第19話「処刑」
アミアンは四肢を、筆力の糸で拘束されている。
運んできた四人の戦士のうちの一人は、ノアも知っている顔だった。
「カカさん……」
カカは緊張感のある、引き締まった顔をしている。
「しかし! この島には、脅威が迫っている」
テテロペは吟遊詩人のように、大袈裟に辛そうな顔をしてみせた。
人々は同調するように悲しみ、応える。
いつの間にか、聖鳥の羽筆は、テテロペの頭の飾りに戻っていた。
戦士たちは、アミアンを人々の前に運んできた。
無表情のアミアンは、抵抗することなく島の者たちを目だけで追う。
その姿に罵声が浴びせられる。
大人から、その姿を真似する子どもまで。一部からは、石まで投げつける始末だ。
島民たちは、先程までのミュラを崇める態度とは打って変わり、アミアンを悪魔のように扱う。
このような悪魔が我々の島を侵略し、自然災害がいつまで経っても終わらないのだと言わんばかりに。
ノアはこの事実に恐怖を覚える。
彼らはアミアンの何を知っていて、これほどまでに怒れるのだろうか。
何よりノアの心を強く痛めさせたのは、ウルカという少女までが、アミアンを恨みがましく睨んでいたことだった。
「これでは神も、子が丁重に扱われていたか不安になられるだろう」
そうだそうだと賛同するような声が重なる。
「だがらこそ我々は、ここで悪魔を葬ることにより、神への忠誠を示そうではないか!」
そう言ってテテロペ祭司は、天界に届けと言わんばかりに空高く両腕を掲げた。
大歓声が響く。
そんな中、ノアは全身の血の気が引いていくのを感じた。騙された。
どうしてこうも安々と彼の言葉を信じてしまったのだろうか。いや、疑っていたとして、いったい自分に何が出来たのだろうか。自分の無力さを嘆く。
「テテロペ祭司! 話が違います!」
それでもノアは必死に訴える。
だが異様な熱に包まれた周囲の歓声が、訴えを掻き消す。
「処刑人には、セルミネ村のチャルに務めてもらう!」
セルミネ村の一向は、大いに盛り上がり、チャルを送り出した。
チャルは羽筆を手に、緊張した面持ちで、堂々と歩きはじめる。
その時、歓声とは別の悲鳴のような声が混じった。
その原因となったのは、アミアンがもがきはじめたからだ。アミアンを繋ぎ止めていた戦士たちは、必死になって羽筆を制御している。
さらにアミアンの瞳は、赤色に染まりはじめた。
獰猛な獣のように唸り、よだれを垂らし、牙を見せる。
その様に悲鳴は、大きくなった。
「ゔるぁああ!」
気のせいか、火床が今までより強く燃えはじめたようにノアは感じた。
広場では、音楽に合わせて唄う者から踊る者まで、異様な熱気に包まれる。
本当にどうずればいいのだろうか。ノアは必死になって考えを巡らせる。
自分が今から駆け出すしかないのか。そして無様に殺されるしか方法がないのか。
なんとか、テテロペの頭に刺さっている羽筆さえ奪いかえせれば。
だが異様な雰囲気に呑まれたノアの足は、鉛のように重かった。
そんな中であっても、ミュラは起きる気配を見せない。
もう実は死んでしまっているのではないか。
「チャルよ! 準備はよいか」
打楽器の音が加速する。
チャルの額から一筋の汗が流れる。
羽筆に力を込める。筆先から溢れる赤色の粒子が、鉈のような刃を形成していく。
チャルは、体験したことのない緊張を覚える。同時に高揚感が昂っていく。
今回の儀式は、必ず成功しなくてはいけないのだ。
ミュラは絶対に、この世から葬らなくてはいけない。
何故なら彼女は、神子になる前に、自分を盛大に振ったのだ。男として、戦士として魅力がないと言ったのだ。年頃の繊細なチャルのプライドは、破壊された。
それから何度もツチャル村の少女に、ちょっかいをかけてやった。ミュラにちょっかいをかける勇気はなかった。これがチャルに出来る精一杯の仕返しだった。
だがそれが、最悪な事態を招いた。結果として、あのカカと結ばれてしまったのだ。
幸か不幸か、ミュラは神子に選ばれた。
しかし、半月の夜に、奴らのとんでもない裏切り行為を盗み聞きしてしまう。
許すまじき行為だった。自分を差し置いて、カカなどという朴念仁と駆け落ちしようとしている。
カカは、チャルと同じ年にセルミネ村で生まれ、家族のように村で育てられた。チャルにとってカカは、家族であり戦士としてのライバルでもあった。
だがチャルは、カカのことが心底嫌いだった。
相手が腹の底でどう思っているのかはわからない。
彼はいつもチャルの一歩前を歩いていた。
馬鹿な癖に、恵まれた体格により、誰よりも戦士としての素質があった。そして女にもモテた。
だがチャルは知っていた。自分も臆病だが、奴ほど臆病な人間はいないと。
今回の白人処刑にも、チャルが一枚噛んでいた。
テテロペに直談判し、自分に任せてくださいと頼みこんだ。最初テテロペはいい顔をしなかったが、カカの裏切りを示唆して、掴みとった。
処刑に成功すれば、自分を山頂の護衛につけてくれるという。村一番の大出世だ。
カカなど、ゴミを見るような目で見下してやる。想像するだけで、昇天しそうな快感を覚えた。
事前にカカには、嘘の情報を流しておいた。あいつは今頃、大きく動揺しているはずだ。
とはいえ、奴にミュラをどうにか出来るとは思えないが。
せいぜいお漏らしでもしながら、可愛いミュラの心臓が抉り出される姿を目に焼き付けるがいい。
「さぁ、勇敢な戦士チャルよ! この悪魔の首を刎ねよ!」
声高らかにテテロペは叫ぶ。
チャルは唾を呑む。
刃を握る手に力を込める。大きく振りかぶった。
白人の獣は吠えた。その赤い瞳を見ると、尻込みしそうになる。
だがチャルは、必死に獣を抑え込んでいるカカを見て、逆に安堵した。
見てるがいい。俺がお前より勇敢な戦士だということを見せてやる。
歓声が、遠くなっていく。
静かだ。
獣が吠えているのでさえ、気にならない。
チャルは勇ましく雄叫びをあげる。
刃を振り下ろした。




