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修羅神   作者: 不病真人
第一章 撼世奇人

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第二話 武芸

 ——風が、止まった。

 倉庫の外壁に空いた穴から、鉄の粉塵がひらひらと落ちる。

 ヤマは、その破壊跡の中心に立っていた。

 身体は斜めに折れ、呼吸のたびに骨が鳴った。


 「……お前が、“ピ”か。」


 声が低く響いた。

倉庫は広いのか。


「へ」

 相手は笑う。

 上半身は裸、背中に鞭のような筋肉が走り、

 皮膚の下ではまるで電流のように血管が脈動している。


 「そう。プリケツマンだ。最近よく呼ばれててな、悪い気はしない。」

 ピは笑いながら拳を鳴らした。

 その音は、ただの骨の摩擦音ではなかった。

 まるで金属の棒で金属の球を打ち合わせたような、圧のある破砕音だった。


「プリプリマンじゃないのか?」

 


 次の瞬間、風景が跳んだ。


 


 ——ドガッ。


 ヤマの右頬が陥没した。

 肉が波のように沈み、血が花のように散った。

 顔の形が一瞬で変わる。


 ピの拳がもう一度閃いた。

 それは“拳”というより、何かの圧力塊だった。

 空気が爆ぜ、ヤマの胸骨が弓なりに折れた。


 「ぐっ……が……ッ」


 吐息とともに、骨の隙間から泡混じりの血が吹き出す。

 それでもヤマは倒れない。

 いや、倒れるより早く再生が追いついていない。

 肉が再構成される前に、また殴られて壊される。


 


 ——バキ。バキ。ドシュ。


 


 ピの連打は、もはや人間の速度ではなかった。

 拳が入るたびにヤマの体内で骨が順に砕け、

 砕けた破片が筋肉を突き破って飛び出す。


「闘いを侮辱するかッッ!話しすぎだ!貴様ッ!」


しかしそれでもヤマは形を保っていた。

 常人なら一撃で消し飛ぶ暴力を、五十発、百発と受けてもなお立っていた。

 だが、耐久とはその構造であって、破壊されぬことではない。

 あのピだかプリプリ野郎だかの拳が持つ“密度”の前では、ヤマの骨も人と同じ音を立てる。


 


 「おらァ」

まだ折れる!まだ鳴るッ!


 ピは叫んでいた。

 血の霧の中、殴ることそのものに快楽を見出している顔か。


ヤマには見えない、あいつが何をしているか。

 殴るたびにヤマの形が変わるからだ。

眉骨が砕けば視界は遮られる。

 腕は曲がらぬ方向に折れ、膝は逆関節のようにひしゃげ、立てなくなれば。呼吸も辛い、傷だらけだからだ。

だが攻撃は止まない。

追い討ちをかけるように連打はくる。

 肋骨が喉を突いて、息の音が泡立った。


 それでもヤマは反撃をした。

頭で!

頭突きだ!


 その頭突きは——ただ“振り上げた”だけ。

 力も速度もなかった。

 だがピの眉がわずかに動く。


 


 「……笑ってんのか、てめぇ。」


 


 ヤマの口角が上がった。

 頬が半分潰れ、歯が剥き出しのまま笑っていた。

 その笑みは挑発ではなく、“理解”に近かった。


 「……わかった。お前……“強ぇな”。」


 ピの拳が、最後の一撃を放った。


 


 ——ゴシャッ。


 


 倉庫の鉄壁ごと、ヤマの身体が吹き飛んだ。

 後ろの壁を三枚抜け、外の港区画まで転がる。

 肉が地面に叩きつけられるたび、破裂音が響いた。


 もう動かない。

 腕も脚も、もう形を保てていない。


 


 ピはゆっくり歩み寄った。

 血まみれの地面を踏みつけ、ヤマの顔の前に立つ。


 「名前、何つったっけ?」


 「……ヤマ。」


 ヤマは、潰れた喉で必死に答えた。

 そして、目の前の男の顔を見た。


 「お前……最近、有名な……あれじゃ……ピ——」


 「おう。」


 ピは笑った。

 夕陽を背に、血煙を浴びながら。


 「そうだ、よくわからないがこの服装で尻がよく見えるからっていろんなやつからそう呼ばれてんだ。悪意のやつらだろうが案外いいものさ。記憶がない、名がない俺には。」


 


