このミチ
今回は文が短いとです。
ことごとく学校への思いを阻害するこのミチ。
でも結局私の生活を彩ってるのもこのミチ。
『このミチ』
あぁ、寝坊した。
私は電車の振動に軽く酔いつつも、寝起きということもあり、半分意識が寝ている状態でスマフォのロック画面にパスワードを打ち、時間を確認した。
9時まで、あと20分か。
しかしこっから勝負なのだ。私の勉学に対する意欲を阻むこの魔の道。普通に歩いて30分、しかもじゃり道、上り坂、下り坂なんでもあれの一本道である。しかも両脇には田んぼという代わり映えのない風景がこぐ気力を削いでいく。それでも、この道を自転車で駆け抜けるのが私の日課になっている。
せっかく髪を黒ゴムで頑張って縛っても、この時間で残念な髪型になるのだった。ショルダーバックを自転車のカゴに乗せ、部活着の入ったナップザックを背中に背負い重いペダルを踏んだ。
「もう帰りたいー。せっかく良い小説のイメージ湧いたのにさぁ」
とある体育大学に通っているこの女学生、西海創はそんなことを呟きながら高台にある学校へ走っていった。
西海創。
部活はサッカーに所属している。創という名前からか性格は至って男っぽく口は随分と悪い。
基本的に口数は多くないのだが、無意識に難しい言葉を使おうとしすぎてしまうらしく、よく間違えからかわれる。
私はそんな人間だった。
あぁ、今日もこの道を走り、授業して部活して、この道を走るんだ。
この繰り返しを一体いつまでしていくのだろう。
せっかく部活終わりでシャワーも浴びたのに、これだけ自転車をこいでいたらあっという間に汗をかいてしまう。むわぁっとした湿度の高い風を受けながら帰りの夜道を走っていた。
張り付くTシャツが気持ち悪いが、割とイラつきはしない。今日は部活の自分の調子が良かったし、コンビニで菓子パンを買っていいと決めた日でもあるからだ。
早く帰りたいけど、もっとこの気持ちを静かに堪能していたい。
ふと、空を見上げた。そこには届きそうなほど近くに瞬く星達が広がっていた。
思わず自転車を止めて自然と口を開けてしまいながら、その風景に見とれていた。
なんだ、この道も悪くはない。
そんなことを考えながら、それと同時にラストティーンという年頃で田舎道に惹かれてしまうなんて早すぎないか、とも思って苦笑いをしつつ自転車をまた転がせた。
日常のサイクル。起きて、走って、座って、食べて、跳んで、また走るのだ。
それが当たり前のものだと思っていた。季節の移り変わりと共に、徐々に温度を失っていく風。
そんな中で、私に一つの事件が起きた。
これは部活での出来事だった。
いつも通りだったのだ。少し変わっているということは4年生の引退試合がすぐそこまできていたということだろうか。あと4日で運命の試合が始まる。4年生の練習に力が入っている姿は緊張とみてとれた。そしてメンバーにも入っていた私にも人事では全くなかった。
しかし練習のメニューは通常通りで、ウォームアップまでメンバー全員で身体を温め、次の基礎練習であるパス練習からキーパーは専用の練習に入る。
「やっぱ遅い時間の練習はボールが速く見えるっすねー」
「電灯が新しくなって逆に見えづらくなったね」
キーパーの先輩とそんな会話をしながら、キャッチボールをする。
寒くなってきて霜が降りてくるようだった。その霜が溶けて人工芝が濡れているためボールの滑るスピードが格段にあがる。気をつけなければいけないな、と私は頭の中で呟いた。
「おーい創、まだ全部本数終わってないよ」
「……あ!す、すいませんっ」
「ちゃんと集中して」
少し気を抜いた途端、先輩に見透かされて怒られてしまう。私がわかりやすいということもあるが、4年生である先輩のキャリアが人の状態を察する能力を与えたのだろう。この部活で頑張っていけばいつかこのようになれるのかなとか思いつつ着々とメニューをこなしていく。
そしてシュート練習に入る。私はこの練習が一番好きなのだ。自分自身の潜在能力が発揮できる練習でもあるからである。
ボールの軌道を目で追う、そして今日はボールは滑る日だ。バウンドする前にボールを取るんだ!
