プロポーズ
登からその電話がかかって来たのは大学卒業間近、3月の初め頃だった。私はその時、家でおじさんとテレビを見ていた。
『ごめん。本当はこういうことは、ちゃんと会って言いたかったんだけど…』
登はすまなさそうな声でそう言った。
「なに?どうしたの?」
『…俺、来年の春から海外に行くことになった。アメリカ』
私の頭は一瞬だけ停止した。
『…そう』
彼は就職する前から、海外で働きたいと言っていた。その夢が叶ったんだ。だからここは「おめでとう」と言うべきだ。だけど、その言葉は出てこなかった。
『久美』
登は沈黙する私に、ゆっくりと言った。
『結婚してほしい』
「え、結婚!?」
思わず声に出してしまってから、しまったと思う。隣にいるおじさんは、口を「お」の字にして固まっている。おおお、と言いたいらしい。
『久美はもうすぐ大学を卒業するだろ?そしたら、俺と一緒にアメリカに行ってほしい』
私は黙りこんだ。しばらく続く沈黙に不安になったのか、登は『だめか?』と訊いてきた。
「…ちょっと、考えさせてほしい」
『分かった。だけどできるだけ早く返事してほしい』
「分かってる」
『ごめん』
気まずい雰囲気のまま、電話を切った。
「久美ちゃん、結婚するのかい?登君と」
電話を切った私に、おじさんはいつもと変わらない笑顔で嬉しそうに訊いてきた。私はため息をつく。
「分かんない」
「どうして。登君のこと、嫌いになったか?それとも、アメリカに行くのが嫌?」
私は首を振った。登のことは好きだし、アメリカに行くのだって特に問題はない。英語には自信がないけど。
『ほとんどの人は、自分が結婚するときには追い出すらしいよ』
いつかの先輩の言葉が、頭をよぎる。おじさんは私の方を見ながら、笑顔で言った。
「何か悩んでることがあるなら、とことん悩めばいい。悩める時間は、少ないのかもしれないけど」
「…うん」
なんとか返事をした私に、おじさんは言った。
「おじさんのことは、気にしなくていいから」
いつも通りの、かわいらしい笑顔で。
その日の晩御飯はおじさんの希望で、ハンバーグになった。
「やっぱりおいしいよ、久美ちゃんのハンバーグ」
おじさんはいつもよりもたくさん食べた。あんまり食べると太っちゃうなーと笑いながら。
そしてその日の晩、おじさんはいなくなった。