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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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第20話「生贄の少女」


 どうすることも出来ない。

 それでもノアは、走りだしていた。

 だがあらかじめ想定されていたのか、簡単に護衛たちに止められる。

 その姿を前に、テテロペは豪快に笑っていた。


 「アミアン!」


 名一杯叫ぶ。

 その叫びも虚しく、振り下ろされた刃は、無情にもアミアンの首を通過した。


 「えっ……」


 ノアは思わず声を漏らす。何が起きた?

 アミアンの体勢が、傾くように崩れている。

 本来、首を通過するはずだった刃は、アミアンの鼻先を掠めていた。

 

 ノアだけではなく、その場にいる誰もが、理解出来なかった。

 だがすぐに、テテロペが意味不明な言葉で吠える。

 ノアもその頃になって、アミアンの右腕の拘束が解かれていることを知った。

 それを実行したのが、カカだった。

 

 そこからのアミアンは、速かった。

 まず左腕の拘束を解くために、赤色の筆力糸を握り、引き裂くように振り抜く。

 戦士は羽筆を握ったまま、島民のもとに吹き飛ばされる。その間にチャルも巻き込まれた。

 

 島民たちは、パニックになった。

 悲鳴。逃げ出す者まで現れる。

 最後に両脚を拘束する二本の筆力を掴み、同様に自分を縛り付ける者たちを島民のもとに投げつけた。

 戦士たちは筆力を維持出来ずに、呆気なく吹き飛ばされる。


 「カカ! 貴様何をしているのかわかっているのか!」

 

 激昂したテテロペの叫びに、呆気にとられていた護衛たちもようやく動きだす。

 結果的に、ノアの拘束も解かれる形となった。

 アミアンとカカのもとへ、戦士や護衛たちが走り出す。

 

 しかしアミアンが、凄まじい速さと力で、場を制圧した。

 向かってくる複数の戦士や護衛たちを簡単に吹き飛ばす。

 その姿に、応援の足がピタリと止まる。

 その隙に、カカはミュラのもとへ走り出していた。

 

 すかさずアミアンは、テテロペにも襲いかかる。流石のテテロペも、すでに羽筆で鋭利な刃を形成しており、戦闘準備は完了していた。

 だがアミアンの身に、その刃が触れることはなかった。

 テテロペの剣さばきは、軍の人間と比べるとお世辞にも巧みとは言えない。

 それをテテロペもすぐに実感したのか、即座に得意な肉弾戦に切り替える。

 

 しかしアミアンは、人間離れした体裁きで、テテロペを簡単に地面へとねじ伏せた。

 ノアはそこで確信する。

 どのような原理かわからないが、間違いなくアミアンの力が戻っている。

 今なら、この島から逃げられるかもしれない。

 だが現状では飽き足らないアミアンは、テテロペの首を締める。


 「アミアン!」


 ノアの叫びに、アミアンは反応をしない。

 締め上げられたテテロペの顔が、歪みはじめた。


 「アミアン! 殺しちゃダメだ!」


 自分たちだけにわかるフリマ語で叫ぶ。


 「……」

 

 アミアンの締め付ける手が止まった。じろりとノアを見る。その瞳は、恐ろしいほどに赤い。

 だがノアは気にすることなく、要件を告げる。


 「はやく島を出るよアミアン! それと僕の羽筆をとって!」


 アミアンは、テテロペの頭部装飾から、聖鳥の羽筆を口で加える。その瞬間、何十もの戦士たちが、自分たちの祭司を守ろうとアミアンを取り押さえこむように飛び込んできた。

 それをアミアンは宙返り跳躍し、なだれ込んできた戦士たちを足かせに踏みつけ、ノアのもとにやって来る。


 「起きろ! ミュラ! 起きるんだ!」

 

 ノアの視界の端で、カカがミュラの身体を必死に揺らしていた。

 二人は知り合いだったのだろうか。ノアには知りえないことだった。


 「あっ」


 ノアが見たのは、カカに迫ろうとしているチャルの姿。その手には、筆力で形成された槍が握られている。


 「カカさん! 危ない!」


 ーーー


 『外の世界に行ってみたい』

 『いつかライリー島のみんなが、外の世界の人たちと仲良くなったらね』

 『みんな仲が悪いの?』

 『昔は仲良かったのよ。でも少しだけ喧嘩しちゃったの』

 『どうして』

 『言葉がわかりあえば、話ができるんだけどね。話ができれば、想いが伝えられるから』

 『言葉ってなに?』

 『ふふふ。貴方が喋ってるのが言葉よ。でもね、この言葉は、ライリー島の人たち以外には伝わらないの』

 『どうして』

 『神様がいたずらしちゃったのかしらね』

 『神様って意地悪なの?』

 『ちょぴりね。でもきっとみんなが仲良くなる為に、物語の旅の少女のような人が生まれるように、わざとそうしたのかもね』

 『よくわかんない』

 『いつかミュラが、この島の良いところを、みんなにたくさん教えてあげてね』

 『そしたらみんなと仲良くなれる?』

 『なれるわ。きっとみんなライリー島が大好きになる』

 『そっかぁ。じゃあわたし、頑張るね。でも相棒の犬はどうしたらいいのかな』

 『そうね。困ったわね……あら、もう眠っちゃったの。仕方のない子ね』

 

 起きろ。

 誰かが呼んでいる。眠い。

 もう少しだけ寝させて。

 まだ疲れているの。

 

 起きろ。

 ミュラ。

 

 起きるんだ。

 ミュラ。

 

 お願いだ。起きてくれ!


 ミュラ!

 

 もう、うるさい!


