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修羅神   作者: 不病真人
第一部 撼世奇人 

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12/12

第十二話 猛毒

ヒリュウの命乞いからの卑怯にも予備動作ゼロのタックル攻撃があった。

フォンはそこをトドメとして利用して、彼を倒した。

「ウヒョ〜」

 そんなあとだった。


 「うるさい」

「おお?レイ!勝ったのか?」


 「当たり前だろうよ、まったく....」


グル グルン

フォンは肩を回した。

さっき叩き込んだ拳の感触がまだ残っている。

ヒリュウの顔面にめり込んだあの一撃。骨が嫌な音を立てて潰れた感触は、拳を振るう者なら忘れないものだ。


 足元に転がるヒリュウの顔は、もう顔の形をしていなかった。鼻骨は完全に潰れ、頬骨も内側へ押し込まれている。拳がめり込んだ部分は丸く凹み、血がゆっくり流れていた。だが死んではいない。胸はかすかに上下している。


フォンがしゃがみ込み、ヒリュウの頬をぺしぺし叩いた。


「おーい、生きてるか?」


返事はない。

レイが鼻を鳴らした。


「気絶してるが何をする気だ。」


フォンの考えでは、死ぬより酷い運命はいくらでもあるだろう。

特に奴隷なんかに連れて行かれた人間の末路は大抵決まっているはずだ。


 (俺ってどれくらい記憶が残ってるんだろう...なんとなくだが、最後にぶっ飛んでいった記憶はあるけど。)


