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ピーマンからこんにちは。

「おっきいピーマンだなあ」

 私はスーパーで買ってきたピーマンを見ながら呟いた。それから笑った。

 大学生になって一人暮らしを始めてから、独り言が多くなってしまった気がする。まあ、家に一人しかいないんだから、電話でもしてない限り、何を言っても独り言になるんだけど。さすがに2カ月も経つと一人暮らしには慣れたけど、やっぱりちょっと寂しいこともある。そういう時はいつも以上に独り言が増える気がする。

「これでピーマンの肉詰めを作ったら、食べ応えがあるぞー!」

 東京の物価は高いんじゃないかってお母さんは心配してたけど、そんなことない。こんなに大きなピーマンが、あんなに安かったんだから。

 実家にいたころから料理の手伝いはしていたから、自炊には自信があった。今日の晩御飯はピーマンの肉詰めだ。ミンチ肉も安かったから。

 私はピーマンに包丁を当てて、ぐっと力を入れようとした。次の瞬間

「待ちなさい!!」

 どこからともなく声がした。私はびっくりしてあたりを見渡す。だけど一人暮らしの私の家に、誰かがいるはずはない。空耳だと思い、もう一度ピーマンを切ろうとした。

「ゆっくり!!いいかい、ゆっくり切るんだよ!!」

 やっぱり声が聞こえる、気がする。泥棒かと不安になったが、泥棒にしては言ってることがおかしい。せめて、私がピーマンを切ってる間に逃げてほしい。私はピーマンを、ゆっくりと切り始めた。

「そう、そう。良いぞ…。ゆっくりだ、ゆっくり。オーライ、オーライ」

 もしかして、お隣さんが大きな声で独り言を言ってるのかもしれない。うん、きっとそうだ。何の独り言なのかは、分からないけれど。

 とん。

 包丁がまな板に当たる音がした。ピーマンが真っ二つに割れる。私は真っ二つに割れたピーマンを見て、目を見開いたまま固まってしまった。


 ピーマンの中から、小さなおじさんが出てきた。


「やあ」

 やあ、じゃない。私は眼をこすった。しかし、どこからどう見てもちっさいおじさんである。しかも、真っ裸の。とりあえず大事なところは、自分の手で隠してくれているけど。

「な、なに!?」

「誰?の間違いだろう、はっはっは」

 はっはっはじゃない。なんなんだこれ。いや、なんなんだこの人。

「とりあえず、服をくれないかい」

 そう言われたものの、このおじさんサイズの服なんて持ってるはずがない。私はティッシュを引っ張りだすと、おじさんに一枚渡した。おじさんはそれを器用に折って、バスタオルのように身体に巻きつけた。

「風呂上がりのようだね、はっはっは」

 私にとってはそんなことはどうでもよかった。おじさんの言葉は無視して、ピーマンからちっさいおじさんが出てきたという不思議現象について、納得のいく説明を考える。…駄目だ、やっぱり変だ。そんな話聞いたことない。これはきっと、何かの悪い夢に違いない。ああ、一体何を考えてたら、こんな変な夢を見るの。

 私はちらりと、おじさんを見る。まな板の上の小さな人間は、バーコード頭で、おなかが出ていて、ちょっとねちねちした喋り方で…やっぱりどう見てもおじさんだった。まな板の上の小さな…人間?

「おじさん、人間なの?」

 思わず変なことを聞いてしまう。もしかしたらこう見えて、ピーマンの精だとか言うかもしれない。

「人間以外の何に見えるかね」

 …人間にしか見えない。だけど、こんな小さな、しかもピーマンから出てくる人間なんて見たことも聞いたこともない。桃太郎じゃあるまいし。

「君、名前は?」

 おじさんに言われて、思わず律儀に「竹内久美です」と答えてしまった。

「そうか、よろしくな。久美さん」

 よろしくと言われて驚愕する。このおじさんは、ここを出ていく気はないらしい。だけど、このおじさんをどうすればいいのか。ティッシュを巻いただけのこの状態で、外に放り出すのもかわいそうだ。ああ、長野のお母さんに相談したい。だけどピーマンからちっさいおじさんが出てきたなんて話、信じてくれるだろうか。

「おじさんには、名前がないんだ。だから、おじさんと呼んでくれ」

 言われなくてもさっきから、おじさんと呼んでしまっている。私は弱々しく、「はあ」と返事をした。それを聞いておじさんは満足そうに笑う。反対に、私はため息をついた。

「君、一人暮らし?」

 おじさんにまた質問されて、律儀に「はい」と答える。先ほどから、おじさんに先手を取られてしまっている。

「そうかそうか。よかったね、おじさんがいたら、もう寂しくないぞ!!」

 確かにさっき、ちょっと寂しいとか思ったけれど、ちっさいおじさんと住みたいとは思っていない。桃太郎みたいに、赤ちゃんならまだともかく…。 

 私は桃太郎の話を思い出して、顔が真っ青になった。確か桃太郎は成長して、鬼退治に行ったはずだ。成長して。つまり、大きくなって。

「おじさん、大きくなるの!?」

「む、失敬な。おじさんはこう見えてまだまだ元気なんだぞ!!」

 おじさんの返事の意味が分からなくて困惑する。どういう意味かと考えて、理解した途端、今度は顔は真っ赤になった。


 私が心配しているのは、おじさんの大事なところのことじゃない。


「そうじゃなくて、身長が伸びたりとかするんですか!?」

 気付けば敬語になっている。おじさんは、はっはっはと笑うと

「そんなまさか!!だっておじさんはもう、おじさんだぞ!?」

 と当たり前のように返してきた。そりゃ、おじさんの身長がそんなに伸びるなんて思わない。普通の、おじさんなら。

 どうすればいいか分からなくなって、私はキッチンにへたりこんだ。『保健所』という現実的な単語と、『ピーマンからおじさん』と言う非現実な単語が、頭の中で交錯する。そんな私を、おじさんは心配そうな顔で見ている。

「大丈夫かい、久美さん」

 大丈夫じゃないし、おじさんの所為だ。

「元気を出したまえ」

 おじさんはさわやかに笑った。その顔は、ちょっとかわいかった。



 しばらく悩んでから、私は決意して立ち上がった。まな板の上のおじさんの方を見て、言う。

「ごはん食べますか」

「ああ、おなかぺこぺこだよ」

「あとで、服も作りますから」

「おお、ありがとう」

 そう、しばらくの間だけ。しばらくの間だけ一緒に暮らそう。もしかしたら、そのうちここから出ていってくれるかもしれないし。

「ところで、今日の晩御飯は何かね?」

 おじさんの質問に、また頭が真っ白になった。


 ピーマンの肉詰めは、しばらく食べられそうにない。



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