将軍王子のねがいごと
わかい男が、野原のまんなかで膝をつき、胸の前で指をくんで、いっしんにいのっていました。
その男は、この国の王子でした。背がとても高く、まるで大人のように見えますが、十六才の誕生日をむかえたばかりです。
彼は、将軍という位についていました。たくさんの兵士たちに言うことをきかせて、戦わせる役目です。
だれにでもできることではありません。剣や槍を持って、殺しあうのです。とてもこわいことです。それでも、この王子のためなら戦おうという兵士がたくさんいました。
それは、この王子が、いっしょうけんめい、国に住んでいる人たちを守ろうとしていたからです。
王子が守りたいのは、お父さんの王さまや、お母さんのお妃さま、えらい大臣たちや、お金持ちの貴族たちだけではありませんでした。
王子はとてもやさしい人で、籠に持てるだけのものを売り歩く女の子や、毎日汗をながして畑をたがやす農夫や、お城のしたばたらきの女の人たちも、わけへだてなく、大切な国民だと思っていたのでした。
「神さま、どうか、私に、みんなを守る力をあたえてください」
王子は、心をこめて、大きな声でねがいをとなえました。
「どうかおねがいです。だれも死なせないですむ力をあたえてください」
また明日には、となりの国と戦うために、王子は兵士たちをつれて、戦に行かなければなりません。
でも、ほんとうは、行きたくないのでした。
となりの国と王子の国の、どちらが勝っても負けても、戦えば、だれかがかならずけがをし、運が悪ければ死ぬのです。
やさしい王子は、かしこい人でもありました。彼には、となりの国の人たちが悪い人には思えませんでした。自分の国の人たちとおなじ、良いところも悪いところもある人たちに見えました。
だから、戦う相手である、となりの国の兵士たちも、王子の国の兵士たちのように、自分の国を守りたいだけだとわかっていたのです。
そんな人たちと、どうして戦わなければならないのでしょう。
戦って勝って、となりの国に言うことをきかせなくても、仲良くすれば、おたがいに助けあうことができるはずです。それは、殺しあうより、とてもいいことのはずでした。
けれど、王子がどんなに王さまや大臣たちに説明しても、だれもわかってくれないのでした。
だれもが、となりの国には悪い人たちが住み、その人たちを殺してしまわないと、安心できないと思っているのです。
ですから、王子が、となりの国の人たちは悪いひとたちではないと説明するほどに、おかしなことを言う信用ならない人だと、王さまや大臣から思われてしまうのでした。
信用ならない人が言うことを、聞こうとする人はいません。
そして、とうとう、
「おかしなことばかりを言うなら、おまえを塔にとじこめて、ほかの者に将軍をやらせる」
と、お父さんである王さまに言われてしまったのでした。
ほかの人が将軍になれば、きっと、もっとたくさんのとなりの国の人たちを殺そうとするでしょう。そのために、自分の国の兵士たちも、たくさん戦って、たくさんきずついたり死んだりするでしょう。
王子は、しかたなく、説明をやめて、王さまの言うことをきくしかありませんでした。
ですが、王子はあきらめきれませんでした。どうしても、どうしても、だれも殺したくもなければ、死なせたくもなかったのです。
王子は昼も夜もなくかんがえて、神さまにおねがいすることを思いつきました。
でも、王子には、どの神さまにねがえばいいのかわかりませんでした。
国にある神殿では、王さまや大臣たちだけでなく、だれもが、戦に勝てるようにと、神さまにねがいます。
そんな中で、たった一人、王子がちがうねがいを言ったところで、聞いてもらえるわけがありません。
だから、お城を一人でぬけだし、とおくはなれた野原にやってきたのでした。
「神さま、神さま! どうか、この地に平和をもたらす力を、私にあたえてください!」
王子は、いるのかもわからない神さまにむかって、よびかけました。なんども、なんども、喉がさけて血を吐くまで叫びました。
けれど、だれも答えてはくれませんでした。
