男の娘、女の子
ここは乙女の園、シンプロン女学院。
教養豊かかつ貞淑な女性たれとの精神のもと、良家の子女が数多く通っているのだが、その世界は独特の空気をもっている。
この女学院では、卒業後の社交界デビューを見据えて姉妹制度を取り入れている。2年生が3年生の世話を、1年生が2年生の世話をするという伝統が脈々と続いているのである。しかも全寮制で朝から晩までお世話するのだから大変なことだ。
しかしながら、どの世界でも特例というものは存在する。この『この百合はだが為のもの』という乙女ゲームをサポートするモブ達である。3年の綾目忍と1年の杜若優の2人だ。
彼女達はそれぞれの家庭事情で家から通学が許されているというだけではない付加価値があった。
「皐月様、先日の舞台は素晴らしかったですわ。母が今度ご一緒にお茶などいかがですかと申しておりましたの。」
「まぁ、白鳥様抜け駆けははしたなくってよ。私のお姉様主催のお茶会の招待状をお持ちしましたの。」
「今日も可愛らしい小鳥達に会えて僕は嬉しいよ。申し訳ないが先生に呼ばれていてね、失礼するよ。」
忍が登校直後からお嬢様方に囲まれるのは、日々の風物詩といっても良いくらい当たり前の光景である。忍は、老舗の大衆演芸を生業としている。現在花形役者として看板を背負っているのだ。なんといって170センチという高身長をも演技力で強みにして、立役者だけでなく女形をやっても映える上に、素でも中性的な容貌とショートにした髪、そして物腰が王子様然としているところが、少女達の琴線を刺激してやまない。
忍が去った後、付き従う様に側にいた少女が彼女達に向き直る。
「お姉様がた、私がお手紙をお姉様に渡ししておきます。」
「優様ごきげんよう。忍様とご一緒にいらして。お二人がそろうと華やかですわ。」
「お姉様のお許しがでましたら、今日のお茶会をご一緒させていただきます。」
「忍様は優様を大事になさってますものね。妬けますわ……。でもお倒れになったら大変ですもの、お大事になさって。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
そう言って微笑んだのは、忍の妹を務めている優である。黒髪と白い肌に憂いげな目は、ただでさえ病弱な彼女を儚げに見せている。
彼女の微笑みに釘付けになっていた彼女達はふと我に返り、優へ再び話しかけた。
「お兄様の舞台を拝見させていただきましたわ。ますます演技に艶が出てきておりますのね。母もぜひ優様とお兄様の悠哉様がご一緒にお会いしたいと申しておりましたの。」
「伝えておきます。でも、ご希望に応えられるか……。お時間ですね、失礼致します。」
優はその場を離れて、花咲き乱れる中庭の東屋へと向かった。
「顔が崩れているよ。可愛い小鳥達に褒められて嬉しいのは解るけどね。」
「うるさい。ほんっとに良くそんな男っぽくしててバレないな。こっちは隠すのに必死なのに。」
「君は本当に可愛いね。本物の優様のお加減はどうだい?」
「……なんとか入院せずに済んでるよ。それに学園生活の話をすると喜んでる。」
「そうか……。人手が少ないとは言え、申し訳ないと常々思っているよ。」
「優が喜ぶ顔が見れるなら問題ない。それに君も一緒だろ。」
その言葉に、忍はダメな可愛い子を見る目で微笑んでいる。
ここにいる優は、双子の兄の悠哉である。
妹の優は病弱で学院に通えない為、兄の悠哉は男に成長しきってない容姿と自らの演技力で妹の代わりを務めている。
忍と優は『この百合はだが為のもの』の主人公達カップルの絆を強めるのに必要なキャラとして必要な人材なのだ、だから悠哉はゲームの期間である1年間、妹のフリを務めているのだが……。
残念な勘違いをしていた。
忍も自分と同じ様に女装をして通っていると思っている事である。女性が舞台に立てない歌舞伎の御曹司として、その世界に浸かりきっているからだろうか。大衆演劇は男女共に舞台に立つという事が抜け落ちていた。
(そういうところが、可愛くて僕はいいと思うんだよ。ただいつ言うべきか悩むね。)
忍が彼の誤解を解いたのは卒業式の日だった。
突然の忍からの口づけに、珍しく動揺して固まっている悠哉の耳元でタネばらしをしたのだった。
まぁ、周りの黄色い声のお陰で、悠哉の令嬢としての仮面が壊れた所がバレずに済んだのだが。
次の新学期から居ない優を知って、令嬢達の間に『優様はお嫁にいかれたのね。』なんて冗談か真か解らない噂が流れたのだった。
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