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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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第5話「死に至らない病」


 「これで三人目か」


 噴水広場前に駆けつけたランベールは、遺体を見ながら呟いた。

 一人目と同じように、遺体の首は極端に細く、今にも捻じ切れそうである。


 「街医者のご子息で間違いなさそうです。昨夜から家に帰ってこなかったようです。確認のため、現場に向かってもらってます」 

 「アラン中尉。殺された三人は、仲間うちで間違いないな?」

 「はい、間違いありません。地元では、かなりの悪名高さで、恨みを買った数は」

 

 それ以上はいい、とばかりにランベールは手で制した。

 

 「警察に、彼らの被害にあったと思われるリストがまだ残っているか、確認してくれ」

 「かしこまりました。ランベール少佐、失礼を承知で申し上げたいことがあります」

 「なんだ」

 「最後の仲間の一人を、一週間、追跡することをお許し頂けますでしょうか。決して、少佐にはご迷惑をおかけしません。必要とあらば、人員をよこします」

 

 ランベールは、胸ポケットから煙草とマッチを取り出し、火をつける。深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。

 頭の中で、人員の最適配置を考える。

 

 虚像者事件に駆り出される警察やフリマ軍は、基本的に事後から動くことになる。

 フリマ国で起きている事件や捜査は、一つではない。   

 それに軍の仕事は、外敵から国を守ることが本業だ。

 追跡には多大な拘束時間と、労力を必要とする。

 そして何より、危険性がつきまとう。


 これは、ただの犯罪者を追いかけるのではない。

 

 やめておけ。長年の直感がそう言っている。

 怯えているのか。違う。そうではない。

 じきに犯人は、暴走状態に入り、病期が進む。そうなると国際出版局の人間が動いてくれる。

 事件を引き渡し、これにて一見落着だ。

 下請けには、下請けなりのやり方がある。

 

 それで良い。それで良いはずなんだ。


 ランベールは、何度も自分に言い聞かせる。


 『俺は虚像者から人々を守りたいんだ』


 かつての、殉職した仲間の言葉が、脳裏をよぎる。

 我々は、虚像犯罪を可能な限り解決することが仕事であり、責任であって、抑止することなどお門違い。

 責任、責任。嫌いな言葉だ。誰がこんな都合のいい言葉を考えたんだ、馬鹿め。

 あと数年も耐えれば、療書(りょうしょ)を書くだけの安全な役職が待っている。

 今まで苦労をかけた妻を労い、子供たちと遊んでやる時間もきっと作れるだろう。

 わかっている。そんなことは、ずっと前から理解している。

 

 『僕もパパみたいに、悪魔からみんなを守れる人になりたい』

 『わたしも。パパみたいになりたいなぁ』


 子どもたちの顔が浮かぶ。

 いつのまにか短くなった煙草を、地面に強く擦り付ける。

 

 「構わん。ただし、今回は俺も同行する」

 「……よいのですか?」


 少々面食らった様子をアランは見せた。

 

 「選りすぐりの精鋭を集めろ」

 「はっ!」


 アランは、数名の部下を引き連れ、去っていく。

 まだ二十六歳だというのに、軍の中では凄まじい早さで昇進している。

 何をそんなに焦っているのか。若き日の自分を重ねる。


 「若者が。証明に足元をすくわれるなよ」

 

 その後ろ姿を見送り、ランベールは顎を触る。

 

 今回の殺しは、一件目と同じく絞殺だった。

 恐らく、返り血などの血痕が付着することを、忌避したのだろう。

 つまり、同一犯の可能性が高くなった。それも仲間うちを狙った傾向から、計画性が窺える。

 犯人は、虚像化状態を思ったよりも制御出来ている。

 真夜中だったとはいえ、殺害現場に、噴水広場という目立つ場所を選んだ。

 それなのに、目撃証言が未だにあがってこない。

 最短で殺す機会を狙い、現場を離れている。

 

 つまり、殺しの方法が、上達している。

  

