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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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12/21

第11話「ライリー島」


 報告によると、数日前に遠海から謎の発光があったとか。

 呑気な者だ。どうせ眠たくて寝ぼけていたのだろう。

 カカは眠い目を擦る。

 こっちはそれどころじゃない。残された時間はないんだ。

 形はどうあれ、覚悟を決めなくてはならない。

 いや、もうとっくに覚悟は出来ていると、何度も自分に言い聞かせたじゃないか。この臆病者め。


 「おい。カカ。あれ、見ろ」


 隣で同じく見張りをしていたチャルが、海を指差す。


 「敵か」

 「わからない」


 「とにかくやるぞ」チャルが腕に巻いた羽筆を抜く。


 カカはゆっくりとこちらに向かってくる船に、目を凝らした。


 「待て」

 「どうした」

 「二人いる」

 「応援を呼ぶか」


 チャルは、首にかけている貝笛を吹こうとする。


 「待て! 二人とも倒れてる」

 「油断するな。敵の作戦だ」


 カカは震えた。怖くて震えたのではない。

 まさか……いや、そんなわけない。

 チャルは、再度貝笛を吹こうとした。


 「待てチャル! 一人立ち上がったぞ」

 「くそ」


 チャルは創造した弓を構える。

 カカも慌てて羽筆を手に、背中の籠に入っている矢をとる。


 「なんか手を振ってる」

 「……狙っていいか」

 「待て。敵意は感じない」

 「油断するな」


 語気を強めたチャルは、船に向かって矢を射る。


 「おい!」

 

 惜しくも弓は当たらず、透き通った海に消えた。

 だが何故か、先ほどまで立ち上がっていた一人は、ふらふらと倒れた。


 「……どういう意味だ」


 チャルは首を振る。

 しばらく観察していたが、二人が起き上がってくることはなかった。


 「とりあえず確認しよう。念の為、笛を鳴らせ」


 チャルが貝笛を吹く。鈍い音が鳴り、島の木々に木霊する。

 木に止まっていた鳥たちが、一斉に羽ばたく。

 カカとチャルは、急いで崖を降りていった。


ーーー


 土臭い匂いが鼻をつく。複数の声が薄っすらと聞こえてくる。

 ノアは、ゆっくりとまぶたを開く。


 「おい、起きたぞ」「起きた」「白人だ」「鼻が高い」「目が青い」


 子どもたちの顔は、物珍しそうに、ノアを覗き見ている。

 子供。あれ、僕、何を、ここは……。


 「アミアン!?」


 ノアは勢いよく上半身を起こす。子どもたちは驚き、距離をとった。

 竪穴式住居の出口と思われる場所から顔だけを覗かせ、こちらを窺っている。

 出口からの光量を察するに、今が夕方だと理解した。

 自分が藁の上で眠っていたことを知る。

 周囲を見る。中央で火が焚かれ、現代では見ないような、家財道具や武器に見えるような道具が置かれている。


 「起きたかい」

 「うわっ」

 