王子は地面に手をついて、涙をこぼしました。もう、声が出なかったのです。これいじょう、どうすればいいのか、わかりませんでした。
王子はひとしきり泣いたあと、涙をふいて、立ちあがりました。
そして、歯をくいしばり、目のまえの風景をにらみつけました。
だれがわかってくれなくても、だれが助けてくれなくても、このねがいをすてることはできないと思いました。
だったら、自分でなんとかするしかありません。
王子は、なんとしてもこのねがいをかなえようと、心に決めたのでした。
「この命にかえても」
つよい思いが、声にならないままに、王子の唇からこぼれて、風にのりました。
そのとき。
「そのねがい、しかと届いた」
空のどこからともなく、すばらしい声がひびきわたりました。
王子はおどろいてあたりを見まわしました。はじめは空を、それから、ぐるりとその場でまわりながら、見えるかぎりの場所を。
王子がもとの方向をむいたとき、いつのまにか、そこにきれいな男の人が立っていました。
いいえ、女の人かもしれません。王子のような戦に行く格好をしているので、男の人に見えたのです。
その人は、息をのむほどにとてもきれいで、姿はあわく光かがやいていました。ふつうの人ではありませんでした。王子のねがいにこたえて、神さまがあらわれたのでした。
神さまは、きびしいお顔で言いました。
「しかし、あなたのねがいは、どんな神であってもかなえられない、人が持つにはすぎたねがいだ。私は地上を守り、戦を終わらせ、平和をもたらす役目をあたえられた神だが、戦をはじめ、世の中を乱すのが役目の神もいる。あなたのねがいは、その戦の神をほろぼしてしまうのとおなじことだ。それは、世界の理である神々には、けっしてできないことなのだ。理が理を変えてしまえば、世界はゆがんでこわれてしまうにちがいないから」
「では、私のねがいは、この命とひきかえにしても、かなわないのですか」
王子はかすれた声で、悲しげにたずねました。神さまは、すこし表情をやわらげて答えました。
「それはわからない。神である私にはできないが、もしかしたら、理ではない人にはできるかもしれない。とてもたいへんな思いをすることになるだろうが」
「それでもかまいません!」
王子は喉の痛みも忘れて叫びました。ふたたびひざまずいて、神さまにふかく頭をさげます。
「ねがいがかなうのなら、なんでもします。どうかお助けください!」
神さまは、やさしくほほ笑みました。
「その言葉が聞きたかったのだ。あなたのねがいは、私のねがいそのもの。あなたのねがいをかなえてはやれないが、あなたが自分でそのねがいをかなえようとするかぎり、私があなたを守ろう。そのあかしに、私の剣をあたえよう」
そう言って、神さまは王子の横に膝をつき、自分の腰につけていた剣をはずして、手わたしました。
「ありがとうございます」
王子はよろこびいっぱいに、しっかりと剣をだきかかえました。すると、神さまをおおっていた光が剣を伝わって王子の体をつつみ、その中へと消えていきました。
体があたたかくなり、力がわいてきて、のどの痛みも消えてしまいました。
びっくりして自分の体を見おろしている王子に、神さまは言いました。
「さあ、立って。城にかえろう」
王子はまたおどろきました。神さまは、ただの兵士のようにしか見えなくなっていました。
「いっしょに来てくださるのですか?」
「そうだ。さっき、私があなたを守ると約束したではないか」
神さまは、にこにこと言いました。王子は、その笑顔に、さっきの光につつまれたときよりも、もっと力をあたえられた気がしました。
そうして王子は、剣と兵士の格好をした神さまを連れて、お城にかえったのでした。
その後、王子は、死ぬまで神さまとの約束を違えませんでした。
神さまにもらった剣をかかげ、平和のために一生をささげたのです。
そのそばには、つねに、とてもきれいで強い兵士がつきしたがい、王子を守っていたそうです。
むかしむかし、ウィシュタリアという王国で、本当にあったお話だということです。