 「厄介だな」


 ランベールは、遺体の変色した顔を、もう一度じっくりと見つめた。


 ーーー

 

 もう死んでしまいたい。あの時を思い出す度に、エレンは思う。

 知らない年上の少年たちに、輪姦されている時は、悪夢だった。

 彼らの息遣いは荒く、タバコの吸いすぎで、耐え難い匂いを発していた。

 

 この日の晩、エレンは急遽シスター・マドレーヌに、野菜の買い出しを頼まれた。

 帰り道中に、突如として、頭を布袋のようなもので覆われ、足元をすくわれた。

 自動車に載せられ、どこかに連れていかれた。

 身体を紐で縛られ、布袋をとられた時は、知らない部屋の一室だった。

 シスター・マドレーヌがくださった大切な修道服が、ナイフで切り裂かれた。

 最初は殺されるのだと思った。

 怖くて、尿を漏らしてしまった。

 

 「きったねぇ」と四人にからかわれ、恥ずかしさと、悔しさに顔を埋めた。


 その後のことを、エレンは思い返すだけで吐き気が込み上げてくる。

 時が経てば経つほど、悔しさと絶望が深まった。


 何度、何度、何度……神に助けを請うたか。

 

 ビザス様は死に際に「主よ、まさかわたしをお見捨てになったのでしょうか……」と天に請うた。

 

 エレンは今になって、この意味が、皮肉にも理解できるようになった。

 神を疑うことは、本当に愚かなことだと理解していたはずなのに、現実は残酷だった。


 ことが終わり、満足しきった男たちの顔は、この目に焼き付いて離れない。

 再度、布袋を被せられ、自動車で運ばれたあと、人気のない場所に捨てられた。

 エレンは破かれた修道服で、精一杯肌を隠し、夜道を駆けた。

 身体が感じたことのない痛みを伴った。

 怖くて、涙が止まらなかった。

 道中、酔っ払いや外国人に絡まれそうになったが、全力で振り切った。

 客待ちをしている娼婦には、汚い言葉と唾を吐きかけられた。

 こんなことは、十三年間の人生において初めてだった。


 このヌクルプロムに住む人たちは、みんな良い人たちばかりだった。

 当然、そうではない人がこの世界に存在していることは、わかっているつもりだった。

 しかし、本当の意味では、理解出来ていなかった。

 無知な自分が罪であることを、痛感した。

 

 孤児院に近づくと「エレン!」と血相を変えたシスター・マドレーヌが、駆け寄ってきた。

 シスター・マドレーヌの胸に飛び込むと、さらに涙が溢れた。

 いつもは厳格なシスター・マドレーヌが、私の頭を何度も撫で、何度も謝った。

 そのことがエレンには、余計に悲しくて、胸が締めつけられた。

 

 その後、シスター・マドレーヌは、懸命になって動いてくれた。

 ただでさえ片腕が不自由で、子どもたちを育てるのにも、大変な苦労をなされているはずなのに。

 

 だが彼らは、司法にも神にも、裁かれることはなかった。

 

 何の為に、法が存在し、神が存在するのか。

 善人が悲しみ、苦しみ、悪人が喜び、楽しむ。

 この世界に存在する秩序と信仰は、誰の為に存在するのだろうか。


 私のように泣き寝入りするしかない人がいるから、信仰は続いて……。

 いや、私は馬鹿だから、それ以上先のことは、上手く考えられない。

 きっと、頭の賢い人たちなら、その先の答えを知っているのかもしれない。


 「それ、何の本?」


 驚き、後ろを振り返る。

 どうして。

 そこには、いるはずのない褐色の髪に、茶色い瞳をした少年がいた。

 今日は礼拝の為に、みんな教会に出向いているはずだった。

 エレンは体調が悪いと嘘をつき、孤児院に居残っていた。

 あの日以降、礼拝に出向くのが億劫になっていた。

 シスター・マドレーヌもエレンに気を遣い、特に追及してくることはなかった。

 

