彼女は、Ⅱ
更に黒く塗りつぶされていく空を見て、私の心は暗礁に乗り上げてしまったかのように潰れかけ、壊れようとしていた。
そんな私の心情が伝わったのか、
「大丈夫?具合悪そうだけど。」
心配そうに見つめる隣の彼の瞳は、少し茶色がかっていた。
丁度、今は休憩時間である。これ以上、いらぬ感情の吐露をしないように、早急に保健室に向かうことにした。
隣の彼には一言お礼を告げて、席から立ち上がる。
少し立ち眩みと、めまいに襲われるが、生理で貧血だからなのだろう。
保健室に行く道すがら、職員室があるので先生に保健室に行く旨を伝えていこうと思い、担任を呼んでもらった。
先生は、直ぐに来た。
私はなるべく気分悪そうに、
「先生、私、朝から気分が悪いので、保健室に行っても…宜しいでしょうか…。」
先生は面食らったような顔をしていたが、すぐに切り替えて、私を気遣うような声色で、
「ああ。直ぐに行ってきなさい。お前のことだから、我慢していたんだろ。もしずっと治らないようなら、早退してもいいからな。…じゃあ、後で様子見に行ってやるから、大人しく寝てろよ。」
痛ましいものを見るような面持ちで、先生は私にそう告げてから、奥に引っ込んだ。
まだ若い先生なのに、たった一人の生徒のために保健室に来るとは、見上げた精神であると感心した。
いや、新任同然だからこそ、そういったイイ先生らしい行動をとるのか。
だが、新任には担任というのは荷が重いだろうに、頑張る先生にやはり感心しつつ、保健室までやってきた。
先程から気になっていたが、男女が口論する声がそこはかとなく、内容は分からないものの、感情の起伏が読み取れるほどには聞こえてきている。
厭なことは続くものである。
ついでに、厭な予想も当たるものだと思い知った。
その声の主たちは、どうやら保健室にいるらしい。
白一面の傷一つない簡素な造りの保健室の扉を前にして、時間は刻々と過ぎ去っていくように感ぜられた。
それほど悩んだ。
悩んで、遂に口論が下火になったと見えた時、その勢いで扉を開けて中に滑り込むように入った。
「誰だ、お前。」
はっ、と息を呑んだ。
こいつは馬鹿である。馬鹿でもない畜生である。私がまるで口論する恋人たちの中に割り込んだ、空気の読めない女、みたいな扱いをしているからだ。
それはさておき、私は机に向かって無関係を装っている先生に対し、
「先生。体調が悪いので休ませてもらいに来ました。担任には連絡済みです。」
簡素に、短く、告げた。
保健室の先生は、ちらりと私を見やり、分かった、と呟いた。
「名前…は、うん、クラスは、3組だったよね。…それじゃ、そこの空いてるベッド使って、いいから。」
そう言われた途端、身体は素直にベッドに向かっていた。
ここで、ずっと耐えていたであろうさっきの馬鹿から制止の声が掛かる。
「おい、無視すんなよ!お前、誰だよ。名前、名乗れよ。」
彼の馬鹿は本気で馬鹿らしい。最早私には彼の言動の百分の1も理解出来なかった。
彼の馬鹿は顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけている。
思えば、彼は生徒会の書記の某君ではないか。
高校一年にして早くも整った顔立ち、確か副会長が彼の馬鹿は人気が高く、人望もあると言っていたはずだ。
それがどうだ、こんな失礼な奴だったなんて、少しがっかりした。
彼の馬鹿はこちらを見て威嚇している。
そういえば、男女の口論と思いしあれは、実は彼の馬鹿と先生だったのかと少し驚いた。
彼の馬鹿と先生以外に誰も見当たらないから、それは明白である。
彼の馬鹿、つまり書記の某君に対する興味は嘘のように冷め、口論の内容すらどうでもよくなったところで、私は彼の馬鹿に背を向け、拒絶の意を示すためベッド周りのカ―テンをしめきった。
後はベッドに潜りこみ、泥のように眠りに沈んだ。
遠くで彼の馬鹿が何やら喚いていたような気がして、少し苛々とした。