第三話 弓拳術
——弓拳の理、反発の神髄
「我が拳は強弩をもます。」
鉄の倉庫が唸っていた。
床はすでに凹凸だらけ、壁の鉄板は熱を帯びて赤く、殴り合う二人の動きが空気そのものを歪めている。
サ
レイが静かに足を開いた。
胸を張るのでも、腰を落とすのでもない。
むしろ、全身が“引き絞られていく”ようだった。
「……弓拳術、第一勢。」
ピは眉をくっいと上げてはひそめた。
レイの身体が微かに震えている。だがそれは戦慄ではなかった。
筋が、腕から背中へ、背中から脚へ——一本の“弦”を描いている。
(準備動作!)
レイは息を吸い、肋骨を開いた。
——ビィン……!
音がした。
肉体から生まれた、まるで金属弦を弾いたような音。
「なにィ……?」
ピが目を細める間に、レイの右肩が弾かれた。
否、それは“放たれた”のだ。自分の身体を矢として。
拳ではなく、身体そのものが射出される。
足裏が床を離れ、腰の反動が脊柱を伝い、拳が最後に爆ぜる。
(反動かッ!拳を飛ばした!拳から腰にかかけての質量!殴る動作は突進の構えでもある!)
——ドガァッッ!!
ピの顔面に直撃..に思えたがなんと彼はそのまま体を後ろに倒して受け流した。
「イッ!...どうだ!」
(へへ、俺は分析しながらでも動きとかは止まらないからなおい!お前の上を行ってるぞ!)
しかしレイも特別であった。
ズン! 拳の音。
打撃の瞬間、衝撃は拳先で散らず、弓のように反動して戻り、もう一度押し出される。
二度、三度。
一撃の中に複数の“打点”がある。
止まらない、戻す動作すらも勢いを殺さない技。
「ヒュンん!我が殺人技を喰らえ!」
ピが後方に吹き飛ぶ。鉄骨を三本、背で折りながら転がる。
顔の皮膚が波打ち、頬骨がわずかに歪んだ。
「……ぐ……っ。今の、反動で打ったのか?」
(....速い上に動きを生かしてやがる...)
レイは息を整えながら、微笑を浮かべた。
「拳は腕の延長ではない。“己の弦”の震えだ。」
「は?」
ピの耳に、心臓の鼓動のような音が重なって聞こえた。
レイの全身が一定のリズムで脈打っている。
筋肉、腱、骨格すべてが、調律された弦楽器のように。
(振動..?筋肉の震えだな..肉体の支配ができてやがる。」
「第二勢——《交弦》。」
今度はレイが、左腕を右足の動きに合わせて捻る。
まるで四肢が互いを引っ張り合うような不自然な構え。
次の瞬間、ピは確かに見た。
レイの左手が「押す」動きの中で、右肩が「引く」ように動く。
互いの力が中で反発し、中心に圧が凝縮する。
——ドンッ!!
床が陥没した。
レイはそのまま反発の力で上空に跳躍する。
空中で身体をひねりながら、背骨を軸にもう一度“弦”を鳴らす。
「——鳴弦蹴!!」
真下のピへ、落雷のような踵。
ピが腕を交差して受け止めた瞬間、衝撃が二度響いた。
一撃目は物理的衝突。二撃目は“反動波”——筋の収縮が生んだ、第二の衝撃。
(振動が!筋肉の振動の伝達!)
ピの脚が沈む。床が悲鳴を上げ、鉄の梁が折れた。
だがピは踏みとどまった。
体の、筋肉の震えを無理矢理に止めた。
「いいじゃねぇか……」
ピの顔に笑みが戻る。
血の味が舌に乗り、瞳孔が開いた。
「……それ、俺にもできるかもな。」
「模倣できるものならやってみろ。」
レイが着地した瞬間、ピは既に動いていた。
右腕をねじり、肩から背筋へ、背筋から腰へ。
まるで獣が身体をひねるように、人間ではあり得ぬ角度で自分の腕を“引く”。
それは四足獣の構え!
——メリメリメリィッ!
筋肉が悲鳴を上げ、血管が裂ける音。
それでも止まらない。
ピはその反動を足へ流し、地面を蹴った。
「ぬぅんッ!!」
重力を無視したような踏み込み。
そのままレイへ突っ込む。
衝突の瞬間、レイの拳とピの拳がまたも交錯——。
——バゴォォォォッ!!
