報われない男
悪役令嬢恋模様の側付きの話。
俺の運命は生まれた時から決まっていたんだろう。
物心がつく頃にはシャイン公爵の執事候補として生活していた。貧しかった俺の家族は、兄弟の中で唯一魔力の高かった俺を公爵に売ったようだ。
これでも伯爵の子息ではあったらしい。なぜ分からないかって? それは俺の家が結局は散財して爵位を維持できなくなったからだ。
親代わりの執事長に叩き込まれたのは執事としての仕事だけではなく、魔法の使い方、勉強、武術、家事全般、あげくに裁縫までだった。
なぜここまでと思ったが、パルパテイト魔法学園でお嬢様の補佐として、すべての条件を満たしているということで白羽の矢がたったらしい。
俺は雇われている身である以上、粛々と役目を受け入れることにした。俺に与えられた仕事は、パルパテイト学園でモブとしてお嬢様を悪役令嬢に仕立て上げることだった。
こんなことを命じる公爵のなんて馬鹿げたことかと思ったが、これもこの大陸に住む人間の務めなんだそうだ。
さて、それまで俺はお嬢様に会ったことがなかった。お嬢様はまさに深窓の令嬢で、館の一部の人間しか関わる事を許されていなかった。俺は、その栄誉に気分が高鳴った事は嘘ではない。
そしてお嬢様に会った時、俺は自らの居場所がここであった事を感じたのだった。金色の髪と空色の瞳、肌が透き通る白さで、見つめていないと消えてしまうような儚さがあった。すべての罪は俺が引き受けようと決めた日でもある。
これが初恋だったのかもしれない。
お嬢様と共にパルパテイト学園と通う日々は、とても幸せだった。ともに勉学に励み、高みを目指して切磋琢磨していった。それも、お嬢様がクラリス様と会ってからは変わってしまったのだが……。
お嬢様がクラリス様とお会いした日は覚えている。突然お倒れになり、目覚められた時を境にお嬢様は別人になられた。
「私、クラリス様とお友達になりたいわ。ねぇグランツ、クラリス様からお兄様を引き離して欲しいの。」
最初、俺はお嬢様が悪役令嬢として覚醒されたのかと思ったのだが、本当にクラリス様とご友人になりたいように見えた。だがお嬢様とクラリス様が仲良くなさる事は、とても危険な事だった。お嬢様が悪役令嬢であることが国として大事なのだ。そしてお嬢様もそれをご存知だからこそのお言葉なんだろう。そう受け取った俺は、モブの一員としてお嬢様を悪役令嬢風に見せかけながら、裏でクラリス様とお嬢様の逢瀬を取り持っていったのだった。
「ねぇ、グランツ。私はクラリスが欲しいの……。あなたはわかってくれるでしょ。」
そう言ってお嬢様は、俺を見つめてそして哀しげに目を伏せた。私はモブとして、やってはいけない事をする事に決めた。
愛するお嬢様の為に。
クラリス様をいつもの様に、お嬢様と会っているお屋敷へと案内した。
「クラリス様、お嬢様をお待ちの間お茶はいかがですか?」
「グランツさん、ありがとうございます。」
クラリス様の無邪気な笑顔に良心が痛んだが、お嬢様の為である。
眠り薬入りのお茶を飲んだクラリス様はその場で眠りについた。俺は速やかに馬車にクラリス様を運び、お嬢様の為に秘密裏に購入した屋敷へお届けしたのだった。
「グランツありがとう。ーーーー大好きだよ。でも、私はクラリスが好きなんだごめんね。」
そう言ってお嬢様、もとい旦那様は俺に微笑まれた。
その日、何が行われたのかを知らない事を私は選んだ。
私はその日を境に、シャルル様への恋心を凍らせて忠誠を捧げる事にした。
この心まで、報われない事が無い様に思いながら。