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壊れた約束の、その先で  作者: 月詠


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3/8

第3話 約束の終わり

ご訪問ありがとうございます。

毎日朝6時に更新しております。

ひと時の間、物語をお楽しみいただければ幸いです。

 約束の朝は、恐ろしいほどに澄み渡っていた。

 雲一つない青空が広がり、庭の木の葉に残った朝露が、宝石のようにキラキラと輝いている。私は、カイル様がいつ到着しても良いように、彼が一番好きだと言ってくれた淡い桃色のドレスに袖を通した。


 鏡に映る自分の指には、あの琥珀色の指輪が誇らしげに収まっている。

 もうすぐ、馬車の音が聞こえるはずだ。彼が降り立ち、いつものように穏やかな声で私の名を呼んでくれる。

 そんな淡い期待に胸を躍らせ、私は居間の窓辺で、ただひたすらに門の向こうを見つめていた。



 やがて、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。

 馬車が一台ではない。複数の馬が駆ける、激しく、無機質な蹄の音。

 私は喜びのあまり、侍女が止めるのも聞かずに玄関へと駆け出した。


「カイル様……!」


 扉を開けた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、見慣れた彼の笑顔ではなかった。

 屋敷の前に整列したのは、見たこともないほど重厚な鎧を纏った憲兵団の一団だった。彼らの手には抜身の剣が握られ、その冷たい銀色の光が、朝の陽光を跳ね返している。


 困惑する私をかき消すように、一人の男が馬から降り、ゆっくりと歩を進めてきた。

 仕立ての良い紺色の軍服。胸元には、王家の紋章が刻まれた勲章。


 そこに立っていたのは、カイル様だった。


 けれど、私の知っているカイル様ではなかった。

 柔らかな眼差しは消え失せ、瞳はまるで凍てついた湖のように冷たく、無機質だ。私に向けられていた慈しみなど、最初から存在しなかったかのように、彼は私をただの「障害物」として一瞥した。


「カイル、様……? その格好は、一体……」


 震える声で問いかけた私を無視し、彼は背後の兵士たちに短く、鋭く命じた。


「パピア伯爵を。抵抗するようならば容赦はするな」


 兵士たちが怒涛の勢いで屋敷の中へと踏み込んでいく。悲鳴が上がり、調度品が倒れる音が響く。何が起きているのか理解できず、立ち尽くす私の横を、彼は冷然とした足取りで通り過ぎようとした。


「待ってください! 何かの間違いです! カイル様、答えて!」


 私が彼の腕を掴もうとした瞬間、彼は初めて私の方を向き、その手を冷酷に振り払った。


「私の名は、レオンハルト・フォン・アスカーニ。王太子殿下より密命を受けた、特別捜査官だ」


 レオンハルト。


 聞いたこともない、硬く、重い響きの名前。

 それが、私の愛した人の本当の名前だった。


「潜入捜査は、これをもって終了する。……エリザ・パピア。君の父、パピア伯爵には王国の公金を着服し、敵国と通じた疑いがある。君との婚約は、伯爵の警戒を解き、隠し金庫の鍵の場所を特定するための……ただの手段に過ぎない」


 彼の言葉が、一言ずつ、私の心に杭を打ち込んでいく。


 手段。潜入。捜査。


 あの日々の語らいも、庭での散歩も、私の指を熱く焦がした求婚の言葉も。

 すべては、父を捕らえるための、完璧な台本の一部だったのだ。



 やがて、奥から父が引きずり出されてきた。

 誇り高かった父は、今は惨めに髪を振り乱し、憲兵たちに組み伏せられている。


「レオンハルト……! 貴様、私を売ったな! 娘を使ってまで私を欺いたのか!」


 父の絶叫に、レオンハルト――カイル様だった男は、眉一つ動かさずに答えた。


「欺いたのは貴公の方だ。国を裏切り、私腹を肥やし……娘にさえ、その正体を見せていなかった。私は、義務を果たしたまでだ」


 彼は懐から一通の書状を取り出し、私に見せつけた。それは、私が父の書斎で「彼との結婚のため」に預かった書類だった。


「君が私に渡してくれたこの『愛の証』が、伯爵の不正を証明する最後の鍵となった。協力に感謝するよ、エリザ様」


 嫌味なほどに正しい発音で呼ばれた自分の名が、これほどまでに汚らわしく感じたことはなかった。

 私が彼を信じたから。私が、彼との未来を夢見てしまったから。


 私の手が、父に縄をかけたのだ。


 憲兵たちに連行されていく父の姿を、私はただ見送ることしかできなかった。

 崩れ落ちる私に、レオンハルトは最後に一度だけ視線を落とした。


「……君の処分については、後ほど通達があるだろう。せいぜい、今までの贅沢を悔い改めて過ごすといい」


 その言葉を最後に、彼は二度と振り返ることなく、馬に乗って去っていった。


 残されたのは、静寂が死に絶えた、荒れ果てた屋敷。


 そして、私の指で鈍く輝く、琥珀色の指輪。

 それはもはや愛の誓いなどではなく、私の愚かさを嘲笑う、消えない刻印だった。


 私は、泣くこともできなかった。

 絶望があまりにも深すぎると、人は声の出し方さえ忘れてしまうのだということを、私はこの時、初めて知った。


 空はどこまでも青く、世界は残酷なほどに美しかった。






 私の人生から、すべての光が消え去った、あの約束の朝。








最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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