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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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第9話「逃亡」


 なんなんだいったい。頭がパニックを起こす。

 身体中が痛む。逃げろ。本能がそう言っている。


 「ひっ、ひっ、ひっ!」


 頭から血を流した少年は、鉛のように重くなった足を、必死に引きずる。

 その姿を、後ろから見ていたアミアンは、ゆっくりと口角をあげた。


 ーーー


 アミアンはどこにいるのだろう。

 夢中で走っていると、南東の夜空に、光が拡散されるのを確認した。

 いったい何が起こっているのか。

 まだ距離はあるが、衝撃音が聞こえてくる。


 「アミアン……」


 ノアは光の方へ走り出した。


 ーーー


 ランベール少佐を援護する暇もなかった。

 時間にして、一瞬だった。

 切り替えろ。アランは、何度も自分に言いつける。


 今まで、虚像者と向かい合うことは、幾度もあった。

 ただ、虚像者には病期もあれば、個体差もあった。

 その中には、力を上手く使えない者もいた。

 だが今回は違う。そもそもの動きが違う。


 ランベールを処理した獣が、こちらを見上げた。

 ぎろりとした赤い瞳が、夜闇を突き抜け、アランの足をすくませる。


 「はっ……」あの時の、孤児院の少年だ。

 

 エレンとかいう少女と、目が交錯したので、職業柄の癖として、名前だけは聞いておいた。

 

 確か名は――アミアン・アンビアーニ。


 それに、瞳が赤い。確実に病期が三を超えている。

 なぜ虚像者の病期が三以降になると、国際出版局に事件を丸投げするのか、今になって理解した。

 国際出版局の人間が、どれほどの戦闘能力を有しているのかは、よく知らない。

 だが少なくとも現状のフリマ軍の力を鑑みても、この虚像者は手に余る。

 今まで相対した虚像者と、雰囲気がまるで違う。ただの獣とも訳が違う。

 人間の力を超越した、別の生命体か何かだ。

 まだ病期が四に進み、暴走状態になってくれた獣の方が、幾らかいいのかもしれない。


 「情けない」


 呟き、アランは拳を力強く握りしめる。

 アミアンは、アランに興味を失ったかのように無視し、ゆっくりと地主の息子へと歩き出した。

 増援が駆けつけ、反対屋根に待機するのを確認した。

 アランは、左手をゆっくりと上げる。

 後方に並ぶ部下数名と、反対屋根にいる兵員の羽筆が光を帯び、筒状のような形へと変化していく。


 「ひっ、ひっ、ひっぃ!」


 地主の少年が何度も転んでは、起き上がる。

 その様子を楽しむようにアミアンは、一歩、一歩、わざとらしく歩を進める。

 またもや地主の少年が地面に転がり、そのまま亀のように丸まった。

 何かを泣き喚いている。

 その姿を、アミアンが残酷に見つめていた。

 アミアンが歩みを再開しようとした。


 「撃てっ!」


 アランの号令により、数十発の弾が一斉にアミアンに撃ち込まれる。触覚を頼りに、アミアンは瞬間的にその場を離れようとした。

 そこで、アミアンにとって想定外のことが起きる。

 先程まで亀のように丸まっていた、地主の少年が咄嗟に手を伸ばし、アミアンの左足を掴んだ。


 「撃てっ!」


 逃げ回るアミアンに、追撃の弾が続々と撃ち込まれる。

 アミアンは壁から壁へ跳躍し、逃亡を図ろうとする。


 「撃てっ」力の限りアランは叫ぶ。


 やがてアミアンの姿が見えなくなった。


 「やめっ!」


 アランの号令により、兵員はトリガーから指を離した。

 赤色の光が羽筆に収束し、再び夜の闇に包まれた。 

 こちらは何も動いていないはずなのに、息が切れそうだ。

 だがそうも言ってられなかった。

 部下の名を数人呼ぶ。

 

 「速やかにランベール少佐と少年を保護しろ」


 おそらくアミアンは、何発か被弾したはずだ。

 だが虚像者の病期が判明したいま、国際出版局に応援を要請するべきだ。

 そうしないと、自身の進退にも影響してくるほか、部下たちの命にも危険が及ぶ。

 これまで多少の危険があっても、乗り越えてきた。

 越えてはいけない間違いは、犯さなかった。

 だから誰よりも早く、昇進を果たせた。

 追うも追わぬも、次の指示を出さなければ。

 

 「アラン中尉」


 先日、下士官に昇進したばかりの部下が、アランを呼ぶ。

 下士官軍曹は、鍛え上げられた分厚い胸板の前に、拳を置く。

 確か二等兵の頃から、同郷の馴染みで、ランベール少佐によく面倒を見てもらっていた印象をアランは思い出す。

 

 「どうした」

 「……追いましょう」


 微かに震えた声でそう言う、下士官軍曹の目元は、濡れているように見えた。

 ランベール少佐。責任や厄介事を背負わされることを、何よりも厭い、避けていた男。

 そんな男が、ひとり虚像者と近接戦を行った。

 結果は呆気なく散ったが、増援が駆けつけることができ、一人の命を守ることに繋がった。

 あの赤い瞳に睨まれただけで足元がすくんだ自分に、そんな真似が出来ただろうか。

 

 「私はこれから虚像者を追う。無理にとは言わん。その後咎めることもしない。来れるものだけ、ついてこい」


 活気のある兵員の掛け声が返ってくる。

 隊の士気はある。

 まだ、奴を追える。


 ーーー


 しくじった。

 虚像の力を過信しすぎたことを反省する。

 咄嗟に掴まれた足を払うのに驚き、筆力弾の雨が、アミアンの右腕を貫通し、左足を掠めた。

 虚像化状態もまもなく解けるだろう。

 

