野外討伐実習①
第一魔術学園の職員室には、特有の重苦しい空気が漂っている。
分厚い教本、羊皮紙の束、そして高貴な身分を誇示するかのような教師たちの仰々しいローブの衣擦れ。
ノイは自分のデスクに座り、特務クラスの生徒たちが提出した基礎魔術式の小テストを、赤ペンで淡々と丸付けしていた。
無駄な記述があれば容赦なく減点し、極限までシェイプアップされた数式のような解答には満点をつける。
「随分と余裕そうだな、ノイ先生」
ふいに、頭上からねっとりとした声が降ってきた。
顔を上げると、学園の魔術指導を統括する主任教諭、クロードが立っていた。
金糸の刺繍が入ったローブを着込み、伝統と格式を何より重んじる典型的な貴族派の教師だ。
その後ろには、取り巻きの通常クラス担任たちがニヤニヤといやらしく笑いながら控えている。
「何かご用ですか、主任。次回の授業計画案なら、昨日のうちに提出したはずですが」
「ああ、あの伝統を無視したふざけたシラバスか。あれは却下だ」
クロードはノイのデスクに、ドンッと分厚い書類の束を叩きつけた。
「来週、急遽学年合同の『野外討伐実習』を行うことになった」
「……野外実習? 年間行事予定表には組み込まれていなかったはずですが」
「学園長陣からの直々の通達でね。机上の空論ばかりではなく、実戦でどれだけ『美しく正しい魔術』を行使できるか、生徒の質を測るべきだという結論に至ったのだよ」
クロードは唇の端を吊り上げ、ノイを見下ろした。
「通常クラスは一クラス約三十名。対して、君の受け持つ特務クラスはたったの十五名だ。おまけに、ろくに長い詠唱もできない落ちこぼれの吹き溜まり。……学園の限られた予算を、そのような無駄なクラスに割き続けることに、理事会から強い苦言が呈されていてね」
ノイは赤ペンを置き、背もたれに深く寄りかかった。
「要するに?」
「今回の合同実習は、君たち特務クラスの『査定』を兼ねているということだ」
クロードの声に、明確な悪意が混じった。
「通常クラスが十体の魔物を討伐したとしよう。ならば、君のクラスは人数の比率からして、最低でも五体以上の魔物を討伐してみせたまえ。もしそれが達成できなければ――特務クラスの実績は皆無とみなし、即座にクラスを解散とする」
「……」
「もちろん、生徒に無価値な指導を行った担任としての責任も取ってもらう。特務クラスの解散と同時に、君には学園を去ってもらおう。……教師としての君の首が懸かっているんだ、せいぜい頑張りたまえよ」
取り巻きの教師たちが、クスクスと嘲笑を漏らす。
十五人の落ちこぼれで、実戦で魔物を五体も狩れるわけがない。お前はもう終わりだ。彼らの目にはそう書いてあった。
だが、ノイの表情は全く変わらなかった。
焦るどころか、手元の書類をパラパラと捲り、討伐の規定数とタイムテーブルを事務的に確認していく。
「……なるほど。通常クラスが三十人で十体。うちは十五人で五体。つまり、生徒三人につき一体の魔物を処理すればいいわけですね」
ノイはパンッ、と書類を閉じ、冷たい目でクロードを見返した。
「ずいぶんとハードルが低いですね。そんなぬるい査定基準で、うちの生徒のポテンシャルが測れるとでも?」
「……強がりを。長ったらしい無駄を省いた『最適化魔術』とやらが、本物の魔物相手にどこまで通用するか、見物だな」
鼻を鳴らし、クロードたちは踵を返して去っていった。
彼らの背中を見送った後、ノイは引き出しから新たな白紙の計画表を取り出し、ペンを走らせる。
「……馬鹿が。反復練習に飽きてきた頃合いだ、実戦という名の『実力テスト』の舞台がタダで手に入ったなら、むしろ好都合だ」
ノイは薄く笑みを浮かべた。
生徒たちに「回路のロス」と「事象の解像度」を徹底的に叩き込んで数週間。
彼らがどれほどの化け物に仕上がっているか、あの三流教師どもに見せつけてやる。




