おじさんとの生活
ピーマン太郎と名づけようとしたけれど、おじさんはやっぱりおじさんがいいと言った。
私も、(自分で考えておきながら)ピーマン太郎はどうかと思うので、おじさんと呼ぶことにした。
ピーマンから出てきたおじさんと一緒に晩御飯を食べた。おじさんが出てきたピーマンは、結局捨ててしまった。もったいないけど、食べる気になれない。ピーマンは諦めて、ミンチ肉でハンバーグを作った。おじさんに小さく取り分けてあげると、つまようじを使って器用に食べ始めた。
「ピーマン、やっぱりもったいなかったかなあ…」
敬語じゃなくていいよ!とおじさんに言われたので、ため口でぼやいた。
「いいじゃないか。別に」
おじさんはくちゃくちゃとハンバーグを咀嚼しながら、続ける。
「おじさん、ピーマン好きじゃないし」
だったらなんでピーマンから出てきたんだ。
ご飯を食べた後、私は適当な布を引っ張り出して、おじさんのために簡単な服を作った。自分で言うのもなんだけど、私は割と手先が器用だ。おかげで、服は簡単にできあがった。一番簡単そうな、Tシャツとズボンと下着を作っただけなんだけど。おじさんはその服を着ると、満足そうに
「ありがとう、大切に着るよ」
と言った。おじさんはなんて言うか、変なところで紳士だった。黄色い布でTシャツを作ったせいか、おじさんは24時間テレビの出演者みたいに見えた。
おじさんとの、奇妙な共同生活が始まった。
おじさんがピーマンから出てきた次の日は土曜日だった。私は、休日はいつもバイトに行っている。もちろん、今日もバイトだった。そこで迷った。
おじさんをどうしよう。
家に置いていこうと思っていたが、家探しでもされたらたまらない。おじさんに見られたくないものが、この家には結構ある。下着とか、下着とか、下着とか。
私はさんざん迷って、結局おじさんも一緒に連れていくことにした。鞄の中にすっぽりと入ったおじさんは
「なるべく揺らさないでね。どこかにぶつけたりしないでね。潰さないでね」
と不安そうに言ってきた。昨日のハンバーグのミンチ肉が、一瞬私の脳裏をよぎる。
私は鞄をやんわりと抱える格好で(あんまり強く抱きしめたら、中のおじさんが潰れそうだから)、外を歩く羽目になった。
おじさんには悪いけれど、バイト中は更衣室のロッカーの中にいてもらおう。そう考えながら更衣室に向かって歩いていると、背後から登が声をかけてきた。登は私より3つ年上で、バイト先の先輩だ。
「よ、おはよう」
「あ…おはよう」
登は、振り返った私を見て、不思議そうな顔をする。
「なんだ?そんな必死に鞄抱えて。大事なもんでも入ってるのか?」
まさか、ちっさいおじさんが入ってるとは言えない。
「うんまあ…ちょっと」
曖昧な返事をすると、登は私の顔を覗きこんで来た。
「だいじょぶか?またなんか抱え込んでない?」
「…平気平気」
一瞬、おじさんのことを相談しようかと思ったけどやめた。いくら登でも、流石にこれには引くかもしれない。
「なんかあったらいつでも言えよ。相談に乗るから」
「ありがとう、登」
「公私混同厳禁。店では岡田って呼べよ?竹内」
「うん」
登と別れた後、鞄の中からおじさんが話しかけてきた。
「もしかして…久美さんの彼氏さんかい?」
私は照れ笑いを隠せなかった。
「うん」
「そうかぁ…」
おじさんは嬉しそうに、呟いた。
大学入学と同時に始めたバイトは、私にとっては人生初のバイトだった。全国チェーンのこのファミレスは、お客として入ったことは何回もあった。だから仕事も覚えやすいんじゃないかと思っていた。でもやっぱり、働いてみると全然違う。とにかく忙しい。右も左もわからなくてうろたえている新人の私に、丁寧に分かりやすく教えてくれたのが登だった。
当時の私は田舎から出てきたばっかりで、友達を作る勇気もあまりなかった。だけど登は、そんな私のことをいつも気にかけてくれた。彼は本当に優しかった。
気付けば好きになってた。しかも、両想いだった。
「青春だなあ…」
その話を聞いたおじさんは嬉しそうに、うんうんと頷いた。
「で、今日のバイトはどうだった?」
「…あんまりうまく働けなかった」
今日は失敗をして、店長からこっぴどく怒られてしまった。それをおじさんに話すと、
「そうかあ。でもね、きっと店長は久美ちゃんに期待してるんだよ。諦めてたら、怒ったり注意したりしないもの。きっと、久美ちゃんは伸びる子だって思われてるんだよ」
「そうかなあ」
「そうさ」
おじさんは笑った。
日曜日のバイトが終わると、私はおもちゃ屋さんに行った。目的はもちろん、小さな人形売り場。そこで売っている人形用の食器や家具、衣類は、おじさんにぴったりのサイズだった。私は食器と、男の子用の衣類を何着か買った。おじさんはドレスも着てみたいと言ったが、それは私が却下した。
ご飯は私のものを少しあげるだけでいい。お風呂は、湯船の代わりにお椀を使った。目玉のおやじみたいだと、2人で笑った。
私がおじさんに何かする度に、おじさんはいつも「ありがとう」と言って笑った。
おじさんは私が落ち込んでいると、笑って励ましてくれた。
おじさんとの生活は、意外と心地よかった。
おじさんは、私が思ってた以上にいい人だった。