 「アミアン!?」


 エレンはとっさに本を隠そうとした。


 「僕にも見せてよ」

 「だめ」

 

 アミアンは無理やり、エレンが持っていた本を奪った。

 そして本を開き、ざっと流し読みをした。

 エレンは必死になって、アミアンから本を奪い返そうとした。

 この本は、何としても取り返さないといけなかった。


 「本当に、だめ!」


 少ないお小遣いを何年も貯めて、それを全部はたいて買った本だった。


 「へぇ……面白そうだね」

 「いいから、か、かえして!」


 アミアンは難なく、エレンの身体を交わす。


 「また、読み終わったら返すよ」


 そう言ってアミアンは、外に出ようとした。


 「本当にそれは駄目なの!」


 アミアンの動きが止まった。


 「どうして?」

 「そ、それは……」


 エレンはどう伝えるか迷った。


 「じゃ」


 アミアンは扉に手をかける。

 

 「待って!」

 「すぐに読み終わるから」

 「読んだらおかしくなっちゃうから!」

 

 沈黙が訪れる。

 そのあと、アミアンは吹き出した。


 「笑い事じゃないの。本当に、本当に、おかしくなっちゃうから」

 「いいよ、べつに」

 「えっ……」

 

 先程まで笑っていたはずのアミアンは、エレンの知らない闇を抱えているように見えた。


 「僕、昔っからこういう機会を待ってたんだよ」

 「どういう」

 「あ、勘違いしないでね。僕は別に君に好意があるわけではないから」

 「は?」

 「間違ったことを覆す為の力が欲しいと、思ってたんだよ」


 アミアンの口角がゆっくりと釣り上がる。

  

 「何を馬鹿なことを……」

 「馬鹿? 馬鹿は君のほうだろ、エレン。無知な君がこの本を読んだところで、どうなる?」

 「……」

 「上手く力が使えるとは思えない。適当に暴れて、軍の人間に殺されるのがオチだ」

 「本当にわかってる? それは狂書(きょうしょ)なのよ!?」

 「わかってる。少なくとも、君よりかは。知ってるだろ? 君が年中聖書を読んでる間に、僕がどれだけの知恵を蓄えていたのかを」


 確かにアミアンとノアの二人は、孤児院のなかでも、特段に読書好きな印象があった。

 いつも二人でいて、何かを語り合い、仲が良さそうだった。

 むしろどうやって本を手に入れているのかが、不思議だった。

 エレンとしては、そんな二人を信仰心の足りない愚かな人たちだと、少しだけ軽蔑心もあった。

 事件に巻き込まれるまでは。

 

 「これ、どこで手にいれたの」

 「闇市で、探し回ったの。最初はからかいだと思われて、相手にしてくれなかったけど、全財産を見せたら出してくれた」


 ここで言う闇市とは、正確には闇市ではない。

 現在のフリマには、戦後のような闇市は存在せず、国家が認めていない一部の露天商が、経済的に困難な者の為に残したフリーマーケットゾーンを市民が勝手に「闇市」と呼んでいるに過ぎない。

 その背景に、フリマでは移民政策が足を引っ張り、雇用政策と経済回復に時間を要した政府が、治安維持の為に黙認する形で残っている。

  

 「いくらで買ったの?」

 「七万イール」

 「馬鹿だな。ぼったくりだよ」

 「そ、相場を知らないから仕方ないでしょ」

 「ま、いいや。どうせ僕はタダで読めるんだから」

 「……本気なの?」

 「死に至らない病。君、知ってるかい?」

 「えっ」

 「この本を読むと、そうなるんだよ」


 そんなの知らない。ただ狂って暴れてしまえば、全てを忘れられると思っただけ。

 エレンはその言葉をぐっと呑み込んだ。


 「あ、それと、君もそろそろ笑った方がいいよ。終始陰気臭い顔してると、下の子達にもうつって可哀想だから」


 古びた音をたてながら、扉が閉まった。

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