レイはヒリュウの装備を見下ろした。

鎧、油で黒く光る革のベルト、剣闘士ゆえに薄着だ。

「売るにしても売れんな」


「売るに?やっぱ闇市ある?」

 「この奥さ、下水道の奥に闇市がある。闇市と言ってもおそらくは覇大王が認めてる。」


「へぇーこいつ売ればいいんじゃね」


フォンは手際よく作業を始めた。

 鎧の留め金を外し、ベルトを抜く。

革鎧は砂と血で重くなっていたが、それでもまだ売り物になるだろう


靴を脱がせる。

ズボンも引き剥がす。

最後には完全に裸になった。

「これで身分はわからないだろう」


 「無理がある」

ヒリュウは下水の石床の上で、情けない格好で転がった。

顔は凹み、体は泥と血で汚れている

フォンが笑う。

「いやあ、ついこの前の俺みたい、全裸、もっとも俺よりプリケツではないが。」

レイはヒリュウの腕を掴んで持ち上げた。

「こい」

 「つれないねー」

フォンはヤマを背負う。

二人は下水道の奥へ歩き出した。


 「あっ!?何これ?トカゲ」


「ワニだ、豚婆龍と呼ぶやつもいる」


 「デカすぎねぇか...」


街の地上は銃とか剣とかが睨み合う世界だが、地下はまた別の世界だった。

超巨大な生物がうじゃうじゃといた。


 「ウヒョーキノコ!!」

フォンは大のキノコ好きだったらしい。


「うむあー!!」


 下水道の都市は上層の残骸を寄せ集めてできたのに見える。

流れ着いたものであるのが大半だった。

かつて文明が栄えていた頃の証のコンクリート管が、今では闇市場への通路として使われている。

水は濁り、鉄臭い匂いが充満する。

 フォンはそれを全く気にしていないか溝のキノコを食べては漁り、集めていた。


壁には古い広告板の残骸が貼りついている。

意味のわからない旧時代の文字が半分剥がれていた。



 「お?面白いなぁこれ?」


時々、能力者の残した痕跡もある。

 壁が溶けたように歪んでいたり、拳の跡がコンクリートに残っていたり。


フォンが鼻をひくつかせた。


「臭ぇな」


「下水だ」


「いやそれだけじゃねぇ。焦げた臭い、なんだろう」


レイは少し笑った。それはフォンは感知の要領を掴んだことに喜んだのか、または単にその姿を面白がったのかは確かではない。

 だが二人の関係は少しは柔らかいてきただろう。


しばらく進むと、音が聞こえてきた。


鉄を叩く音。

怒鳴り声。

笑い声。


そして機械のうなる音。


レイが言った。


「着いたな」


 通路を抜けると、巨大な地下空洞に出た。


そこには繁盛な市場と呼ぶべき場所が広がっていた。


 まるで砂漠の都市のように、砂塵があり、電灯が並んでは、明るくなっていた。

さらに鉄板とスクラップで作られた屋台が並んでいる。

 遠くの上にはパイプが張り巡らされ、そこから電線が垂れ下がり、裸電球が揺れていた。

地下と思いにくい場所であった。


それだけではない。

砂漠の部族か、舟を持って歩く数名、傭兵か、義手の男、機械脚の女、上とはまったく同じだ。

「人口密度えぐいなここ、レイ」

そんな大勢に人がいるからこそ商品もたくさんとあった。

銃。薬。部品。改造インプラント。そして奴隷。


フォンが感嘆した。

「いろいろあるんだな。」と


 「売るぞ」

レイはヒリュウを肩から落とした。

どさり。


全裸の男が転がる。


周囲の何人かがちらっと見たが、誰も驚かない。

この市場ではよくある光景だ。


 二人は散策がてらに、奴隷商の屋台へ向かった。


鉄格子と鎖が並ぶ店だ。

店主は細い老人だった。片目が義眼で、背中に金属フレームを背負っている。


老人はヒリュウを見るなり笑った。


「ほう……」


レイは言った。


「売り物」


老人は杖でヒリュウの顎を持ち上げた。

顔の凹みを見て、笑う。


「おやおや」


「殴りすぎたか?」


フォンが聞く。

老人は首を振った。

「いや、いい。闘技用奴隷なら問題ない。むしろ面白い。」

老人はヒリュウの腕を持ち上げ、筋肉を確認した。

「体は悪くない。しかし少し見覚えがあるやも」

「いくらだ」

レイが聞く。

老人は少し考えた。

「六枚じゃ」

 「ん?」

フォンが疑問をそのままに聞く。

「おお、高いのか?それ?」


老人は答えた。

「この市場では、壊れてる方が人気の時もある」


レイは頷いた。


「売った」


何かが渡されたがフォンはそれよりもバレるのが心配なため、先にヤマを背負っては逃げるようにして出た。

(見覚えって...上のガルドとか言うやつもここきてるとか...?ヒリュウが護衛だったりして?)


その間に奴隷商の手下がヒリュウの足に鉄枷をつける。

ヒリュウはまだ気絶したままだった。

目が覚める頃には、自分がどこにいるのか理解するだろう。

だがその頃にはもう遅い。

取引を終えたレイとフォンは市場を歩き始めた。


 あるところの前では、巨大な鎖鎌が売られている。

その隣ではドーピング薬の瓶が並び、危険な紫色の液体が揺れていた。

中には人間の腕を改造して、油圧義手にする手術が行われている。

鉄の匂いと油の匂いが混ざっていた。

話別れて二つ、天井を眺めてフォンが言う。


「地下きたのはいいけど大会参加どうすればいいんだ?」

(そもそもここでれるか?)


「上とは繋がっている...おい、ヤマ、死んではないか?」


 「息はある、薬も塗った。」


「そうか、ともかく上ではないものはここにある、まず装備を集めるにもいいだろう。」

 「そもそも上にも薬やら武器はあったがなんでここは...?それに科学者とかは」


「いいや、科学者のあれは神族というやつらだ。大会を前にして戦いをしていい相手ではない。」


 「じゃあここは?」

「上に行けない奴らの集まりだ、覇大王の仕業でな。」


フォンがキノコを囓る手を止めて、レイの横顔を見た。

「酷いやつだな」


 「そうだな」


 レイは市場の喧騒を背に、ゆっくりと天井を見上げた。無数のパイプが絡み合う天井の奥に、太くて古びた一本だけが、赤錆と黒い煤をまとって他のパイプとは違う角度で伸びている。