 世界が静止したような時間。



「....変だ...お...ま」

 港の風が吹き抜け、倒れたヤマの身体から、まだ温かい蒸気が上がる。

 その肉体は、確かに人の形をしていたが、

 どこか——奇妙にも兵器のようにも見えた。


そこまで人の肉体が破壊される。

 

言えば、拳と肉と血で語る世界。

まさにそれだ。

 名を冠する者が猛者か。


ここで初めて“敗北”を知る。


自分が名を響かせていないのはただ運に恵まれていないのでない...


(強ぇ...上にはまだ上があるのか...)


 「お前、俺の元につけ。その意思、気に入った。」


「シャオ!」


 ——カンッ。


 乾いた衝突音。

 ピの眉が上がる。


腕先では誰かの足がある。


飛び蹴りか。


 ピが反応するより早く、音の元は跳躍し、そして回転しながら落下する。

 そのせいで踵に爆裂するほどの回転力を乗せて、ピが受け切れるかどうか悩む飛び蹴りを叩き込む。



 「——シャオッッ!!」


 蹴りの瞬間、男の全身が弓のようにしなり、

 筋肉が鞭のように走り、靴底から衝撃波が噴き出す。


 しかし。


 ——ガシィッ!


 ピはその蹴りを片手で受け止めた。

 床が沈み、床がベコリと変形する。


(なっ!この衝撃!)


感じるは奇妙な衝撃


 


 ピは目を細めた。


 「……なんだ、いきなり。言ってから飛び込んでくるのか?」


(今の叫び...明らかに後にくる攻撃が力を増した...)



 「これはこれは、私の不意打ちを防げるとは...賊とは言えど惜しい。どうだ、心を改めるつもりはないかね。」


 「なら姿を見せるんだ!」


「ではいいだろう」


影からゆっくり歩み出た


飛び蹴りの存在——

それは褐色の肌、鋭い目つき、素早い呼吸で胸郭が膨らんでいる

(やはり息がおかしいのか。)


 「誰だ!お前は!奇声男!」


男は、ヤマほどではないがしなやかな体躯を持ち、全身がしなるような姿で立っていた。

 服装は黒と赤の混じった衣、肩や腰に金色の飾りが走っている。


(……強者の匂いがする)


 ピは直感的にそう思った。

 殴り合いの天才が持つ、獣の鼻がそう告げた。


 男はヤマの横にしゃがみ、その顔を見た。

 そして静かに瞑目し、姿勢を正した。


「...ぐっ」

ヤマは不機嫌そうに息をするがもう立てない。

話せれば彼が今一番に言いたいのは俺を死人扱いするなだろう。


 「名は?」


 少し低い声だった。


 ピは答えかけたが——


 男はすぐに顔を上げ、ゆるりと笑った。


 「いや、違うね。名乗るべきは私か。」


 立ち上がり、姿を正し、拳を胸の前で組む。


その瞬間、倉庫内の空気が変わった。

 生身の人間が発するとは思えぬ気圧のような圧が走る。


「私は!」

 「来いよ、奇声マン!!」


「いや、レイッ!」


 「シャウ! 」

足踏み



 「ワダァァッ!」


 「んんだそれ!?」


 「フン……!」


 息ひとつ吐いては身体を捻る。

 ピの防御のために胸の前にある手を足で振りほどき、蹴り解くと地面へ着地し、猛烈な振り翳しがくる。


「はっ!」

 ピは肩をすくめ、笑った。


 「やっぱ奇声マンだわ」


 「違うと言っているッ!!」


 ——「ギャオォォ!!」


 叫びながら突進。

 速度はさっきのヤマより数段上。


 ピは前傾姿勢になり、迎え撃つ。


衝突。


 ——ドガァァッ!!