 顔に独特のペイントをした老婆が、近くで小さな石臼を引いていた。

 よく見たら、また近づいてくる子どもたちも、上半身裸で、顔や身体にペイントを施している。


 「ここは……どこですか?」


 老婆は首を傾げた。


 「貴方たちは、誰ですか?」


 またもや老婆は、首を傾げた。


 「わかる言葉で喋っておくれ」


 そう言われて、ノアは、老婆の言葉が確かに、フリマ語ではないことに気づいた。

 そこで何より驚いたのは、この老婆が喋る言葉を、自分が理解できるということだった。


 「あ、あの。僕の、言葉、わかりますか?」


 拙い言葉で、話してみる。

 人生初めて自分の口から出る言葉が、違和感で仕方なかった。

 老婆はゆっくりと頷く。


 「あの、ここはどこですか?」

 「どこって、ライリー島以外どこなのさ」


 老婆は黒い歯を見せた。


 「ライリー島……」

 「ほれ、これを飲みんさい」


 老婆は臼で引いていた液体を、木のコップに注ぐ。液体はどろどろとしていた。


 「ウルカ」


 ダミ声で老婆は、子どもたちがいる方へ呼びかけた。

 呼ばれた女の子がひとり、小さな足取りで、老婆の方へ歩いていく。

 老婆は木のコップを、ウルカという少女に手渡す。

 そのままウルカは、ノアの方へコップを持ってきた。

 コップに入った液体は、震えていた。


 「どうぞ」ウルカは、か細い声で言う。


 ノアはどうしたものか迷ったが「ありがとう」と言って、震えるコップを受け取った。

 暗くて液体の色がよく確認出来ない。薬草と獣臭が混ざりあった、強い匂いが鼻をつく。

 この場にいる皆の視線が、ノアに注がれる。

 沈黙が気まずかった。

 ノアは覚悟を決めて、謎の液体を一気に飲んだ。


 「うっ!?」ノアはむせた。


 咳き込んだノアを見て、子どもたちがきゃっきゃっと喜びはじめる。

 血だ。何か動物の血だ。それを酒と何かしらの薬草で、混ぜていることだけは理解した。


 「最後まで飲みんさい」

 「えっと僕……」

 「飲みんさい」


 ノアは泣きそうになりながらも、コップをあおる。

 不快な味と匂いが、全身を駆け巡った。


 「うっ……うっ」


 吐く。と思ったが、何とか気持ちで、抑えつけた。

 子どもたちは、ノアが苦しそうにしている姿を、喜々として眺めていた。

 そうしてすぐ、ノアは強烈な眠気に襲われた。

 

 「あの……僕、アミ……」


 ノアの視界は、途切れた。

 

 ーーー


 「止めてくれ」


 後部座席からオリフィスの指示が飛ぶ。ヌクルプロム街を走っていた車が、道路脇で一時停止した。


 「どうかされましたか?」

 

 隣で姿勢正しく座っていたナギサが、不安そうに聞く。


 「あれは、なんだ?」


 オリフィスは、橋の近くに出来ている人だかりを指さした。


 「なんでしょう」ナギサは首を傾げる

 

 「おいおい。どうした急に」運転手のミロンが後部座席に顔を出す。

 

 「あれあれ、オリフィスさん。腹でもくだしたんですかぁ?」助手席に座っていたカルロがおどけたように言う。

 

 「降りる」


 そう言ってオリフィスは、即座に車から降り、人だかりへ向かって歩き出した。

 

 「ちょっと、オリフィスさん!?」


 ナギサも慌てて、車から降りる。


 「二人はここで待機していてください! カルロ! 絶対に車から出たら駄目よ!」

 「そんなぁ」


 オリフィスは人だかりを、遠慮なく突き進む。野次馬の民衆たちは、オリフィスに文句を言いつける。

 オリフィスは気にする事なく、前を阻む邪魔な人間たちをどかしていく。

 

 「すみません。すみません。通りまーす」


 後ろからナギサが必死にフォローする。


 人だかりを抜け、警察の集まりが、橋の下にあることを見つけた。

 オリフィスがそこに向かおうとした。


 「ここからは関係者以外立入禁止だ!」

 

 高圧的な若い警察官が、オリフィスの前に立ちふさがった。

 警官は、オリフィスよりもずっと背が高く、嘲笑うように見下ろしている。


 「どけ」

 「あぁん?」

 「邪魔だ」

 「なんだてめぇ?」

 「どけって言ったんだ。耳が悪いのか、でかぶつ」


 警官は顔を真っ赤にし「このチビがっ」と吠え、オリフィスの肩を掴もうとした。

 

 「あ」


 ナギサがようやく人混みを抜けた時には、警官がオリフィスによって背負い投げられている瞬間だった。


 「ちょっとオリフィスさん! 何やってるんですか!?」


 周囲の警官たちが慌ててやって来る。


 「すみません。こういう者です!」ナギサが事情を説明した。


 場が一通り落ち着き、オリフィスたちは橋の階段を降りる。


 「まさかまさか、国際出版局の筆聖様とは。それはもう、うちの若いのが大変失礼を」


 頭皮が後退し太った年配のベテラン警官が、手を擦り合わせ、汗をかいている。

 先ほどから頻りに、オリフィスの顔と、胸に刺さっている羽筆を確認していた。

 

 「いいから遺体を見せろ」

 「えぇ。それは、もう。ハハハ……おい、下がれ!」

 

 ベテラン警官が叫ぶと、何人かの鑑識や警官が、その場を譲った。

 オリフィスとナギサは、橋の下の住処に足を踏み入れる。

 包まれていた布を捲る。

 遺体は、ただの浮浪者だった。


 「年配の浮浪者……ですかね」思ったことをナギサは、呟く。


 オリフィスはじっくりと、遺体の顔を眺めた。

 その後、胸から羽筆を抜き、明かりを灯す。

 遺体の目を見開き、眼球を覗く。続いて、全身をくまなく調べていく。

 少し離れたところで、ベテラン警官は、冷や汗をかいている。

 

