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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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第3話「ヌクルプロム孤児院」


 【創造歴1260年】フリマ共和国 ヌクルプロム


 心臓が激しく鼓動する。

 酸素の供給が間に合わず、息が切れる。

 それでも少年は走る。走らざるを得なかった。

 ここはどこだ。

 夜の森は、どこまで進んでも森だった。

 幸いにも月明かりが、少年の視界を助けた。

 

 追いかけてくる獣を思い出す。

 今にも泣き出しそうだった。


 ガサガサと近くの茂みが揺れる。

 反射的に急停止し、曲がる。

 勢いあまって大木に激突した。

 

 少年は地面に転がる。

 お気に入りのハンチング帽が脱げる。

 先月、父にわがままを言って買ってもらった。


 「っ……お願い……」


 ハンチング帽が獣によって拾われる。


 「ゔぅ……る」


 唸りが近づいてくる。


 「お願いだから……」

 

 涙が頬をつたう。

 影が少年を覆った。

 月光が、獣の輪郭を際立たせた。

 獣の瞳は、赤に染まっていた。


 「お、お、お願いします……ラ、ラーヌ、ラーヌ……」


 獣は少年の首を、両手で優しく覆った。

 意外にも、柔らかな手をしていた。

 少年の下半身は、恐怖で濡れていた。


 「こ、ここ……こ、殺さな」


 頸椎が砕ける。


 「ひっ…………」

 

 高らかに持ち上げられた少年。

 満月に照らされた獣。

 夜空へ咆哮が走る。

 闇に包まれた森が震えた。

 

 ーーー

 

 規則正しい振り子の音が、静かな部屋に木霊する。

 重々しい長針が一段、動く。

 厳かな鐘の音が、外から聞こえてきた。


 「祈りを捧げましょう」


 シスター・マドレーヌは、胸の前で両手を組んだ。

 子どもたちも、シスター・マドレーヌにならい、胸の前で両手を組む。


 「主よ、今日も皆がお恵みを頂けることを感謝いたします。願わくばわたしたちと共に祝福し、 創造の糧としてください。わたしたちの主、創造神によって。ラーヌ」


 『ラーヌ』


 親指と中指を重ね合わせた手を、一度額へ持っていき、そのまま(へそ)の辺りにかけて、縦に直線に降ろす。

〈羽を立てる〉という祈りを済ませた一同は、食事をはじめた。


 「君、どうしたんだいその帽子」


 パンを口に詰めたノアは、珍しそうにアミアンを見た。


 「へっ。羨ましいかい?」


 アミアンは得意気に、ハンチング帽を人差し指で回してみせる。 


 「どこで買ったんだい?」

 「街の古着屋でね。なんと五十イールさ」


 シスター・マドレーヌの、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。

 二人は慌てて豆の煮物を口にいれる。


 「まさか、盗んだんじゃないよね」ノアは小声で囁く。


 「失敬な奴だね。掘り出し物さ」

 「そんな上質な生地の帽子が、五十イールなんて信じられないや」

 「古着屋の婆さんには、全部同じに見えたようだけど、僕の目は見逃さなかったね」

 「食事中の私語は厳禁ですよ。アミアン、ノア。主が見ています。感謝を忘れずに」


 『すみません』


 「それより知ってるかい。銀行屋の息子が」

 「あぁ。酷い殺られようだったって。今朝、街で聞いたよ」

 「フリマ軍が目の色を変えて、犯人を探してるって」


 二人はシスター・マドレーヌの隣で、静かに食事をしているエレン・カリエールを見る。

 今年で十四歳になるエレンは、一年前に銀行屋の息子と数人の仲間たちに輪姦された。

 

 それまでのエレンは、ノアたちが生活するこの【ヌクルプロム孤児院】での太陽だった。

 明るく正義感に溢れ、下の子達の面倒見も良かった。

 片腕が不自由なシスター・マドレーヌの手助けも喜んでする。敬虔なアフレズト教の信仰者でもあった。

 しかしそれ以降、人が変わってしまったように、明るさは消え失せた。


 「天罰さ」アミアンは、ノアにも聞こえない程度に囁き、パンを食いちぎった。


 この輪姦事件は結局、銀行屋、政治家、医者などを親に持つ輩たちで行われたので、権力と金を使いもみ消された。

 彼らにとって、こうしたことは日常茶飯事だった。

 

