おじさんとお魚
おじさんと一緒に暮らし始めてから2カ月がたったころには、私とおじさんはすっかり仲良しになっていた。バイトに行く時は、おじさんにお留守番してもらうこともあった。おじさんはきっと家探ししない、下着を見たりはしないという信頼関係が築けていた。
おじさんは私が留守にしている間、出来る範囲で家を掃除してくれたり、自分の服を自分で洗ったりしていた。ちなみに服を洗うときは、焼き肉のたれの蓋をたらい代わりにして、器用に手洗いしていた。
「今日は登君とデートかい?」
おじさんにそう訊かれて、私はびっくりした。
「分かるの?」
「わかるさ。デートの日は、嬉しそうなオーラが出てるからね。はっはっは」
おじさんは自慢げに笑った。
「今日はどこに行くんだい?」
「水族館だよ」
「水族館!!」
おじさんは眼を輝かせた。
「いいねえ。おじさん、魚が大好きなんだ。刺身は最高だよね。塩焼きもいいが」
水族館は、魚を食べる場所じゃないんだけど。
いいなあいいなあと言っているおじさんを見て、私は観念した。
「おじさんも、一緒に来る?」
「え、いいのかい!!」
「鞄の中から、ちょっと顔を出すくらいしかできないけど。それでもいいなら」
おじさんは大喜びで、お洒落しなくっちゃとはしゃいだ。鞄の中にいてもらうわけだから、人前には出ないのに。
結局おじさんは、私が作った黄色いTシャツを着て、水族館へ行った。
「俺さ、就職決まったんだ」
魚を見ながら、登は照れたような顔をした。
「ほんとに!おめでとう」
「ありがとう。あそこならさ、俺の夢も叶えられそうなんだ」
「エンジニアとして、アメリカで活躍するっていうあれ?」
「そうそう。何年かかるか、分からないけど」
登はそのあと何かを言おうとして、やめた。そして、水槽の中を覗きながら、
「あれは鯛だな。鯛の刺身は最高だよな。塩焼きも美味いけど」
それを聞いて、私は思わず笑った。
「おじさんと同じこと言ってる」
「え、誰?おじさんって」
私は一瞬、心臓が止まるかと思った。しまった、うっかり口を滑らせてしまった。
「あの、えと、…親戚のおじさんよ」
「ふうん」
登は特に怪しまず、「親戚のおじさんと趣味が合いそうだ」と言って笑った。
「おじさん、登君と趣味が合いそうだよ!!」
家に帰った途端、おじさんは叫んだ。とてもとても、嬉しそうな表情で。
「いいなあ。彼はいいよ。あんなにキラキラした若者、なかなかいないよ!!彼はいい」
「そ、そう?」
「ああ!鯛の塩焼きをほめる若者は、良い若者だと決まっている!!」
それ、おじさんの持論じゃないのか。
「ああ。おじさんも、青春したかったなあ」
その言葉を聞いて、私は思わず突っ込んだ。
「え?おじさんは青春しなかったの?」
そりゃそうだよ、とおじさんは笑った。
「おじさんは、生まれたときからおじさんだったんだもの」
おじさんの生態型は、私には一生分からない気がする。