 「いやはや、今日は熱帯夜ですなぁ」

 

 ナギサは気まずそうに頭を下げ、その場から距離をとる。

 今すぐにナルジエール港に向かわないといけないはずなのに。

 だがこうしたオリフィスの突発的な行動には、慣れきっている自分もいた。

 改めてナギサは、周囲の環境を観察することに専念する。

 

 机代わりにしていた木箱。

 四柱の木に、布を被せた簡易的な寝床。

 新聞やゴミ、瓶などが、数本転がっている。


 「あれ……」


 遺体の近くに一冊の本が捨てられている。表紙には何も書かれていない。年季を感じる手持ちサイズの本だった。

 何気なく本を手に取り、開く。頁を捲る。ナギサの目が大きく見開く。


 「オリフィスさん!」

 「どうした」

 「これを」


 ナギサは、オリフィスに開いた本を見せた。


 「使用済みの狂書です」

 「まさか。こいつが虚像化していたとでもいうのか?」


 遺体を見たオリフィスは、珍しく冗談を言った。

 それはないでしょう、暴れずにこのような静かな死を遂げることはありませんから、と真顔で冗談を言い返せるだけの度胸が、ナギサにはまだなかった。


 「直近のフリマで、確認されている虚像者は一人しかいません。その虚像者であるアミアン・アンビアーニは、このニックと何か関係性があったのではないでしょうか」

 「使用時期が不明だ。安易な推測にすがるな」

 「……肝に銘じておきます。それと」


 ナギサは、書きかけの原稿を差し出す。

 

 「これはなんだ」

 「この浮浪者の名は、ニック・ギルバートと呼ばれていたみたいですが、そのニックが書いたものかもしれません」

 

 オリフィスは、プレドセン語で書かれた文章に目を通す。

 確かに、インクで書かれた文章とは違い、筆力が宿っている。


 「虚像者の次は、療書を書く羽筆使いだとでも?」

 「わかりません。ただ、一つ不可解なことがありまして。周辺に羽筆らしきものは落ちていなかったようです」


 オリフィスは少し間をとって、思考を巡らせる。

 

 「アミアン・アンビアーニの血液型は、判明しているのか」

 「いえ」

 「使用済みの狂書は支部に回せ。書きかけの原稿はしばらくこちらで預かる」

 「はっ」

 

 オリフィスは、遺体のもとへ戻った。

 ナギサは、未完の原稿をカバンにしまう。

 次にナギサは、口に指を入れ、音を鳴らす。高い音が空を突き抜ける。

 少しすると一羽の鳥が、大きな羽を広げながら、夕空を滑空してきた。

 ナギサは自分の腕に鳥を着地させた。鳥の頬を指で撫でる。

 カバンから取り出していた固形の餌を与える。


 「これはこれは、立派な運び鳥ですなぁ」


 ベテラン警官が、口髭を撫でながら、物珍しそうに運び鳥を眺める。

 ナギサは愛想笑いしながら、手のひらよりも小さい、長方形のカードをカバンから取り出す。

 カードには、数行の筆力文字が刻みこまれている。

 そのカードを、鳥に嗅がせた。刻みこまれた文字が、微弱な赤色の光を放つ。

 運び鳥の足に、使用済みの狂書を持たせた。


 「お願いね」

 

 運び鳥は、独特の鳴き声を叫び、夕空へ羽ばたいていった。

 

 オリフィスは検視に満足し、立ち上がりかけた。しかし、なにかを思い出したかのように再び、腰をおろす。

 オリフィスは、浮浪者の顔を触りはじめた。

 伸び切った無精髭に覆われた顔。

 顎から、頬の辺りを探りはじめる。

 やがて、そこに傷があるのを確認した。

 オリフィスは舌打ちする。


 「どうかされましたか」


 ナギサの掛け声に返事はない。

 オリフィスは、顔から手を離し、立ち上がる。

 その場で目を瞑り、数十秒間立ち尽くした。

 その後、オリフィスは何事もなかったように歩き出す。


 「筆聖様、何かおわかりになりましたかな?」

 「死因はおそらく病死だ。事件性はない」

 「は、そうですか。筆聖様がそう仰るのでしたら、きっとそうに違いない。いやはや、これで一件落着ですなぁ」

 「行くぞ、ナギサ」

 

 ハンカチで額を拭くベテラン警官を無視し、オリフィスは現場を去っていく。

 

 「は、はい」


 ナギサはカバンを肩にかけ直す。ベテラン警官たちに一礼したあと、オリフィスを追いかけた。

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