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暁にもう一度

将軍王子のねがいごと

作者: 伊簑木サイ
掲載日:2013/02/05

 わかい男が、野原(のはら)のまんなかで膝(ひざ)をつき、胸(むね)の前(まえ)で指(ゆび)をくんで、いっしんにいのっていました。

 その男は、この国の王子でした。背(せ)がとても高(たか)く、まるで大人(おとな)のように見えますが、十六才(さい)の誕生日(たんじょうび)をむかえたばかりです。

 彼(かれ)は、将軍(しょうぐん)という位(くらい)についていました。たくさんの兵士(へいし)たちに言うことをきかせて、戦(たたか)わせる役目(やくめ)です。

 だれにでもできることではありません。剣(けん)や槍(やり)を持って、殺(ころ)しあうのです。とてもこわいことです。それでも、この王子のためなら戦(たたか)おうという兵士(へいし)がたくさんいました。

 それは、この王子が、いっしょうけんめい、国に住(す)んでいる人たちを守(まも)ろうとしていたからです。

 王子が守(まも)りたいのは、お父さんの王さまや、お母さんのお妃(きさき)さま、えらい大臣(だいじん)たちや、お金持(かねも)ちの貴族(きぞく)たちだけではありませんでした。

 王子はとてもやさしい人で、籠(かご)に持(も)てるだけのものを売(う)り歩(ある)く女の子や、毎日(まいにち)汗(あせ)をながして畑(はたけ)をたがやす農夫(のうふ)や、お城(しろ)のしたばたらきの女の人たちも、わけへだてなく、大切(たいせつ)な国民(こくみん)だと思(おも)っていたのでした。

「神さま、どうか、私に、みんなを守(まも)る力をあたえてください」

 王子は、心(こころ)をこめて、大きな声(こえ)でねがいをとなえました。

「どうかおねがいです。だれも死(し)なせないですむ力をあたえてください」

 また明日(あした)には、となりの国と戦(たたか)うために、王子は兵士(へいし)たちをつれて、戦(いくさ)に行かなければなりません。

 でも、ほんとうは、行きたくないのでした。

 となりの国と王子の国の、どちらが勝(か)っても負(ま)けても、戦(たたか)えば、だれかがかならずけがをし、運(うん)が悪(わる)ければ死(し)ぬのです。

 やさしい王子は、かしこい人でもありました。彼には、となりの国の人たちが悪(わる)い人には思(おも)えませんでした。自分の国の人たちとおなじ、良いところも悪(わる)いところもある人たちに見えました。

 だから、戦(たたか)う相手(あいて)である、となりの国の兵士(へいし)たちも、王子の国の兵士(へいし)たちのように、自分(じぶん)の国を守(まも)りたいだけだとわかっていたのです。

 そんな人たちと、どうして戦(たたか)わなければならないのでしょう。

 戦(たたか)って勝(か)って、となりの国に言うことをきかせなくても、仲良(なかよ)くすれば、おたがいに助(たす)けあうことができるはずです。それは、殺(ころ)しあうより、とてもいいことのはずでした。

 けれど、王子がどんなに王さまや大臣(だいじん)たちに説明(せつめい)しても、だれもわかってくれないのでした。

 だれもが、となりの国には悪(わる)い人たちが住(す)み、その人たちを殺(ころ)してしまわないと、安心(あんしん)できないと思(おも)っているのです。

 ですから、王子が、となりの国の人たちは悪(わる)いひとたちではないと説明(せつめい)するほどに、おかしなことを言う信用(しんよう)ならない人だと、王さまや大臣(だいじん)から思(おも)われてしまうのでした。

 信用(しんよう)ならない人が言うことを、聞(き)こうとする人はいません。

 そして、とうとう、

「おかしなことばかりを言うなら、おまえを塔(とう)にとじこめて、ほかの者(もの)に将軍(しょうぐん)をやらせる」

 と、お父さんである王さまに言われてしまったのでした。

 ほかの人が将軍(しょうぐん)になれば、きっと、もっとたくさんのとなりの国の人たちを殺(ころ)そうとするでしょう。そのために、自分の国の兵士(へいし)たちも、たくさん戦(たたか)って、たくさんきずついたり死(し)んだりするでしょう。

