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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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13/21

第12話「接触禁止区域」


 「おい、起きろ」


 夢の中で、声が聞こえる。


 「起きろ白人」

 「はっ」


 張りついた瞼を開く。まだ視界がぼんやりとしている。


 「いつまで寝るつもりだ」

 「ごめんなさい。僕なんか……あれ、アミアン!?」

 「アミアンじゃない。俺はカカだ」

 「カカ……」


 カカという男は、寝ぼけ眼であっても、強靭な肉体を有していることがわかった。

 半裸から伸びる逞しい腕が、ノアの手を無理やり引いた。


 「お前の知り合いが外で待ってる」

 「知り合い?」


 ノアは、入口を見る。

 

 「起きたかい、ノア」


 元気そうなアミアンが、顔を覗かせている。

 ノアは喜々として、立ち上がった。一気に立ち眩み、バランスを崩す。

 即座にカカが、身体を支えた。


 「気をつけろ」

 「あ、ありがとうございます」

 「準備が出来たら、外に出てこい」


 そう言ってカカは、住居を出た。アミアンが入ってくる。


 「元気そうだね、アミアン」

 「お陰様でね。この身体になってから、傷の治りが早いんだ」


 アミアンはすでに治りかけている腕の瘡痕を見せた。


 「君こそ大丈夫かい?」

 「まぁ、なんとか」

 「それより、どうしてノアはここの人たちの言葉がわかるんだい?」

 「えっ?」

 「僕なんて、何一つ理解出来なかったよ。全部身振り手振りさ」


 老婆との会話を思い出す。


 「確かに……どうしてだろう。でも何故かわかるんだ。僕にもわからないんだけど」

 「君って、不思議な奴だったんだね。あの羽筆といい、いったいどこで」

 「あの羽筆はニックおじさんがくれたんだ」

 「ニックが」

 「羽筆……あっ」


 ノアは自分の懐を探る。そこにあるはずの感触がなかった。


 「ない。ない。羽筆がなくなってる!?」

 「奴らに奪われたんだと思うよ」

 「どうして」

 「どうしてって、そりゃ、こんな訳のわからない二人を野放しにするわけないだろ」

 「そっか……」


 そこで、一人の小さな少女が入ってくる。

 まっすぐノアのもとにやってきて、「ど、どうぞ」とコップを渡した。少女はそそくさと帰ろうとする。


 「確か君はウルカ、だったよね」


 ウルカは突然名を呼ばれ、驚いたように背筋を伸ばした。

 

 「うん」

 「ありがとう」

 「どういたしまして」


 ウルカは、顔を赤らめながらぺこりと頭を下げ、その場を離れた。

 ノアはコップの匂いを嗅ぐ。無臭に胸を撫で下ろした。


 「水だ」


 ノアは勢いよく飲み干した。続いて、少年二人がやってきて、とろみのある謎のスープと果実を二人に手渡した。


 「どうもありがとう」 


 同じく少年たちも走り去り、二人は慌ただしく食事にありついた。

 数日間ろくに食事をしていなかった二人は、ぺろりとたいらげた。

 そこで待ちかねたカカが、入口に顔を覗かせた。


 「おい。祭司様のもとに連れて行くんだから、早くしろ」

 「奴はなんて言ってるんだい」

 「僕たちを祭司様のもとに連れて行くって」

 「祭司?」

 「さぁ、なんだろうね。とりあえず行こう」


 住居を出ると、日差しがノアの目をすぼませた。

 周囲を森に囲まれた村には、同じような茅葺き屋根の竪穴式住居が、数十軒建てられている。

 住民たちは、不思議そうにノアとアミアンを見つめていた。

 みな一様に顔にペイントを施している。

 

 基本的に男たちは半裸で、女たちは、胸部や下半身を朱色の布で隠しているだけだった。

 その中に、ウルカもいた。ノアと目が合うと、顔を赤らめて目をそらした。

 

 「君、あの娘に随分と気に入られているじゃないか」

 「まだ子どもだよ」

 「おい、こっちだ。早く来い」


 カカは早歩きにも思える速度で、村を先導する。置いていかれないように、二人も足を早めた。

 

 三人は村を出て、森に入り、二時間ほど歩き続けた。傾斜こそ緩いものの、着実に登っているのがわかった。

 病み上がりの二人には堪えたが、人道があるお陰でまだ歩きやすくはあった。

 途中、崖から見える島の景色を見ると、自分たちが随分と山を登ってきたのがわかった。

 さらに山気が深まり、川のせせらぎが聞こえてくる。


 「休憩しようって言ってくれ」


 息を切らしたアミアンは、ノアの肩に手を置いた。


 「カカさん。休憩しませんか?」

 「あぁ? これだから白人は」


 カカは露骨に顔を歪めたが、川場を指差す。

 木漏れ日が反射した川は、きらきらと透き通っている。


 「水が上手い」


 アミアンは、何度も手で水をすくっては口に運ぶ。ノアもそれに習った。


 「ほんとだ」


 三人はしばらく、手頃な岩場に腰かけた。

 