あれだけは、明らかに地上へ向かっている。

「あそこ」

フォンがキノコを囓る手を止めた。

「え? じゃあ何すんだよ、あああ」

「上に上がる。このパイプを辿る」

 二人は市場の端へ歩き出した。

奴隷商の屋台を横目に通り過ぎる。ヒリュウはまだ鉄格子の中で気絶したまま、足に枷をはめられていた。

フォンが小声で聞いた。

「この闇市って、上で生きていけねえ奴らの集まりだろ?なんでこんなに人がいるんだ?うっかり俺らがヒリュウさらったのバラさねぇか?」

レイは振り向きもせず、答えた。


「覇大王がそうさせてる。地上で全部奪われて地下に落ちた奴らが、ここに流れ着く。食い物は腐った残飯かお前が食べたあのキノコか、たまにはペットの魚。」


 「へぇー」

「そんなが全部、覇大王の配下が売ってる。支配している弱い奴は踏みつぶす。踏みつぶされて這う奴をまた踏む。」


 「ほえー」

 市場の奥、崩れたコンクリートの階段にたどり着いた。

そこからパイプの束が地上方向へ伸びている。レイが根元の太いパイプに手をかけた。

表面は冷たく、湿っていて、指先が錆でざらつく。

「このパイプの中は昔の排水幹線。塔の基部まで直通だ。表向きは下水処理用だが、実際は、今に監視用のものだ」

コン

(お、なぜ音を出すんだレイ?」

フォンがパイプの表面を叩いた。鈍い音が響く。

「むぬ、独眼コブラってなんだ?大王の手下?」

「ああ。片目に赤い光学義眼を埋め込んでる。熱源も動きも全部見える。武器はプラズマカービンにワイヤー付きの電磁鎖。捕まえたら殺さずにさらに地中深くにある地下牢に放り込むのが好きな悪趣味な男、それをやつは自分で言いふらす」


「なんでそこまで知っているんだ。」


 「普通は知る、この世は大王と称するやつらの土地に来る前には表向きにしれている情報をせめて知るべきだが」

そう言ってレイは横目でフォンを見る。その表情は決して誉めている顔などではない。

 「ああ、俺は記憶を失くし...ているかも?なんだか最後は誰かに殴られた気がするんだ」

「そうか」

サシュ

 レイが懐から焼け焦げた金属片を取り出した。

「これで最初のゲートは開く。でもその先は複雑だ。すぐには脱出できない」

 二人はパイプの入り口に立った。内部は真っ暗で、鉄と腐敗と化学薬品の臭いが混ざって鼻を刺す。

ごつん

レイが先にハシゴに足をかけた。金属が軋む音が響く。

「俺が先。お前は俺の足音を頼りに登れ。音が途切れたら即止まれ。赤い光が見えたら体を壁に押しつけて息を殺せ」

フォンが頷き、彼らはパイプの中へ滑り込む。


 最初はハシゴが続いていた。十メートル、十五メートル。だがすぐに梯子が途切れた、そこからは壁の溶接痕や突起を指で掴み、足を滑らせないように這い上がるしかない。

肩幅ギリギリの筒内は息苦しく、バイオ廃棄物の粘液が体に絡みつくし、臭いは最悪というべきのものだ。

二十メートルほど登ったところで、レイが急に止まった

フォンはすぐにそれを捉えて、動向を見る姿勢へと移る。

 ━━ギギギ

頭上から、低い電子音が連続で鳴る、長く聞けば耳鳴りを起こしそうな音は赤い点滅する光と重なっている。

長くここにいたら気がおかしくなりそうな環境だ。

 それらがパイプの内壁をゆっくりと掃引し始めているように動きを見せている。


 「監視カメラだ。一つじゃない。少なくとも三方向から、赤い光が交差するように動いている...気をつける」

レイが体を壁に押しつけ、フォンを手で押さえ込んだ。

「動くな。熱源センサーも連動してる。光が体に当たったら即反応だ」

 赤い光がレイの肩のすぐ横を通過し、フォンの頭の五センチ上を横切る。

すぐに体を捻り回避する。息もせずに。

三十秒。四十秒。ようやく光が消えたが、今度は別の低い唸り音が響き始めた。

 巡回ドローンだ。パイプの内壁を這うように、小さなゆっくりと降りてくる。

レイが指一本で合図を送った。

二人とも完全に体を壁の凹みに押し込み、息を止める。

ドローンがすぐ横を通り過ぎる。

巡回のように回転をしているが、なんとなく、わずかに二人の方向を向いた気がした。

だが、結局は止まらずに上昇していった。

 フォンが小さく吐息を漏らした。

「ほ……」

 「まだ序の口だ。こんな場所で迎撃兵器がないのもおかしい。罠があるはずだ。」

 「そうか」

(ヤマ...こいつを背負ったままで、かわし切れるかどうか....)

