衝撃の事実
大学4年生になった春、私はバイト先の植村先輩とランチに出かけた。植村先輩は2年付き合っていた彼氏さんと、今年の夏に結婚することが決まっている。結婚式の準備が面倒くさいのだと、ランチセットのカルボナーラを食べながら先輩はぼやいた。
「そろそろあの人ともお別れしなきゃいけないしねー」
「え、なんですか?あの人って」
私はどきりとした。まさか先輩、浮気をしていたのだろうか。
しかし、先輩から返ってきた答えは、私をさらに驚かせた。
「パプリカから出てきた、おっさん!」
私は危うく、食べかけのパスタを吹きそうになった。先輩は「いつ追い出そうかな」とぼそぼそ言っている。
「な、なんですか?パプリカから出たおじさんって」
恐る恐る尋ねると、先輩の方が目を丸くした。
「え、なに!?あんた見たことないの?ピーマンとかパプリカとかの中からさ、たまに出てくるでしょ、小さいおっさん!」
私は20年以上生きているけど、小さいおじさんが出てきたのは後にも先にもあの一回しかない。それに、今までそういう話を聞いたことすらなかった。だけど先輩の話しっぷりからすると、小さなおじさんの存在はほとんどの人が知っていて、しかも結構な確率でおじさん入りのピーマンやらパプリカやらに遭遇するらしい。
私が黙っていると、先輩はますます驚いた顔をした。
「知らなかったの?」
「知りませんでした」
おじさんの存在は知ってたけど、と心の中で付け加える。
「私は今まで3人くらい見たけどねえ。やたらと紳士気取りだったり酒飲みだったり、一口におっさんって言ってもいろんなおっさんがいるんだから」
「はあ」
「で、そのうちの一人をしばらく飼ってたんだけど」
飼ってた、という表現も気になったが、その前に
「え、他の二人は!?」
「は?追い出したに決まってるでしょ。あんな見知らぬおっさん」
先輩はサラダをつつきながら、常識でしょ?と付け加えた。私は自分が思ってた以上に、常識を知らないらしい。
「だけどさー。結婚するとなったら、さすがに飼うのやめなきゃと思って。さすがに邪魔でしょ。新婚夫婦の生活にはさ」
私はしばらく茫然とした。先輩はその間にも美味い美味いと言いながら、パスタを食べ進めている。おじさんを追い出すことについては、特に何も思っていないらしい。
「…あの、家から追い出すんですか。その、パプリカのおじさん」
先輩は、本当に知らないんだーと笑ってから続けた。
「そもそもあのおっさんたちを飼ってる人間の方が珍しいんだけど。ほとんどの人は、自分が結婚するときには追い出すらしいよ。一人暮らしの間はさ、留守番してくれたりして便利じゃん?だけどやっぱ、結婚したらねえ」
「…追い出されたおじさんたちは、どうなるんですか?」
「え…。さあ?野生化するんじゃないの?追い出されたおっさんの9割以上は猫とかカラスにやられて死んじゃうらしいけど」
その言葉を聞いて、私は顔が真っ青になるのを自覚した。おじさんが、死ぬ?
「先輩は…今一緒に住んでるおじさんを追い出すことについて、何も思わないんですか?」
思わず攻めるような口調になってしまう。だけど先輩は、相変わらず笑顔のままだ。
「別に何も。だって知らないおっさんだよ?それにおっさんたちだって、いつかは追い出されるってことくらい知ってるよ」
「…。」
「パスタ冷めちゃうよ?」
私の頭の中は、パスタよりもおじさんのことでいっぱいだった。
「久美ちゃんはきっと、いいお嫁さんになるよ」
そう言って、嬉しそうに笑ったおじさんのことを。