 だんだんと痛みが、襲いかかってくる。

 なるべくフリマ兵から距離をとったが、まだ街中だ。

 ひとまず、街を出て、山へ潜伏するか。


 「アミアン?」


 馴染みのある声が聞こえてくる。

 振り返ると、そこにはノアがいた。


 「ノア……」


 負傷したアミアンを見て、ノアは駆け寄ってくる。


 「どうしたんだい、その傷! 血も出てる」

 「なんでもない。ただ……派手に転んだだけさ」

 「嘘だ。どうして裸足なのさ!」

 「嘘じゃない。それより僕、行かないといけない場所があるから」


 そう言ってアミアンは、ぎこちなく歩き出す。


 「行かないといけない場所? こんな時間に? どこさ」

 「ついてくるな」

 「いやだ」

 「シスター・マドレーヌに怒られるぞ」

 「君だってそれは同じだろ」

 「いいかんげにしろ!」


 珍しくアミアンは声を荒げる。


 「それはこっちの台詞だ!」


 ノアもかっとなって、声を荒げた。

 

 「君がエレンから狂書をもらったって」

 「……エレンが話したのか」

 「彼女、全部自分のせいだって、泣いてた」

 「ふっ、馬鹿な奴だ」

 「馬鹿は君の方だ。いったい何を考えているんだ!」

 「お前には……わかるもんか」

 「わかりたくないね」


 数人の街人が、不思議そうにノアたちを見ている。


 「いたぞ!」


 少し離れた場所から、男の叫び声が聞こえくる。

 反射的にアミアンは全力で走りだした。

 ノアもそれに追随する。


 「どうしてついてくるんだ!」

 「うるさいっ。こっちだ」


 ノアは路地を見つけ、アミアンを先導する。

 ヌクルプロム特有の、複雑な路地に入る。

 入り組んだ路地を巧みに走り抜けた。

 

 しばらくして大きな木箱の影を利用し、身を隠した。

 二人は乱れた息を整える。

 複数の怒声や足音が近くを通る。

 二人の心臓が早鐘を打つ。

 ここで見つかれば、アミアンどころか、ノアまで罪を背負う可能性が出てきた。

 ノアは祈るように、何度も羽を立てた。

 やがて、足音は遠ざかっていく。

 二人は胸を撫で下ろした。


 「これから、どうするの」

 「わからない。とにかくどこかへ逃げる」

 「そんなの無理だよ。ろくにお金だってないだろ」

 

 汗ばむアミアンは、大きく息をつく。

 傷が痛むのだろうか。早く医者に診てもらわなければ。

 

 「アミアン、自首しよう。僕も一緒に行く」

 「だめだ」

 「このままだと傷が化膿するよ」

 「自首すれば化膿どころじゃすまない」

 

 「それは……」と言いかけて、ノアは押し黙った。


 確かに、ここまで罪を重ねたアミアンに待ち受ける未来は、明るくないだろう。


 「今からでも遅くない、ノア。孤児院に帰れ。みんなには何も話すな」


 息を切らしながら、アミアンは言う。

 

 「……馬鹿なこと、言うな……」


 身体を丸めて座るノアは、悲しげに呟く。


 「僕はお前のためを思って、言ってるんだ」

 「違う。僕がいると足手まといだと感じてるだけだろ」

 「そうだ。とろいお前がいると腹が立って仕方ないんだ」


 続けてアミアンは、冷酷な声で「さぁ、失せろ」と告げろ。

 

 「どうしてそんなこと……僕たち、友達だろ」

 「友達……違う。お前は、いつも、僕の真似ばっかりして、自分で何一つ出来ない情けないやつで」


 そこで息を吸ったアミアンの感情は、昂っていく。


 「誰にでも優しくて、みんなの顔色ばっか窺って、いつもへらへらして、浮浪者なんかとつるむ、僕がこの世で一番、大嫌いな、偽善者だ!」


 信じられないとばかりに、ノアの怒りの沸点も上昇した。

 

 「君だって、まだ子どもの癖にまるで世界をわかったふりして勘違いしてる、馬鹿な奴で、大馬鹿で、ダサくて、すごく馬鹿で」


 もう自分で何を言っているのか、ノアにもわからなかった。


 「本当は弱いくせに、プライドだけは高くて、本当は助けて欲しいのに、そんなことも素直に言えない面倒な奴で、昔からずっと……腹が立っていたんだよ!」


 なぜか悔しくなって、声を荒げるノアの頬に、自然と涙が流れる。


 「助けて欲しいなんて思ってない!」

 「嘘だ!」

 「嘘じゃない! 早くどっかにいけっ!」


 そう叫ぶアミアンの肩が、大きく震えていた。

 

 「じゃあどうして!」


 ノアは首を振り、両手を交え訴える。


 「そんなに……君は悲しそうな顔してるんだよ!」


 はっとしたようにアミアンは、目を見開く。その瞳は静かに揺れていた。


 「ノアに、僕の、何がわかるんだ……」

 「怖いんだろ。エレンの為の復讐か知らないけど、何人も人を殺して、たくさんの大人たちに追われて、怪我して、怖くて怖くて仕方ないんだろ!」

 「黙れっ! それ以上言ったら、たとえお前でも許さないぞ!」

 「黙るもんか! 僕は、君のやったことは理解出来ない。でも君は、この世界でたった一人しかいない僕の大切な友達なんだ!」

 「お前にはあのクソ浮浪者がいるだろ!」

 「もう……死んだよ……」

 「えっ……」

 「それに、友達が友達を助けるのは当たり前だ馬鹿!」


 アミアンの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

 「いたぞ! こっちだ!」


 建物の上から、一人の兵が仲間を呼ぶ。

 反射的に、二人は走り出した。

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