 「あ、あの」

 「なんだ」

 「ここはライリー島って聞いたのですが、具体的にどの辺りの島ですか。フリマの近くですか?」

 「あ? ライリー島はライリー島だ」


 もともとノアは、地理に明るいわけじゃなかった。カカもそれは同様だった。

 カカは休むことに飽きたのか、必要以上の交流を避ける為か、木に登りはじめた。

 ノアは、カカの木登りを関心するように眺めていた。

 彼がこの自然で生きてきたことが伝わる、身軽さだった。


 「そうだアミアン。ライリー島って知ってるかい?」


 こういう時は、とりあえずアミアンを頼ってみる。それが長年培った、二人の関係性でもあった。


 「ライリー? ライリー、ライリーか……あ、聞いたことある。たぶん地中海に浮かぶ島のことかな」

 「流石アミアンだね」

 「ということは、僕たちはズバエン寄りに流されていたのか」


 アミアンは納得したように、考えはじめる。そこで何かを思い出したかのように、手を叩いた。

 

 「ノア。僕の見立てが正しければ、ここ、接触禁止区域の島だよ」


 アミアンは、できるだけ小さな声で囁く。

 

 「接触禁止区域!?」

 「声が大きいよ」

 「ごめん」

 「って言っても彼にフリマ語がわかるわけでもなさそうだけど」


 アミアンは木に留まるカカに、目を向ける。


 「僕も詳しいわけじゃないけど、おそらくズバエン政府がそう指定しているはず。普通だったら、外部から人を受け入れないはずだ」

 「えっ……それならどうして僕たちは受け入れられたんだろう」

 「わからない。あまり警戒を顔に出すなよ」


 アミアンは、カカの腕に巻かれた羽筆を盗み見る。

 

 「そうだね……」


 いつの間にか木から降りてきたカカは、「もういいだろ。行くぞ」と山道に向かっていく。


 しばらく歩いてから、ノアは事前に用意していた質問をカカに投げかけた。


 「この島には、どれくらいの人が住んでいるんですか」

 「この島には五つの部族がある。お前たちが先ほどまで居た場所は、セルミネ村」

 「カカさんもセルミネ村の人なんですか」

 「俺はセルミネ村の戦士カカだ。お前たちこそいったい何者だ」

 「えっ」

 「突然、島に漂流してきた。お前たちは憔悴しきっていた」

 「僕たちは、フリマからやって来ました」

 「フリマ? あのろくでもない奴らか」

 「フリマを知ってるんですか?」

 「知らない。だが過去に何度も、この島に白人たちが侵入しようとしたことがある」


 おそらくカカにとって、白人はすべて嫌悪の対象なのであろう。

 ノアは質問する際に、細心の注意を払わなくてはと思った。


 「どうして僕たちを救ってくれたんですか?」

 「祭司様のご判断だ。神と交信されるお方だ」

 「神と、交信……」

 「もうすぐ着く。無礼のないようにな」


 鬱蒼とした木々が、開けようとしていた。


 ーーー


 夜のナルジエール港から、中型モーター船が走り出す。

 操縦室には、フリマ兵が二人、何やら忙しなく会話を交わしている。

 仕切りを挟んだ船内で、ナギサは机の上に地図を広げた。


 「情報を整理します。まず虚像者たちは、小型帆船でナルジエール港から、地中海へ逃亡し、現在、約二日が経過しております。ナルジエール港から考えられる候補地としては、まずここから東へ一番近いフリマ領のアオルジーア島。そこからすぐ南にくだると、エドクレア領のザルティクマ島があります。反対に、ナルジエール港から南東方向へ進み、一番距離の遠いズバエン領のナロルカ島、エペサ島などがあります。現在我々は、南東方向へ向かっています」

 

 ナギサは、インクに浸した羽筆で、島の周囲を丸で囲んでいく。


 「漂流している可能性もあるだろう」


 そう言ったオリフィスは、皆と一緒に地図を見ず、ひとり窓辺に立ち、夜の海を眺めている。

 

 「その可能性も捨てきれません。さらにフリマ軍の情報によると、虚像者は身体を負傷し、食料や水などは持ち込まず、逃げるように船に乗り込んだ模様。ここ数日の地中海気候は安定していますが、それらを差し引いても、島に上陸しかつ命があるとすれば、かなりの運も必要とします」

