彼女は、Ⅲ
目が覚めると、目の前には、副会長の顔があった。
おかしい。否定しようとするも、前にもこんなことがあったなと思い返して、納得する。
彼はいつもそうだ。
私が辛い時に偶々やってきて、偶々私に優しくする。
迷惑だ、とこき下ろすには面倒な位置にいて、小学校からの幼なじみである彼は親と懇意にしているらしく、家に上がりこむのもざらである。
副会長は短くため息をついた。
「駄目だよ。また僕に内緒で保健室に来るなんて…、あれほど言い聞かせたのに、まだ足りない?」
「別に…違います。余裕がなかっただけですから。」
ふうん、と納得いかないような声をだす。機嫌を損ねてしまったか。
少し息をついて、とりあえず副会長の理不尽な言い分を終わらせようと、話題転換をする。
「そうだ、保健室に来た時、書記の某君はいませんでしたか?」
居た、とすれば随分長い間保健室にいたのか、もしくは何度も保健室に通っているのか。
あの時は気にしなかったが、保健室の先生と書記の某君はただならぬ関係を持っているのか…?
口論を聞いて思ったように、男同士の恋人ということだろうかと邪推する。
副会長は考えるような仕草をして、ふと思い出したように、
「書記の彼なら、いたよ。
僕が中に入る時に丁度すれ違ったからね。
…なに?彼が気になるのかな?」
最後の言葉に含められた、私を脅かそうとする声色で、背筋がゾクリとした。
相変わらず、嘘くさい笑顔で私を見つめている。
その笑顔の裏に内包された鋭く尖ったナイフには気づかないふりをして、布を被せてそっとしておく。
副会長が急に真面目な顔になって、
「会長があの不良の件で、聴取するみたいだから、昼休みには生徒会室に来てね。」
と言いおいてから、副会長は保健室をあとにした。
なるほど、先日の、不良に助けられた件について、当事者の私に聞こうということだろうな。
先日私は大変困った目にあった。
街の不良に絡まれたのである。
調子に乗って普段歩かないような所を探索気分で巡っていたのがいけなかった。
新しい道を発見してはまた見知らぬ道に駆け出して、としていく内に、私は迷子になっていた。
徐々に影を落としていく通りを、仄かに灯る電灯を寄りどころに、ひたすら走った。
大通りに出るか、と思われたその時、妙な邪魔者が現れた。
それが街をたむろする不良であったのが、私の運の尽きであるかと思われた。
それからは想像通り、下品な笑い声をあげて近づいてくる男たちの姿が電灯で映し出されてできた影が、私にかぶさった時、例の不良が助けに来てくれたというわけである。
例の不良は見た目によらず真面目である為、正確には不良ではない。
彼は、金髪にピアスという、この学校で一番はっちゃけた格好をしているが、中身がそれに伴っていない。
この学校で不良がいる筈もないのだが、見た目だけなら一にも二にも不良と見られるだろう。
さて、そんな不良と私は知り合いである。
運命の出会いをはたしたのは、私が彼と外の渡り廊下でぶつかった時だ。
彼の身体に突き飛ばされるように尻餅をつき、彼を私がその目に初めて映したとき、私は
「お、おお…凄い!不良を見たのは初めてです!」
気づいたときにはもう、自然と興奮ぎみに口走っていた。
彼の唖然とした顔は、今でも忘れられないほど、傑作だった。
それから、不良とは、そこそこな付き合いをしてきた。
そして今に至るわけである。
偶々通り過がった不良が助けてくれなければ、文字通り身包み剥がされ無一文と成り果て、次の日には学校を休むぐらいにはショックを受けていただろうことを考えると、不良には感謝してもしきれない思いでいっぱいである。
不良にお礼をしなければ、と駆り立てられるが、
まあ、なんと言ってもその前に、
睡眠は人間に必要不可欠であるということだ。