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僕の彼女  作者: 密玄
序章 彼女が私に変わる時
7/29

彼女は、Ⅴ

温室に入った私を出迎えたのは、黄色い物体だった。


目には眩しく、見るにはつらい。そんなどぎつい黄色と緑色が織り成す調和は、形容しがたい辛苦を味わせてくれる。

明るい空を描いていたら、誤って紫を落としてしまったかのような、少し辛いこと。


まあ、つまり、見るに堪えないほどであるということだ。



近くのアンティークのベンチに腰掛ける。


よくよく見れば、黄色い物体は周りと同調するのを自ら拒んでいるように見える。

あれは人工物なのだろうかと、その後ろに続く制服らしきものを確認して、

改めて考える。


あれはもしや人間か、と。



「何かと思えば、

人間だったんですね…、見るも辛い、どぎつい黄色いの物体は。」



視界がぶれる。


瞬きひとつ。


目の前を何かが通り過ぎた。


身体を締めつける何かの圧力を感じる。

私に覆い被さるようにタックルをかましている黄色に、恨めしげな視線を向ける。



身をよじって、小さく叫ぶ。


「いきなり抱きつくなんて、乙女に何と許されざる所業でしょうか!

悔い改めなさい、不良さん!」






「ごめん。」


私は不良から何とか身を離し、一定の距離を保っている。


心の距離である。

不用意に近づけば蝶々のように軽やかに離れていくのが、乙女と言うものだ。


乙女は繊細かつ大胆に、口説く時にはゆっくりじっくり時間をかけて攻めていくもの。


だというのに、この男は…、


「いや、ほんと、ごめんって。

つい出来心で…、じゃない、ええと、つい弾みで、かな。

まあ、いいじゃん。

減るもんじゃないし。」


にっこりと笑って、


「減ります。何言ってんですか。」


この不届き者め。



「それより、どうして此処にいるんですか?あなた、私のおかげで謹慎になっていましたよね?」


胡乱げな瞳が、やけに此方を凝視してくる。


「おかげ…か。まあいいけど。

謹慎って言っても、やること終わって暇だったし。

ちょうど暇つぶしに、ほら、温室なら、ばれないかなって。」


なるほどふざけた考えだ。


根が真面目だとわかっていてもなお、

私が奴を不良と呼ぶ所以である。


真面目で物分かりがよい奴と、

水面下で小さく反抗する奴とが入り混じって、

問題ないんだけど、ちょっと素直になれないだけなの、

みたいな装いとなっている。


私は呆れた顔をして不良を一瞥した。


不良はへらへらと笑っていて、

何かなくても殴ってしまいたくなる顔つきだと思う。


人の微妙な琴線に触れてくるような、巧妙な技が垣間見える。


「つまりはそういうことですか。

精々ばれないように頑張って下さいね。


副会長とかね。

ばれたら個人的な説教をされるよ、不良さん。


「あ、ああ。

まあ、もう少ししたら帰るよ。

誰か来ないとも限らないしね。」


いい笑顔が、主に上に付いている黄色が目に焼き付いて、

離れない。


恐ろしいことだ。

忘れたくても忘れられない。


まるで、あれを今でも忘れられない私を嘲るように、

黄色い残像は直ぐにかき消された。



すぐさま温室から出たい。

出て新鮮な空気で肺を満たして、

余計な考えを振り払いたい。


温室の扉に手をかけると、


「あ、そうだ。

あの街の不良さんたちね、頼まれたんだってさ、面白いよね。


笑っちゃうね、と不良がさもおかしいものを見たかのように一人呟く。


頼まれた、とはこれ如何に。


「初めから狙われていた、

ということですか。」


偶然ではなく必然だったという訳か。


だが、無差別的な愉快犯ならまだしも、

私をわざわざ狙ったというなら、話は別である。


私のことをたまたま見かけて襲わせることにしたか、

計画性を持って、

私の行動を逐一確認し、隙間を狙ったか、

そこまで考えて、

指先がすうっと冷えていく心地がした。



高ぶった気持ちが冷水をかけられたかのように冷静さを取り戻していく。


どうして、私はこれほどまでに不安定なのだろう。


すぐに土台がぐらついて、心は頼りない。


でも実際に狙われているんだ、と危機感を持って考えても、やっぱり駄目だ。



どうして私は喜んでいるのだろうか。


自然と上がっていた口の端を慌てて隠すように、

再び温室から出ようとする。


そんな私の背中に声が降りかかる。




「きをつけてね。

僕もそうそう君を守れないから。」



そうですね。

声を発さずに口だけを動かして、そう言った。



私は温室の外に出た。

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