 シスター・マドレーヌは、後見人となって街の弁護士に何度も相談した。ただ弁護士は、日頃から繋がりのある権力者には、なるべく牙を剥きたがらない。

 このヌクルプロムという街で、名家や権力者という社会的地位のある人間と戦うのは、簡単なことではない。

 政治家は市長と懇意に繋がり、その市長が、孤児院の支援をしている。

 最悪の場合、孤児院が閉鎖に追い込まれることも、考えなくてはならない。

 ましてや孤児院の娘となると、虚偽の可能性が疑われ、勝ち目は少ないと、身も蓋もないことを言われた。

 

 何より優秀な弁護士を雇う金も人脈も、告訴する金さえも、孤児院には持ち合わせていなかった。

 結果、泣き寝入りするしかなく、いつものように神に祈るしかなかった。

 しかしあの日以降、敬虔な信仰者だったエレンの瞳に、神が宿ることはなかった。


 「今頃、奴らの仲間たちも震えてるだろうね」


 アミアンは豪快に水を飲み干した。


 ーーー


 「はっ、はっ、はっ」


 必死で逃げる。

 夕食時に大量のステーキを食べたせいか、横腹が痛む。

 少年にしては太りすぎた大きなお腹が重い。足が前に進まない。

 だが何とか、いつもの路地に入りこんだ。

 ここの路地は、複雑に入り組んでいる。

 入り込みさえすれば、必ず逃げ切れる。

 こうして何度も窮地を脱してきた。

 

 何度か路地を抜けると、追手の影が消えた。

 どうやら完全に撒いたようだ。

 

 「へっ、馬鹿が」少年は自分を追いかけてきた者のことを思った。

 

 悔しさが込み上げて、乱暴に唾を吐いた。

 今日はたまたま満腹で、喧嘩どころではなかった。

 普段なら簡単に捻ってやっただろう。

 まさか、わざと夕食後のタイミングを見計らっていたのだろうか。

 何とも卑怯な野郎だ。これだから育ちが悪いやつは嫌いだ。


 「大したことない乞食が。今度みんなで半殺しにしてやる」

 

 数分間で息を整え、いつものように路地を出ようと立ち上がった。

 今日はクソ野郎のせいで疲れた。おまけに気分は最悪だ。

 そうだ。今日はお気に入りのに娼婦のところに行こう。

 昨日犯した子娘は、ガキすぎて駄目だった。

 やはりプロには、プロの良さがある。

 たくさん慰めてもらおう。


 「ひっ」


 獣は、空から降りてきた。人間とは思えない四足歩行で着地した。

 普通の人間が同じことをすれば、間違いなく足が折れるだろう。

 

 「ゔぅ……る」

 

 そういえば先週、仲間の一人が殺されたのを思い出す。

 正直なところ、少年は殺された銀行屋の少年のことが嫌いだった。

 いつも鼻持ちならない奴で、腹の立つ野郎だった。

 輪姦するときは、いつもあいつが先に手をつけようとする。

 逆らうとあとで殴りつけてくる。

 

 一年前に輪姦した孤児院の少女の時は、特に悔しかった。

 端的にとても好みだった。

 神の名を叫び、輝きが失われていく様を、順番待ちするしかなかった。

 いきり立った自分の竿を使うときには、既に少女の輝きは失われていた。

 あの日を思い出すと、銀行屋の少年に対していつも怒りが湧き上がる。

 殺されたと聞いて「ざまぁみやがれ」としか思わなかった。

 どうせ、通り魔か何かに殺されたのだろう。そう思っていた。

 

 「ゔぅ……る」


 いま目の前にいるのは、先程声をかけてきた者とは、似ているようで似ていない。

 言葉が出なかった。

 十七年間生きてきて、初めて実感した。

 

 死ぬ。

 この獣に殺される。

 選択を間違えれば、命はないかもしれない。

 

 考えろ。考えろ。

 天啓が降りてきた。おぉ、神よ。

 金だ。こいつに足りないのは金だ。


 「金ならいくらでもやる、ほら」


 少年はポケットから、数十枚の一万イール札を投げた。

 獣は微動だにしなかった。


「ほら、さっさと拾えよ! 金が欲しいんだろ? クソ、ほら、これで全部だ」


 少年はもう片方のポケットから、数枚の一万イール札を投げた。

 虚しくも、数十枚の札はひらひらと地面に落ちる。


 「び、貧乏人が、い、いったい何が、目的」

 

 次の瞬間、少年の重たい身体は、壁に沈みこんでいた。


 「うづっ……」


 雨のように止むことのない拳が、少年の顔を襲う。

 少年の意識は、最初の数発をもらってすぐ、途絶えていた。

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