第13話「山頂の神子」
山頂にたどり着くと、平地が広がっていた。
その平地を、積み上げられた石で、周囲を円形に取り囲んでいる。
入ってすぐに広場がある。
中心に、石で盛り上がった円の火床が目に入る。
辺りには、葉っぱ一つ落ちていない。
その場に一歩でも足を踏み入れようものなら、簡単に自分の足跡が残る。
整備された広場だった。
「すごいね、ここ」
アミアンは、自分の足跡を振り返る。
広場を抜けた奥に、高さのある石壁が扇状に広がり、侵入者を拒んでいた。
カカは大きく息を吸う。
「祭司様、白人たちを連れて参りました!」
カカの大声は、静かな山頂に響き渡る。
しばらくすると、空に一筋の光が上がり、パンと弾けた。
「筆力だ」
アミアンは、警戒の色を滲ませる。
「いくぞ」
そう言ってカカは、石壁の扉の方へ歩き出す。
扉の前にいる男の門番が、三人を中に通す。
この門番でさえ、村の者とは違い布で作られた服を着ている。顔にペイントなども書かれていない。
門番は羽筆を手に、カカの後ろを歩く二人へ警戒の目を向けている。
中に入ると、真っすぐは進めず、横に進んでいく。途中、傾斜や階段があり、迷路のような要塞になっていた。
セルミネ村のような村と比べると、ここが島にとって特別な場所であることが、一目でわかる。
道なりを右へ左へと進む。カカが中心地を指差した。石造りの建物が見える。
「あそこに祭司様と神子たちがおられる」
「神子?」
「説明は後だ。もう着く」
家の前に辿りつくと、石壁はなくなった。
吹き抜ける風にノアは振り返る。山頂から、ライリー島の全景が見渡せた。
自然の緑が、島全体を支配している。所々に集落があるのがわかった。
島を取り囲むように、海が広がっていた。微かに、大陸の影が見える。
「すごい」
「ノア。気を緩めるなよ」
「わかってるよ」
木で出来た大きな扉が、音を立て、ゆっくりと開く。
「お待ちしておりました」
三十代半ばくらいの無表情の女が、三人を出迎えた。この女も白い服を纏い、黒い髪を一括りに結んでいる。
「俺はここまでだ」
そう言ってカカは、ノアたちから距離を置く。ノアはそのことに気づき、カカを見た。
「ここから俺は入れないんだ」
「どうしてですか」
「それがこの島の掟だからだ」
ノアはアミアンにそのことを伝える。
「世話女のハザヤと申します」
「僕はノアで、こっちはアミアンと言います」
「さぁ、中で祭司様がお待ちしております」
ハザヤの案内により、二人は中に入っていく。
ノアが最後に振り返った時、どこか歯痒そうなカカが見えた。
『お待ちしておりました』
部屋に入ると、横並びになった五人の少女たちが、ノアたちに頭を下げた。
少女たちは、光沢のある赤を基調とし、黄色の刺繍で縁取られた衣服を、肩から身体に巻き付けるように着ている。
頭に被せられた布は、衣服と同じ赤色と黄色の刺繍が施され、腰辺りまで伸びていた。
首もとには、水色の石が嵌め込まれたペンダントがかけられている。
長く黒い髪を三つ編みにし、先を紐飾りで結び、お腹の辺りに垂らしていた。
褐色の肌色まで同じで、五姉妹のように見えた。
少女たちは、みな一様に微笑を浮かべている。
「ど、どうも」
ノアは驚きつつも、軽く頭を下げる。
アミアンは、不思議そうに部屋を隅々まで観察していた。
石造りの壁に、幾何学模様が描かれている。左右と真ん中に三つの扉がある。
床には、少女たちの身に纏った衣服と似たような赤い絨毯が敷かれていた。
ここはまだ玄関扱いなのか、四隅に置かれた篝火以外、不要なものは置かれていない。
やがて一番端にいる幼い少女から順に、名乗りはじめる。
「神子のキエラです」「神子のココです」「神子のセンネルです」「神子のレラです」「神子のミュラです」
現状違いを判別するのは難しく、二人は背丈と顔だけをぼんやりと記憶するようつとめた。
「僕がノアで、こっちがアミアンです」
少女たちは、また一様に微笑を浮かべた。
ノアが愛想笑いするその傍らで、アミアンは少女たちに、薄気味悪さを覚えていた。
「こちらです」
世話女のハザヤが、左の扉の方へ案内する。二人はついていく。
少女たちは同行せず、微笑を浮かべ、見守っていた。
扉の先に、また似たような部屋があった。
「こちらです」
ハザヤは右の扉に先導する。そうして次の部屋は、真ん中の扉へ。
「あ、あのハザヤさん」
「なんでしょう」
「失礼ですが、迷ってしまったのでしょうか」
「いえ。目的地に向かっております」
気にする事なく、ハザヤ次の部屋に入り右の扉へ。
さらに左の扉へと、似たような部屋を何度も通過した。
ノアたちは、いま自分たちがどこにいるのか、感覚が麻痺しかけていた。
「ノア、変だ」
「う、うん……」
「窓が一つもないんだ。この建物」
「不気味だね」
「逃げるか」
「どうやってさ」
「走ってだよ」
「こちらです。この先に、祭司様がおられます」
そう言って、ハザヤは真ん中の扉に手を差し向けた。
火に照らされたハザヤの顔は、無表情のままだった。
ノアは心拍数が上がるの感じる。気のせいか、後ろにいるアミアンが、首を鳴らしたように思えた。
「失礼致します」ハザヤは、右の扉へ入り、いなくなった。
「どうするアミアン?」
「いいかい。もし身の危険を感じたら僕が時間を稼ぐから逃げろ」
「でも、どこの扉から出ればいいか、もうわからないよ」
「落ち着け。この建物はずっと平面だ。気圧が変わらなかったから、おそらく地下にも行ってない。この部屋はきっと地続きだから、最悪僕が壁を貫通させる」
とは言ったもののアミアンは、この島に来てから違和感を覚えていた。
嗅覚や触覚が鈍っているのか、近くにいる人物を捉える力が、明らかに弱くなっていた。
ハザヤが消えた先も、感知できなくなっている。
「でも相手はきっと羽筆を持ってるよね」
「あぁ。やはり来た扉へ引き返すか」
珍しくアミアンが弱気な一面を見せたときだった。
「旅の者たちよ、入りなさい」
真ん中の扉から、低い男の声が貫通し、二人を呼び止めた。
「なんて言った?」
「入りなさいって」
アミアンは舌打ちをする。いやな汗が、脇から流れる。
「とりあえず行こう」
「う、うん」
アミアンが先導し、真ん中の扉を開けた。
ーーー
本当にこれで良かったのだろうか。
山道を下るカカは、そう自分に問いかける。
千載一遇の好機を、逃してしまったのではないだろうか。
だが自分に何が出来たというのだろうか。白人たちに頭を下げ、事情を話したところで、理解してもらえるとは思えない。
裏切られ、自分が裁かれる未来が容易に見える。
過去に何度か、機会はあったはずだ。
だが、もっと良い機会が訪れるかもしれないと機を逃してきた。
年を重ね、頭が多少回るようになり、余計なことを考えるようにもなった。
結局のところ、この五年間、自分は何も変わっていない。
弱く、臆病で、口だけは調子よく、戦士でも何でもない。
「この臆病者が」
その時だった。
山頂の方から、振動が伝わった。
「なんだ!?」
慣れたように木に昇り、山頂を窺う。
狼煙があがっていた。