 フォンが心配している中レイが再び動き出した。。

そこからパイプはさらに狭くなり、息が詰まるほどだ。

三十メートルほど登ったところで、突然壁に小さなハッチが見えた。

レイがそれをなぜかこじ開けようとしているのをフォンは見た、しかしその瞬間、ハッチの横小さな赤い光が点灯した。

「チッ……」

「うぉ!」

 レイが体を伏せ、フォンを引き倒した。

次の瞬間、ハッチの周囲から細いプラズマ線が三本、  横切った。熱風が二人の髪を焦がす。

ヤマは髪の毛が少し切れた。

「このハッチは罠だ。開けると即反応...!」

フォンが息を荒げながら聞いた。

「回避しながら、と言ってもこの壁じゃ俺たちの腕力で持つか...どうか...」

 「別の道を探す。パイプの継ぎ目を探せ。古い溶接が緩んでる場所があるはずだ」


「路線変更だな」

 二人は壁を這いながら、ゆっくりと横に移動し始めた。

体力が磨耗するが、罠の触発してその攻撃を避けるよりは相当に楽と言うべきだろう。

 パイプの継ぎ目を指で探るも汗と粘液で手が滑る。何度も足を踏み外しそうになる。

ようやく、わずかに緩んだ継ぎ目を見つけたレイが体全体で押し込み、そこからわずかに隙間を開ける。

「ここだ……だが狭い。体を横にして這い込め、先に行け、お前の力でヤマを入れて、動かすのは無理だ


 フォンが先に体を滑り込ませた。


 継ぎ目の先はさらに細い副パイプと言うべきのものか。

(抜け道はあったな、使わないものをちゃんと改造しないからこうなるんだぞ!)

 息ができないほど狭い。肩が壁に擦れて血が滲む。

レイが後ろから続く。

「罠じゃないよなこれ」

「この副パイプを五十メートル這って、本パイプに戻る。途中でまたカメラの掃引がある。絶対に動くな」

 

サ、ズサ

 二人は這い始めた。暗闇の中、金属の冷たさと粘液が体を包む。

息を殺し、指一本動かさずに進む。

蛇のように。

体や腰をくねりながらに手は太ももにピッタリとくっつくように、両の腕を伸ばす。


 五十メートル先で、再び本パイプに戻ったか、少しは道が開いてくるものだった。

だが今度は頭上に誰かの足音が響いている。

重いブーツの音。ならば人だ。

 それも二人のすぐ上だ。

(近い!?)

足音が近づき、止まり、また遠ざかる。だが完全に消えない。もう一組が反対側から来ている。

つまるところ、フォンたちが時間を見計らって、上にいる者らの視界の死角を探して、逃げるなんて事も出来なくなってしまう。


フォンが歯を食いしばった。

「くそ……いつまで待てばいいんだよ」

「静かにしろ。」

 二人は壁に張り付いたまま、身じろぎもせずに待った。

 汗が目に入る。息が熱い。パイプの外では、独眼コブラの低い話し声が聞こえてくる。

「……賎民の臭いがするな。最近、上がろうとする奴が増えてる」


やつの話がする間も体は決して状況を読んだり苦しんでいるその持ち主を労ったちはしない。

故に汗が流れてはそれが目に入る。

(ん、目に染みる)

 焼けるように痛い。だが、壁によじ登るのに必死なフォンは自分の目を擦ることも許されないだろうし、上にいるやつらにバレないよう、文句を言うことも出来ない。


故に呼吸は早まる、苦しさからだ。

最悪な情景が生んだ苦しみはさらなる苦しみを生み出す。

 息が熱い。吐くたびに、湿った空気がパイプの内側にこもっていく。

風通しの悪いところの狭い鉄の筒の中は、まるで蒸し釜であり、壁を掴むと言う重い動作を重ねていけば、さらに蒸し暑くなるばかりであった。

感覚上では体温と呼吸で温度がさらに上がり、空気は重く、粘ついていく。


 だがまだ動かない。


動けば、鉄がきしむ。


それだけで終わる。


だから、死体のように固まる。

いや、死体よりも静かにあった、なぜならば死体ですら、腐敗すればガスが抜けて音を立てる。


 まだ外から声が聞こえる。


靴の底が鉄を踏む音。


金属に何かを当てる、カン、と乾いた響き。


近い。

 (きっとすぐ外だ。)

