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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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第7話「虚像者」


 この力を得てから一月が経つ。

 最初は気持ち悪くなり、何度か吐いてしまうこともあった。

 だが思ったよりも上手く、身体に馴染んでくれた。

 身体の使い方に関しても、柔軟に対応出来るようになってきた。

 稼働時間も少しずつだが、長く保てるようにはなってきた。


 「今日はいつになく、匂うね」アミアンはひとりごちる。


 現在、高級煌蘭(こうらん)料理店の近くにある喫茶店で、時間を潰していた。

 あの日から、アミアンの嗅覚は、尋常ではないほど鋭くなっている。

 人間が持つ体臭を、その場に複数人いても瞬時に嗅ぎ分け、識別出来る。

 嗅覚だけではない。

 触覚も今まで感じたことのないほどに、研ぎ澄まされている。

 意識を向けさえすれば、五メートル先にいる人間が動くことを、肌で感じることもできる。

 特に自分に対する意識が向けられた時の感じ方は、自分でも驚くものだった。


 「マスター、おかわり」


 紳士と顔に書いているような老人が、嫌そうな目でアミアンを見た。

 孤児院の少年が、コーヒーだけで何時間も粘っているのは、いけすかないらしい。

 

 新聞を広げるかたわら、二階窓から見える景色に意識を向ける。

 もうすぐだ。奴はこのあと親と別れ、お気に入りの風俗店に出向く。

 いつものルーティンだ。

 心拍数が上がるの感じる。唾を呑む。

 これで一通りの片がつく。

 この街にも、束の間の平穏が訪れるだろう。

 エレンは、未だに不思議に思っているかもしれない。

 アミアンがとった行動の全てに。

 

 大した理由などなかった。

 ただ、奴らのような人間の行動が、腹立たしいだけだ。

 彼らだけではない。ここにいるマスターや、あらゆる大人たちの欺瞞に、深い憤りを感じてしまうのだ。

 見ているだけで虫唾が走る。

 生まれもって、そういう性分なのだと、アミアンは思っている。

 物心がついた時には、孤児院にいた。

 両親はエドクレア人だと、聞かされている。

 シスター・マドレーヌには、感謝している。

 この時代の女性が、何人もの子供を育てることは、そう簡単なことではない。


 「カップを」マスターは、無愛想にコーヒーを注いだあと、礼もせずに去っていった。

 

 ノアの顔が浮かぶ。気付いた時には隣にいた。友とも弟とも言える。

 本当に優しい子だ。年こそ二歳下だが、彼の心根には、関心させられることばかりだ。

 世界がノアのような人たちで溢れたら、どんなに良かったか、と心底思う。

 物書きとしての才能も感じるが、ノアは軍人には向かないだろう。

 将来は安全な仕事について、家族を作り、子宝に恵まれた幸せな人生を送って欲しい。

 君のような人間が、そうなるような世界になってくれることを、意識がなくなるその瞬間まで、どこかで祈り続けるよ。

 今まで、自分のような穢れた人間に付き合ってくれて、本当にありがとう。


 「馬鹿だな」


 いつになく自分が感傷的になっていることに、アミアンは気恥ずかしさを覚える。

 その時、触覚が動きを捉えた。

 窓から見える高級煌蘭料理店から、獲物が出てきた。

 

 ーーー

 

 おかしい。アミアンが帰ってこない。

 いつもならこの時間は、自分のベッドで読書をしている頃だ。

 何かあったのだろうか。

 巷では、連続殺人事件という物騒な事件も続いている。本当に大丈夫だろうか。

 写本の仕事が長引いている可能性も考慮し、二十三時を上回れば、シスター・マドレーヌが職場に出向くことに決まった。

 

 ノアも来年から十六歳になるので、アミアンと共に一緒に働く予定だ。

 それを言うと決まって『やめておくことを勧めるよ。都会じゃ印刷機が当たり前の時代だろ? こんな仕事、田舎にしかないから将来何の役にも立たないよ』こう言うのだった。

 

 そんなことはどうでもよかった。アミアンがやることは、何だってノアの憧れだった。

 今でこそ物語を読み書きするようになったが、最初は全部アミアンの真似がしたかったからだ。

 兄のように、友のように、心からアミアンを尊敬していた。


 「アミアン……」


 いつかの、ニックの発言を思い出す。


 『いきなり上半身裸になって、手や服を川で洗っていたな』


 それが実際、アミアンである確率がどれだけのものなのか。ニックの勘違いだろうと今でも思っている。

 それに、もしアミアンだったとして、なぜそんなことをしていたのかの説明がつかない。

 連続殺人事件――ノアの脳裏に、縁起でもない言葉が連想し、払うように頭を振る。

 何を馬鹿なことを。あれは虚像者が行った、おぞましい事件じゃないか。

 それにアミアンは、虚像者じゃない。

 こんなことを考えるなんて、自分は最低な人間だ。

 突然扉がノックされ、人が入ってきた。


 「エレン……?」


 エレンは深刻な面持ちで、その場に突っ立ている。

 

 「どうしたの?」

 

 心なしか、震えているようだった。


 「どうしたら……ノア……ごめんなさい」

 「き、急にどうしたのさ!?」

 「本当に……ごめんなさい。全部……全部、私のせいなの」


 そう言って、エレンは床に泣き崩れた。


 ーーー


 「ランベール少尉。地主の息子が出てきました。両親と別れ、ひとり東に向かっています!」

 

 アランの語気が強まるをランベールは感じた。

 

 「作戦通り、万が一、虚像者が現れたら、必ず合図を送ることを忘れるな。アラン中尉、本日も無事に終わることを祈る」

 「はっ」


 アランは、数人の部下のもとに戻る。

 何度か会話を交わしたあと、一同は動き出した。

 複数の赤色の糸が、夜の屋根から屋根へと渡っていく。


 「なんだ……?」


 地上を見下ろすランベールは、違和感を覚えた。

 酔っ払いや娼婦が入り乱れる中、ハンチング帽を被った者が、迷いなく東へ歩いていくのを見つける。

 背丈はある。でも、まだ少年か?