 拳と拳がぶつかり、

 倉庫の空気が爆散する。


 煙が嵐のように巻き上がる。


シャオは拳を引き、両腕を交差しながら旋回。

 顎を狙って蹴り上げる。


 「シャオ!天弧脚ッ!」


 「技名言うんか!!」


 ピは腕で受け、後方へ流し、

 即座に踏み込み返す。


 「おらァ!!」


 拳が嵐のごとく放たれる。


 シャオは回転し翻るように避けながら、奇声を上げ続ける。


 「ふん 」


「どうだ!触れれば死ぬぞ!」

 シャオは壁を蹴って跳び、逆さの姿勢で拳を振り下ろす。


 「逆天拳ッ!!」


 ピの眉が引きつる。


 「いや、その技名カッコいいじゃん! 最初の奇声どこいった!?」


 「技は技! 気合いは気合い! 別物だッ!!」


「嘘だけどな!闘いで技名を言ってどうする!」

 

 拳が交差し、

 シャオの高速蹴撃と、ピの密度の高い拳圧が暴風を作る。


 床が抉れ、壁が砕ける。


 ピは唇を舐め、


 (……速ぇ)


 と感じた。


 シャオは呼吸を荒げながらも余裕の笑みを浮かべる。


 「レイだッ!!」


 ピの拳が止まる。


 「……今の何?」


 「レイだ!俺の名前だ!」


 「ダッサ、いやシャオじゃなかったの?」


 「シャオは気合いだ!! 本名はレイだ!!」


 ピは腹を抱えて笑った。


 「じゃあ今の全部なんだよ!」


その瞬間、レイの拳がピの顔面へ突き刺さった。

 ピの金属めいた硬い肉体が揺れ、後方へ弾かれる。


 勢いのままレイは首を転がすように回し、肩を鳴らしたと思えば体が揺れた。

 その音は関節音より、鈴に近い音のようだった。


 

 ——ヒュッ!


 空気が裂けた。


 レイの姿が揺らいだと思えば次に目に映った時には、すでにピの懐へ滑り込んでいた。

 踵が地面を滑り、右手が弧を描く。


 「鷹爪功・三断ッ!」


 指先が刃のように伸び、ピの胸を裂こうと迫る。


 ——ガッ。


 その瞬間、ピの腕が跳ね上がり、衝撃が両者の間で爆ぜた。


 「へ」


 ピが笑う。


 シャオが返す。


 「まだ始まりだ」


 ——ドンッ!


 シャオの膝が突き上がった。

 ピの猛獣じみた、いやそれ以上の反応速度を越え、顎を狙った鋭い一撃。


空中にいる状態では受けるしかない。

 ピは蹴られるがまま後ろに飛び、衝撃を殺す。


 「ぬ……っはは!」

「いいねぇ! 奇声マン!」


 シャオの笑顔が凍りついた。


 「奇声ではない。技名だ!」


 「いや、お前声奇妙だったぞ? 鷹爪・三断〜ッ!って」


 「違う!レイッ! “レイ”と言うんだ!」


 「……いや、奇声マンのほうが覚えやすいけど?」


 「レイだッ!!」


 奇声.....——いや、レイは叫び、再び姿が掻き消える。


 ——ヒュパッ!


 次は水平移動。

 その動きはまさに弾丸、踏み込みの軌跡に残像が線のように走る。


 拳が、掌が横から突き刺さる。


 「奔雷掌ッ!!」


 ——ガッ!


 ピは腕で防御したが、体が弾かれ壁に叩きつけられた。

(予測不能な高速、いや体を震わせて視界を邪魔したか!)


 倉庫の鉄板が波打つ。

破ける。


 ピは跳ねるように立ち上がり、口元から血を拭った。


 「……派手だ。好きだぜ、そういうの!」


 レイは静かに構える。


 「闘いとは“魅せる”もの……だが同時に“殺す”ものだ。お前の拳……密度は凄まじい。だが粗い。」


 「粗い? 俺の武芸に文句つけるのか?」


 レイは伸ばした手の指をひらりと動かす。


 「強い。だが洗練されていない。“暴力”だ。所詮は賊。」

  

「だからこそ……」


 次の一瞬、レイは爆発したように動いた。


 床が砕け散り、足元が陥没する。


「武芸として芸が足らん!」

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