 「はっ」

 

 目を開くと、心臓を槍で貫かれたカカが、ミュラを見下ろしていた。


 ーーー


 やってやった。ざまあみやがれ。

 神子と駆け落ちなど、罰当たりな奴め。

 興奮する心臓が、チャルの生を実感させる。

 

 ミュラの顔には、べっとりと血が塗られていた。

 本当に愚かで、どこまでも目出度い奴らだ。

 チャルは勢いよく槍を引き抜く。

 

 「くはっ」

 

 カカは無様にミュラの方へ倒れた。


 「カカ!? どうしたの!? 大丈夫!?」


 ミュラの動転した声が余計に無様で、チャルは高笑いが止まらない。 

 だが次の瞬間、チャルの頬に鈍い衝撃が走った。


 「この野郎!」 


 ーーー


 ノアは、人生で初めて人を殴った。

 不意を突かれたチャルは、地面に倒れる。

 拳に鈍い痛みが走る。

 人を殴る感触というのは、実に生々しいものだった。

 

 呼吸が苦しい。肩で息をする。

 カカを抱きかかえたミュラが、涙を流していた。

 頭が真っ白になる。次に何をすればいいのか、考えが追いつかない。

 チャルは素早く起き上がり、鬼のような形相でノアに掴みかかろうとする。


 「貴様ぁ!」


 ノアは身構えるものの、反射的に目を瞑ってしまう。だが聞こえてきたのは、チャルのうめき声だった。

 目を開くと、アミアンがチャルを地面にねじ伏せていた。


 「アミアン!?」


 ノアはアミアンから聖鳥の羽筆を受け取る。


 「ありがとう」

 「ゔぅ……る」

 「行こう! うわっ」


 アミアンはノアの腰を抱き、駆け出した。そのまま猛スピードで広場を抜けようとする。

 途中、何本かの弓が飛んできたりもしたが、アミアンを止めることは出来なかった。

 

 しかしノアは「止まってアミアン!」と叫ぶ。

 アミアンは急制止して、二人とも転びそうになったが、何とか耐えた。

 

 「ゔぅるあ」

 「降ろして」


 アミアンは不満そうに赤い瞳で、ノアに訴える。

 しかしノアは、もう既に駆け出していた。

 石台に向かって。


 ーーー


 白人が私の名を呼んでいる。

 名は確かノア。話神となる予定だった男の子。

 

 そもそもどうして、このような状況になっているのか、理解が追いつかない。

 自分は死ぬ予定ではなかったのか。

 それなのに、何故かカカが死んでいた。

 もうこれ以上、悲しいことを知らずに済んだはずなのに。


 「……け」


 カカの声が聞こえたような気がした。

 だが、カカはぐったりと動かないままだった。

 

 「君も来るんだ!」


 ノアが叫びながら向かってくる。

 カカを抱きかええ、悲嘆に暮れていたミュラは、両目を大きく見開いている。

 血塗られた真っ赤な顔に、大きな白い目だけが余計に目立って、異様だった。


 「このままいても君は殺される!」


 ミュラは必死に首を振った。

 ここに来てはいけない。早く逃げろ。

 すぐ近くで、テテロペが起き上がろうとしていた。


 「カカさんはきっと君を守りたくて、だから、絶対にその命を無駄にしちゃダメだ!」


 ミュラの目から大粒の涙が溢れる。

 それでも何度も首を振った。

 頭から血を流したテテロペは、立ち上がる。

 呂律がうまく回っていないが、何かを叫んでいる。長い黒髪を顔に張り付け、足を引きずりながら、ミュラのもとへ向かいはじめた。


 「いぐなぁあ!」

 

 距離的には、ノアよりもテテロペの方が先に、ミュラに辿り着きそうだった。


 「生きるんだ!」


 ノアも力の限り叫んだ。もう間に合わないことはわかっていたが、走った。

 ノアを止めようとした戦士たちがやってくる。だがアミアンがそれを防ぐ。

 

 テテロペがミュラに抱きつこうとする。

 その顔は、地獄から這い上がってきた、悪魔の形相だった。

 それでもミュラは、どうすることも出来なかった。


 「こんなの間違ってる! 君が犠牲にならないといけないなんておかしい!」


 ノアが叫んでいる。

 でも怖くて、どうすればいいのかわからなかった。

 ミュラは現実から逃げ出したくて、目を瞑った。

 両親の顔が真っ先に浮かんだ。ふたりとも笑っていた。


 「走れっ!」

 

 無理。走ったところで、何が出来るの。

 私はただの神子で、私の肩には、何千人の少女たちが憑いていて。


 『先に行って待ってるね』

 

 裏切るな裏切るな。

 毎夜毎夜、呪いのように囁いてきて。

 

 外の世界には、お父さんを殺した白人たちがいる。

 その白人の仲間が、私を呼んでいて。

 テテロペ祭司も、私を呼んでいて。

 どっちが地獄かわからなくて。


 「走るんだっ!」

 

 テテロペが、すんでのところまで迫っていた。


 ーーー

 

 もう間に合わない。流石にノアも諦めかけた。

 最後にダメ元で叫んだ。


 「いいから早く!」


 それでもミュラは、動かなかった。

 

 終わった。

 

 テテロペが、カカごとミュラを抱きかかえようと飛び込む。

 

 もう彼女を助けられない。

 

 ノアが完全に諦めた。その時だった。

 

 カカが息を吹き返したかのように、ミュラのもとから離れた。

 咄嗟の動きに、テテロペも巻き込まれ、二人は重なるように倒れた。


 ――俺に約束を守らせてくれ、ミュラ。


 血塗られたカカの口元は、微かに笑っていたような気がした。


 「来るんだ! ミュラ!」

 

 生贄の少女は、裸足で駆け出していた。

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