 『息子に買ってやったハンチング帽がなくなってるんです!』


 一軒目の被害者である銀行屋の父が、そのようなことを訴えていることを思い出す。

 胸騒ぎがする。落ち着け。自分に言い聞かせる。

 ハンチング帽なんて、誰でも被っている世の中だ。らしくない行動をとっているせいで、きっと気が昂っているのだ。

 それに明日で張り込みも最終日だ。

 このまま何事もなく終われば、それが一番いい。


 「おい」


 ランベールは側にいた部下を呼ぶ。即座に部下がやって来る。

 

 「今から俺は地上に降りる」

 「えっ、それは」

 「アラン部隊から合図があれば、お前がみなを引き連れ、現場に迎え」

 「……承知しました」


 戸惑いを隠せない部下は、後ろに下がる。


 「面倒なことだけは勘弁してくれよ……」


 ランベールは、胸元の羽筆を引き抜き、階段を降りていく。


 ーーー


 「そんな……」


 ノアの顔から、血の気が引いていく。


 「ごめんなさい……ごめんなさい」


 全てを話し終えたエレンは、終始この調子だ。

 

 「アミアンが……まさか……」


 信じられない。これは何かの夢だ。おかしな夢だ。

 嘘だ。こんなこと。何度も頭を振る。

 非情にも、夢は覚めなかった。


 連続殺人事件の犯人である虚像者が、アミアン。かもしれない。

 どうして、このようなことが起こっているのか。

 いつも近くにいる自分は、なぜ気付けなかった。

 

 ノアたちは、年長者組なので、大部屋ではなく二人部屋をもらっている。

 二段ベッドの下はノアで、上がアミアンだ。

 確かに部屋には、人が出入り出来るだけの窓がある。

 だが高さがあって、流石に飛び降りることは出来ない。

 普通の人間なら大怪我をする。普通の人間なら。

 真夜中、自分は寝ている。何も知らずに夢の中だ。

 まさか、そんな馬鹿な。


 気を紛らわせる為に、はしごを登り、二段ベッドに上がる。

 アミアンは当然いない。数冊の本と、枕と薄い毛布があるだけだ。

 数冊の本を手に取る。

 何の変哲もない、ただの本だ。印刷書が二冊と、手書き本が一冊。


 「エレン、君が買った狂書はどれ?」


 泣き腫らした顔のエレンは、手書きの本を指差した。

 ノアはその本を開き、頁をめくる。

 フリマ語で書かれた、普通の物語のようにも感じた。

 ただ、手書き特有のインクで書かれたような黒い文字ではなく、霞みを帯びた、刻み込まれた文字だった。

 ノアはこれと似たような文字を、最近どこかで見たことがあるような気がした。

 先日痛めた、後頭部の傷が疼いた。


 「…………あっ」


 ノアは本を抱え、慌てて部屋を出た。


 「ノア!?」


 ーーー


 獲物が少し先を歩いている。想定通りのルートだ。

 仲間が殺されたにも関わらず、呑気なものだとアミアンは思う。

 クズは骨の髄までクズだ。

 所詮クズ同士は、互いが互いを利用しあっていたに過ぎないのだろう。


 「愚か者が……」


 屋根裏を走り回っている数名の男たち。

 警察か軍の人間か。

 少し離れた後方で、一人の男が自分に意識を向け、歩いている。ただ、極度に緊張しているようだ。

 どうせこれで最後だ。派手に暴れてやろう。

 この先はどうする?

 南国でも目指すか。いや、クジア圏にも興味がある。

 まぁ、どの道そう簡単には進まないだろう。


 「ゔぅ……」

 

 喉が鳴る。瞳孔が大きく開く。

 全身の感覚が、研ぎ澄まされていく。


 ーーー


 腹も満たされ、夜風も程よくひんやりとしていて、気分が良い。

 つい鼻歌も口ずさんでしまう。

 今日はどの娘にしようか。考えたけで、股間が熱を帯びる。

 そういえば、最近、仲間たちが次々と殺されていった。

 仲間なんてものではないが、馬鹿な奴らだった。

 どうせ何ふり構わず手を出し、天罰が下ったのだろう。

 俺はそうはならない。

 なんていったって地主の息子だ。土地がこの世の全てだ。

 銀行屋? 政治家? 医者? 

 土地がないといったい彼らに何が出来るというのだ。

 いつだって人類は、土地をかけて争い合ってきた。

 まさにその土地を、手にしているのだ。

 この世で一番偉いのは、地主といっても過言ではないだろう。


 「黙って俺の言うことを聞いとけばいいのに、馬鹿な奴らだっ!」


 風俗街の近くの路地に入り、空樽を蹴飛ばした。


 「おい、馬鹿」


 突然、知らない誰かが、後ろから声をかけてくる。

 馬鹿。自分を罵る言葉の中で、一番腹の立つ言葉だ。

 この世界の人間は、自分以外の馬鹿で出来ている。

 そんな馬鹿に、馬鹿呼ばわりされることなど、あってはならないことだ。

 即座に頭にきて、少年は怒りの形相で振り返る。


 「馬鹿はてめぇのほ……うっ!?」


 振り返りざまの顔面に、尋常ではない力の蹴りが入り、少年は壁に吹き飛ばされた。

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