表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた約束の、その先で  作者: 月詠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/4

完璧な婚約

ご訪問ありがとうございます。

毎日朝6時に更新しております。

ひと時の間、物語をお楽しみいただければ幸いです。

 季節が巡るのは、驚くほど早かった。



 庭の木々が琥珀色に色づき、乾いた風が屋敷の回廊を吹き抜けるようになる頃には、カイル様が屋敷を訪れることは、私の日常に欠かせない、もっとも柔らかな彩りとなっていた。


 彼は相変わらず、父の書斎で政情や商いの話に長い時間を割いていたが、仕事の区切りがつくと必ず私を探し出し、短い時間、隣を歩いてくれた。


「エリザ様、今日は少し風が冷たいですね。上着をお持ちしましょうか」


 庭の小道を並んで歩く際、彼は決して私の先を行かず、常に半歩後ろで歩調を合わせてくれた。私の歩幅は小さく、語彙は乏しい。それでも彼は、私が次に何を言おうとしているのかを待ってくれる、世界で唯一の人であるように思えた。


「……カイル様は、いつも私のことを待ってくださいますね。父も、屋敷の者たちも、私が答える前に先を急いでしまうのに」


 私がふと漏らした言葉に、彼は立ち止まり、穏やかな陽光を反射させる瞳を細めた。


「あなたの言葉は、丁寧に紡がれた糸のようですから。最後まで聞かなければ、その本当の色が分からない。私は、その糸が織りなす物語を、誰よりも近くで見ていたいのです」


 そんなふうに言われたのは初めてだった。

 期待をしないことで、心が波立つのを防いできた私にとって、彼の言葉はあまりにも甘く、毒のようにじわじわと心の奥底へ浸透していった。





 ある日の午後、父から改まった様子で呼び出しを受けた。

 重厚扉を開け書斎へ向かうと、そこには少し緊張した面持ちのカイル様が立っていた。父の机の上には、見たこともないほど上質な革の小箱が置かれている。


「エリザ。座りなさい。カイル殿から、お前に大事な話があるそうだ」


 父の顔には、隠しきれない満足感が浮かんでいた。促されて席に着くと、カイル様は椅子から立ち上がり、私の前にしなやかな動作で跪いた。


「エリザ様。私はこれまで、仕事のために各地を転々と渡り歩き、どこにも根を下ろさずに生きてきました。ですが、この屋敷であなたに出会い、初めて一箇所に留まりたいと……誰かのために生きたいと、願うようになったのです」


 彼は私の震える右手をそっと掬い上げ、祈るような仕草で額を押し当てた。


「不器用な私ですが、あなたの静かな世界を、私が一生をかけて守ることを許してはいただけないでしょうか。……私の妻になってください」


 それは、絵物語に描かれる英雄の誓いのように完璧な求婚だった。

 驚きで声を失った私の耳に、父の頼もしい声が追い打ちをかける。


「カイル殿は、王都の要人とも深い繋がりが

 ある。彼ならば、お前を今の暮らしよりもずっと高く、安全な場所へ連れて行ってくれるだろう。パピア家の娘として、これ以上の幸せはない」


 父がここまで手放しで人を称賛する姿を、私は見たことがなかった。

 カイル様は、無欲で静かな私だけではなく、野心家で猜疑心の強い父の心さえも、完全に掌握していた。

 私は頬が熱くなるのを感じ、震える指先で彼の手にしがみつくようにして、小さく頷いた。


「……私で、良ければ。よろしくお願いします」


 カイル様は安堵したように、けれどどこか重みのある微笑みを浮かべ、小箱から取り出した指輪を私の薬指に通した。琥珀色の宝石が、秋の午後の光を吸い込んで鈍く輝く。


「ありがとうございます。これで……すべてが上手くいく。そう確信しました。これからは、あなたは私の保護下にあります。何があっても、私が道を示しましょう」


 その言葉に含まれた奇妙な断定に、当時の私は何の疑問も持たなかった。

 王都へ戻って正式な手続きと、私たちの将来のための「最後の仕事」を済ませてくるという彼を、私は屋敷の門で見送った。


「来週、必ず戻ります。その時、私たちの結婚について正式に発表しましょう。約束です、エリザ様」


 馬車に乗る直前、彼は私の肩を、痛いほど強く抱きしめた。

 その体温を、私は出発の合図のような温もりだと信じていた。


 来週になれば、私は彼の妻になる。


 この閉ざされた屋敷の外にある、まだ見ぬ広い世界を、彼の隣で歩くのだ。

 何も求めないと決めていたはずの私の人生に、初めて「明日」が来るのが待ち遠しいという感情が芽生えた。




 私はただ、彼が残した琥珀色の輝きを、宝物のように見つめ続けていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

「続きが気になる」「主人公を応援したい」と少しでも思っていただけましたら、下にあるブックマーク追加や、**評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にしていただけると、執筆の大きな励みになります。

皆様の応援が、物語を完結させる力になります。

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