきが体中に染み渡っていくような気がした。その大きな音の中に、かすかに、ほんのわずかに、二人の楽しそうな笑い声が聞こえた。そんな気がして、私は思わず笑ってしまった。


ガサッ


すぐ隣で物音がして目を開けて、そちらを見る。何故か早瀬君が手で顔を押さえてしゃがみこんでいた。どうかしたのかな。

「どうかした?」

「…いや、なんにも。」

…絶対ウソだ。何か隠してる。絶対隠してる。

「ウソだ。」

「……あ、そういえば、さっき言ってた別の考え方、ってやつだけど。」

あ、話をそらした。まぁ、いいけど。


「もう一つは、俺はこっちの方が好きなんだけど、地上から隠してくれているって考え方。」

そう言って早瀬君は空を見上げた。

上を見上げる時はさすがに猫背も直っているな、とか妙な所に感心しつつ、私も見上げた。

上には木が広がり、葉の隙間から木漏れ日がさしている。きらきらとして、とてもきれい。


「二人は年に一度、7月7日にしか会うことが出来ない。そんな日に地上からたくさんの人に見られていたら落ち着けるか? だから雨雲が空を覆って、年に一度の逢瀬を人々から隠してくれてるんだと。だから、雨の七夕は天の川や織姫、彦星が見えないから少し残念だけど、嫌いじゃない。」

そう言って、こちらを見て笑う。

この話をしてくれた早瀬君はとても嬉しそうで、私も嬉しくなって思わず笑い返す。すると、いきなり早瀬君がぎょっとしたような表情になり、慌てて何かを探すようなしぐさをした後、腕時計を見た。

「あ、今日は早く帰るんだった!」

そう言うと、慌ててかばんを持ち直す。


「やっぱり藤谷さんは一緒に拾ってくれる優しい人だと思った。」

早瀬君は私を見て、いたずらっぽく、にっと笑う。

……え? どういうこと!?


その驚きはそのまま顔に出てしまっていたらしい。早瀬君はますます面白そうな顔をした。

「普通、あんな風にかばんの中身落とすと思うか?」

「え、それってどういう……!?」

「さぁね。」

ついには声を出して笑い始めた彼は、そのままくるりと私に背を向けた。

え、ちょっと待ってよ。ここで帰るの!? こんなに謎のセリフを残して!? 冗談でしょ!?


そんな私はお構いなしに早瀬君は駅に向かって走り出す。

本当に帰る気だよ…。でも、このまま終わるのも何か悔しい。せめて何か、何か一言だけでも言ってやりたい。このままじゃ負けた気分。それはものすごく悔しい。


「……背筋ー!!」

「…え?」

早瀬君が怪訝な顔で振り向く。とりあえず思いついた事を言うことにした。

何でもいいから言っとけ!

「そんなに猫背じゃ、七夕も見にくいよー!!」

「…ほっとけ!!」

早瀬君はちょっとむくれたようにそれだけ言うと、また走り出す。

……何か言うこと激しく間違った気がするけど…まぁいいか、細かい事は気にしちゃダメだ!気にしない!!

走り去っていく猫背がぴっと伸びたことが面白くて、私は思わず笑ってしまった。


その日は天気予報の通り、静かな雨の夜になった。



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