今度は両者とも吹き飛んだ。
互いの技理が干渉し、衝撃が倍加したのだ。
鉄骨が千切れ、屋根が崩れ落ちる。
鉄粉が雨のように舞った。
「……ハァ……ハァ……真似るなんぞ!貴様ッ!」
ゴキ
ピは肩を鳴らし、にやりと笑う。
「お前の“弦”、悪くねぇ。俺の肉体、柔軟だ。もっといける。」
ピは自分の腕を後ろへ反らした。
常人なら肩関節が粉砕するほどの角度。
だがピはそれを“力”に変える。曲がることで筋肉の繊維を縮めては、打つ時に筋繊維を逆流させ、弾性を利用して拳を放つ。
「——おう!!」
レイの弓拳と酷似した軌跡。
だがもっと早く、力任せの狂弦と言うべき。
レイが体を曲げ、弓拳術で受け流そうとする。
つまり勢いを流して防御し、体の全体をするが、押し切られた。
(つよがッ!)
シュパン
空気が爆発する音。倉庫の外壁が裂け爆ぜて、外へと飛ぶ。
(力では……勝てんか)
レイは後退しながら、背骨を鳴らす。
音がした。低い、唸るような音。
「第三勢——《折弓》。」
上体を前に倒し、肩を極限まで内側へ絞る。
筋が、肉の中で交差し、互いに“ぶつかり合う”構造を作る。
弓を逆に折るような、常識外れの姿勢。
ピが眉をひそめる。
「折ったら壊れるだろ、普通。」
「折れねば、しなる。響拳!」
レイが放った。
身体が“爆ぜた”ように動く。そんな音がした。
まるで響賊と呼ばれるような古代が強盗馬族が警戒ように放つ矢が如しの響き。
もはやそれは飛んでいる。
見れば強大な力を頼りにして、肩から拳まである。
肩から拳へ伝わる力は、外に向かわず、螺旋を描いて回り込む。
ピの脇腹に拳がねじ込まれた。
「ぐはッ!」
金属めいた肉体の内部で、何かが割れた。
ピの背中から汗が飛んだのか煙のような蒸気が漏れ、血と熱が混ざる。
「——まだだ。」
レイが回転しながらさらに二撃目を放つ。
脚を軸に全身を弦のように使い、反動を利用した連撃。
ピは腕で受けるが、今度は押し返される。
ピの背で湾曲する。
「ハハッ、こいつぁ……楽しいな!」
ピが吠える。
その叫びは笑いとも咆哮ともつかない。
筋が爆発し、身体がまた“捻じ曲がる”。
「弓拳術? 上等だ。俺のは“....知らん”だッ!!」
(なっ...!鎖...!筋!!)
ピが自ら名をつけようとしたそれは“鎖筋”と呼ばれる一種の境界に到達したものである。
彼の身体が鎖のようにねじれ、伸び、跳ね返る。
まるで肉体そのものが鉄鎖になったかのような動き。
それが鎖筋
ならねじるで伸びるでは縄ではないか?
違う、鎖とは伸びるだけでなく、また彼が肉体を繋ぎ止めて、圧縮する。
弓のしなりではなく、鎖のうねり。
互いに似て非なる理。
筋肉を無理に縮めて極限の状態で動かす理。
「止めだぁ!レイッ!」
拳が交差する。
レイの“弓”とピの“鎖”がぶつかり、空気が共鳴する。
音が低く鳴り、次第に高く、金属音へと変わっていく。
——キィィィィンッ!!
大地が振動した。
土砂が雪のように舞い降りる。
衝撃波が地を伝わって抜け、外の港の海面を波立たせた。
ピが笑う。
レイも恐る。
「レイ!」
「わあああ!」
だがまだ左拳同士でぶつけただけで、右も残っている。
利き手でない右拳ならば威力は減るか?
否、動きが始まれば次の追い討ちではさらに力がますばかり。
轟ッ!
互いの拳がもう一度交差した。
今度は完全に同時。
弓と鎖が絡み、共振し、同じ波を描く。
同じ振りで拳が打たれる。
ピが構えたからだ。
まるでレイの拳に絡むように、それは鎖が絡み合うように、相手の軌道に最大限残るように放つ時だけではなく常に体を動かしていた。
そしてその時も力を殺さずにどんどん体を圧縮し、反発する力を増すようにしていた。
いわば常に体を圧縮する!罪人にとっての鎖のようなもの
故に鎖、故にレイとぶつかる。
——ガガガガガァァァッッ!!
空気が震え、地が軋む。
床が割れ、下の港水が吹き上がった。
「うぉおおおお!」
——ドガァァァン!!
衝突で、レイが完全に吹き飛んだ。
夕陽が差し込み、二人の影を照らす。
熱気と鉄の匂いの中、赤い光の中で、ピは髪を濡らしては肩で息をした。
「どうやら放つ寸前だけ縮めたり伸ばしたりする弓よりも俺の方が強いな。」
「もっとも命名はできないがははは。」
「う...うっ」
(重い...死ぬぅ...)
「あれ?...ええと?ヤマ?生きてる?」
「こ、こい...つをどかしてくれ...」