「うぁぁあ!!」
右のゴールのサイドネットを狙ってうってくるシュートを、私は身体をまるでゴムのように伸ばす。そして精一杯に伸ばした左手にボールがかすめる。それだけでも威力の強いシュートは軌道を変えポストに当たり、カンと小気味よい音を立てる。そして受身をする暇もなかった私の身体をうちつけられ、内臓がびっくりしているような感覚にうぅとうめき声を上げた。
しかしここまでもいつも通りのものだった。しかも程よい緊張感も助けて私の調子はなかなか良いところまでもっていっていた。サッカーはやっぱり楽しいなと思いながら最後のメニューである試合形式のゲームに入る。
なかなか今日は調子がいい。緑のビブスを着た仲間達の円陣に入り、確認を終えてから4年生の掛け声と共に皆ポジションへ散っていく。私は汗で籠るグローブにも気にならないほどの集中をできるように掌を二回叩いて集中動作をした。
そしてピッと笛がなる。
私が担当しているチームは簡単に言ってしまえばBチームである。だからどうしてもAチームには技術面、戦術面で劣ってしまう。しかし戦えないわけではない。
どうにかコーチングをしてDFに準備をさせるも、一人体格もよくスピードがある選手が飛び出してきた。
私とこのFWの1対1だ。
あまりにもこちらが不利な状況だ。しかし間合いを詰めなければ間違いなくシュートを決められてしまう。私は彼女へ向かっていった。
それを彼女は見たのだろう。身体が半身になるのが、見えた。
右に避けるつもりか。
私はそう、読んだのだ。
いや、読んでしまったのだ。
私の調子が良かったのが災いしたのだった、彼女のその動きに合わせ無理に左へ踏み出しついていこうとしてしまったのだ。それに左足がついていかなかった。
ぐぎぃと嫌な音が鳴る。
「……!!!」
私は声も出せずにそのまま倒れ込んだ。その足で何もできず自分の守っていたゴールにボールがぶちこまれるのを見ていることしかできなかった。その後、皆私の異変に気づいてトレーナーを呼んできてくれていた。この瞬間、焼けつくような痛みに、私は直感してしまった。
あぁ、もう4年生の引退試合には関われない、と。
痛みよりもその事実が重く私にのしかかった。
気づけば私は大粒の涙を流していた。そんな情けない顔を見せたくないと思えば思うほど袖口を濡らすばかりだった。
「おい創大丈夫か!?」
練習が終わった後、たくさんの仲間が私のもとへ駆け寄ってきてくれた。誰も同情をするわけでもなく、それでも私を案じてくれていた。そんな仲間だからこそ同じ舞台に立てなくなったのが悔しくて仕方なかったのだった。
「お願いします」
私は2から3度の重たい内反捻挫をしてしまったようだった。いつも通りの自転車で帰ることはできず、学校に自転車を置いて学校前を通るバスで帰ることにした。高校のスクールバスの名残で運転手に一言そう言ってから、松葉杖で段差を登っていった。
入口から一番近い座席に座って、私はふぅっとため息をついた。
泣きはらした目は重たく、バスに揺られているうちに微睡みそうになる。
ふと、バスから見る景色は雲ひとつなくて星空が広がっている。しかし、立ち止まることもなく、そして眩むほどに明るいバスの中では星を楽しむことができなかった。
「私、やっぱりこの場所が好きだったんだ」
過ぎ去っていく田舎道に、私は思わず呟いた。
呟いたときには一粒だけ涙がポトリと落ちていた。
当たり前なんてことは、きっとどこにもなくて。
大事なものはいつも見えないんだ。
だからこの怪我は何かを私に教えてくれたのだろう。
全てに感謝をして生きていかなきゃね。
仲間、家族。
時間、五体。
失ったなら拾い集めればいいよね。
「さぁ、今日は天気良好!私の復帰にはもってこいの天気だね!」
「うわー、ほらいきなり立ちこぎしないの!創まだ足びっこひいてるんだからさぁ」
私はショルダーバックを前かごに入れて、自転車に乗り仲間に笑いかけた。
20分でも30分でもいい。上り坂があっても下り坂があってもいい。
私はこの道を自転車で通っていくのが楽しみでしょうがないのだった。
一面青空。
刺すような冷たい風に負けないように、今日も学校へ自転車を走らせた。
>END
ご拝読ありがとうございました!
分量が今回少ないのもあって、ちょっと不完全燃焼なところが正直否めないです。
文中での「私、やっぱりこの場所が好きだったんだ」というのが陽だまりノベルスのお題の文です。
皆怪我にはお気を付けくださいね(笑