 王子は、しかたなく、説明(せつめい)をやめて、王さまの言うことをきくしかありませんでした。

 ですが、王子はあきらめきれませんでした。どうしても、どうしても、だれも殺(ころ)したくもなければ、死(し)なせたくもなかったのです。

 王子は昼(ひる)も夜(よる)もなくかんがえて、神さまにおねがいすることを思(おも)いつきました。

 でも、王子には、どの神さまにねがえばいいのかわかりませんでした。

 国にある神殿(しんでん)では、王さまや大臣(だいじん)たちだけでなく、だれもが、戦(いくさ)に勝(か)てるようにと、神さまにねがいます。

 そんな中で、たった一人、王子がちがうねがいを言ったところで、聞(き)いてもらえるわけがありません。

 だから、お城(しろ)を一人でぬけだし、とおくはなれた野原(のはら)にやってきたのでした。

「神さま、神さま! どうか、この地(ち)に平和(へいわ)をもたらす力を、私にあたえてください!」

 王子は、いるのかもわからない神さまにむかって、よびかけました。なんども、なんども、喉(のど)がさけて血(ち)を吐(は)くまで叫(さけ)びました。

 けれど、だれも答(こた)えてはくれませんでした。

 王子は地面(じめん)に手をついて、涙(なみだ)をこぼしました。もう、声(こえ)が出なかったのです。これいじょう、どうすればいいのか、わかりませんでした。

 王子はひとしきり泣(な)いたあと、涙(なみだ)をふいて、立ちあがりました。

 そして、歯(は)をくいしばり、目のまえの風景(ふうけい)をにらみつけました。

 だれがわかってくれなくても、だれが助(たす)けてくれなくても、このねがいをすてることはできないと思(おも)いました。

 だったら、自分(じぶん)でなんとかするしかありません。

 王子は、なんとしてもこのねがいをかなえようと、心(こころ)に決(き)めたのでした。

「この命(いのち)にかえても」

 つよい思(おも)いが、声(こえ)にならないままに、王子の唇(くちびる)からこぼれて、風(かぜ)にのりました。

 そのとき。

「そのねがい、しかと届(とど)いた」

 空のどこからともなく、すばらしい声(こえ)がひびきわたりました。

 王子はおどろいてあたりを見まわしました。はじめは空を、それから、ぐるりとその場(ば)でまわりながら、見えるかぎりの場所(ばしょ)を。

 王子がもとの方向(ほうこう)をむいたとき、いつのまにか、そこにきれいな男の人が立っていました。

 いいえ、女の人かもしれません。王子のような戦(いくさ)に行く格好(かっこう)をしているので、男の人に見えたのです。

 その人は、息(いき)をのむほどにとてもきれいで、姿(すがた)はあわく光かがやいていました。ふつうの人ではありませんでした。王子のねがいにこたえて、神さまがあらわれたのでした。

 神さまは、きびしいお顔(かお)で言いました。

「しかし、あなたのねがいは、どんな神であってもかなえられない、人が持(も)つにはすぎたねがいだ。私は地上(ちじょう)を守(まも)り、戦(いくさ)を終(お)わらせ、平和(へいわ)をもたらす役目(やくめ)をあたえられた神だが、戦(いくさ)をはじめ、世(よ)の中を乱(みだ)すのが役目(やくめ)の神もいる。あなたのねがいは、その戦(いくさ)の神をほろぼしてしまうのとおなじことだ。それは、世界(せかい)の理(ことわり)である神々には、けっしてできないことなのだ。理(ことわり)が理(ことわり)を変(か)えてしまえば、世界(せかい)はゆがんでこわれてしまうにちがいないから」

「では、私のねがいは、この命(いのち)とひきかえにしても、かなわないのですか」

 王子はかすれた声(こえ)で、悲(かな)しげにたずねました。神さまは、すこし表情(ひょうじょう)をやわらげて答(こた)えました。

「それはわからない。神である私にはできないが、もしかしたら、理(ことわり)ではない人にはできるかもしれない。とてもたいへんな思(おも)いをすることになるだろうが」

「それでもかまいません!」

 王子は喉(のど)の痛(いた)みも忘(わす)れて叫(さけ)びました。ふたたびひざまずいて、神さまにふかく頭(あたま)をさげます。

「ねがいがかなうのなら、なんでもします。どうかお助(たす)けください!」

 神さまは、やさしくほほ笑(え)みました。

「その言葉(ことば)が聞(き)きたかったのだ。あなたのねがいは、私のねがいそのもの。あなたのねがいをかなえてはやれないが、あなたが自分(じぶん)でそのねがいをかなえようとするかぎり、私があなたを守(まも)ろう。そのあかしに、私の剣(けん)をあたえよう」

 そう言って、神さまは王子の横(よこ)に膝(ひざ)をつき、自分の腰(こし)につけていた剣(けん)をはずして、手わたしました。

「ありがとうございます」

 王子はよろこびいっぱいに、しっかりと剣(けん)をだきかかえました。すると、神さまをおおっていた光が剣(けん)を伝(つた)わって王子の体(からだ)をつつみ、その中へと消(き)えていきました。

 体(からだ)があたたかくなり、力がわいてきて、のどの痛(いた)みも消(き)えてしまいました。

 びっくりして自分(じぶん)の体(からだ)を見おろしている王子に、神さまは言いました。

「さあ、立って。城(しろ)にかえろう」

 王子はまたおどろきました。神さまは、ただの兵士(へいし)のようにしか見えなくなっていました。

「いっしょに来てくださるのですか?」

「そうだ。さっき、私があなたを守(まも)ると約束(やくそく)したではないか」

 神さまは、にこにこと言いました。王子は、その笑顔(えがお)に、さっきの光につつまれたときよりも、もっと力をあたえられた気がしました。

 そうして王子は、剣(けん)と兵士(へいし)の格好(かっこう)をした神さまを連(つ)れて、お城(しろ)にかえったのでした。


 その後(ご)、王子は、死(し)ぬまで神さまとの約束(やくそく)を違(たが)えませんでした。

 神さまにもらった剣(けん)をかかげ、平和(へいわ)のために一生(いっしょう)をささげたのです。

 そのそばには、つねに、とてもきれいで強(つよ)い兵士(へいし)がつきしたがい、王子を守(まも)っていたそうです。


 むかしむかし、ウィシュタリアという王国(おうこく)で、本当(ほんとう)にあったお話(はなし)だということです。

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