 「どう思う」

 

 オリフィスに促されたミロンは、地図を見るために屈めていた大きな身体をまっすぐ伸ばした。

 今年で四十一歳となるミロン・ネストロヴィチ・バチェリコフは、オリフィス班の最年長者らしく、落ち着いた声で喋りはじめた。

 

 「逃亡者たちは、そもそも島になど向かっておらず、もっと西へ進み、ズバエン王国の海岸や港に着港している可能性も考えられないか?」

 「はい。そこで現在スバエンの港や海岸付近に人を回しています。もし逃亡者の着港が確認され次第、話鳥(はなしどり)を飛ばしてもらうよう頼んでいます」

 「流石の段取りだな」


 ミロンは関心した親のように、ナギサを褒めた。

 

 「いえ、当然です」かしこまるナギサ。

 

 「よっ、クジアの天才、ナギサちゃん!」


 カルロはおどけたように小躍りする。

 決してカルロは、イーローブ圏でよくある、クジア人差別の意味合いを込めてやっているわけではない。

 そのことは、何年も共に過ごしてきたナギサにも理解していた。

 だがこのエドクレア人の陽気さが、純粋に少し苦手だった。

 ナギサは、冷めた目でカルロのくせ毛を掴む。


 「イタいイタい」

 「貴方、階級は?」

 「創造師です!」

 「私は?」

 「筆務官(ひつむかん)様です!」

 「私が貴方の上司だってこと、忘れないで」


 カルロは隅に縮こまり、小さな悲鳴をあげている。見慣れた光景にミロンは苦笑し、オリフィスは興味を示さない。

 ナギサはカールさせた茶髪をはらい、咳払いをした。


 「仕切り直しまして、ズバエン領のナロルカ島、エペサ島には国際出版局の者がいないので、直接出向く必要があります。この二つの島に入ることは、ズバエン政府から既に許可を頂いております。ただ……」


 「どうした?」ミロンが問い返す。


 遮るように「接触禁止区域がある」とオリフィスが口を開く。


 「接触禁止区域!?」


 いつのまに戻って来たのか、カルロが大袈裟に驚いてみせた。


 「はい。もう一つ、接触禁止区域のライリー島という島があります」


 ナギサは、ナロルカ島とエペサ島から少しだけ離れた場所に浮かぶ、島を丸で囲んだ。


 「ライリー島の先住民たちは、外敵に対し、非常に強い警戒心を持っています。ズバエン政府からも、ライリー島にだけは、決して近づかないようにと、釘を刺されました」


 「ライリー島ね……」


 ミロンはもみあげまで伸びた髭をなぞる。


 「なので、逃亡者たちがライリー島にさえ到達しなければ良いのですが」

 「いや、例え少年二人であっても流石に追い返されるだろ」

 「ミロンさんの仰る通り、情報によると、ここ数年、ライリー島に潜入しようとした学者や盗賊などは、すべて追い返されるか、殺されているようです」

 「おいおい、まじかよ……」


 わかりやすくカルロは落ちこむ。


 「ですが、これは最悪のケースです。ですので、我々はまずライリー島を避け、ナロルカ島を目指します。以上です。オリフィスさん」


 オリフィスは、夜の闇に包まれた海を黙って眺めている。


 「オリフィス、余計なこと考えてないだろうな?」


 ミロンは、オリフィスの眼帯を見つめる。

 オリフィスは、ミロンを振り返り力強い左目を向けた。


 「余計なことだと?」

 「ズバエン政府からの指令は必ず守れ。破ると、今後ズバエンでの活動に影響を与える」

 「我々の手助けを必要としているのは彼らの方だ」

 「そういうことを言ってるんじゃない」

 「そもそも、ライリー島は少年であっても追い返されると言ったのはお前だろ」

 「……最悪のケースだ」

 「どのような場合であったとしても、判断をくだすのは俺だ。我々の目的は、虚像者たちの捕獲、もしくは息の根を止めることだ。場所は関係ない。協力しないのなら、誰であろうと、敵とみなす」

 「オリフィスさん、一般人は絶対に駄目ですよ」

 「その一般人が我々を襲ってきた場合、職務を邪魔したも同然とみなす」


 ミロンはため息をつき、ナギサを見る。同じくナギサも困ったように眉をひそめた。


 「まぁまぁ、オリフィスさんもこんなこと言ってるけど、優しいところはあるんだからさ。ね、筆聖?」


 カルロの陽気さにオリフィスは答えることもなく、再び海を眺める。

 重苦しい空気が船内に蔓延する中、船は夜闇を突き進む。

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