 汗がまた目に流れ込む。塩気が刺さる。視界がにじむ。

だが腕は動かせない。拭えば、わずかな衣擦れでも音になる。

そうなれば壁を握るては大丈夫かや、終わった後にどこを這い上がっていけば上を行けるかも当然に確認できないだろう。


だがそれだけではなかった。落ちないように手そパイプの内壁に必死に張り付いているから錆びた鉄が肌に食い込む。

それにさっきから同じ姿勢だ、足は折り曲げたまま、筋肉がじわじわ痙攣している。


痺れ。

それがじわじわと広がる。

膝から、ふくらはぎへ。

血が通わない。


 心臓が跳ねる。

緊張ではない

(くっ....キノコ...!)

だが疲労による限界でもない

(キノコがまずったら!)

フォンが食べたそのキノコ、猛毒なり。

音が聞こえた気がした。いや、自分の胸の鼓動だ。

それが耳の奥で太鼓みたいに鳴っている。


ドン。

ドン。

ドン。


うるさい。

こんな音、外から聞こえるはずがないのに、聞こえてしまう気がする。

(外に聞こえるんじゃないか?)


喉が乾く。けど何も出来ない、だって唾を飲み込むことすら怖い。

強い喉の痛みが俺を襲う。


汗がまた流れた。

今度は鼻の横を通り、唇へ。

塩辛いなんてものじゃない、吐き気を誘うものだった。


必死に、弱めようと体に集中しては呼吸を浅くする。


吸う。

止める。

ゆっくり吐く。


 それでも胸が焼ける。酸素が足りない気分だった。


まだだ

外で何かが動いたか、パイプの上を、誰かが踏んだ。


ギィ……。


鉄がわずかに鳴く。


その振動が、背骨を通って体の奥まで伝わる。

苦しみがまだ終わらない。

歯を食いしばる。

動くな。

絶対に動くな。

(落ちたくねぇ!)


狭い鉄の棺の中で、ただ耐える。

汗と、熱と、痺れと、息苦しさに。

もはや敵へではない。己が身に戦っていく。


そして、祈る。


  このまま、誰にも見つからずに済むことを、こんな場所では決して戦って勝つなんて出来ないからだ。

「見つけたら生け捕りだ。塔の地下牢が満杯だが、新しい玩具が好きなのは当たり前だ、古いものなんて捨ててしまえばいい」



 「にして、今日はゴミは這い上がってはこんか」

(や、かわせたか...)


「いいや待て...スン...はぁ...この匂い間違いねぇ...毒だ...これはキノコ...人に触れて...胃にある酸に触れないと、ない毒!!」


 「!!?」

「貴様ぁ!!!そこにいるな!!!この猛毒王の鼻を騙せたつもりか!はなてぇ!」


 「フォン!」

レイが叫ぶ、攻撃がくるからだ。

しかし彼はすぐに気がつく。フォンのおかしさに。


だがそれは不幸だけではない。

そう、キノコはフォンの中に眠る記憶を、戦うための本能をその毒が引き起こした。


 偶然、あまりにも偶然すぎて、彼が体が本能的にそれを狙ったのではないかと思てしまう。


そう、不幸だけではなかった。

「うぉおあああ!」

 かの毒は、ただ体を蝕むだけのものではなかった。

それは神経に触れる。触れた瞬間、眠っていたものを引きずり起こす。


フォンの体内で、神経が一斉に火花を散らした。

背骨の奥。

脊髄を走る神経束が、毒素と結びついた瞬間に異常な電位を帯びる。まるで雷が落ちたように、信号が爆発的に増幅された。


ビリ、と視界が白く弾ける。


 脳の奥――古い層。

理性よりもさらに下に沈んだ場所。そこで封じ込められていた記憶が、毒の刺激で一斉に浮上した。


戦うための記憶。

失われし記憶と経験。

骨の動かし方。

筋肉の収縮の順序。

相手の重心を読む感覚。


すべてが、言葉ではなく神経信号として流れ込む。


 筋繊維が震えた。

毒は神経伝達物質と結合し、信号の伝達速度を狂わせる。通常なら段階的に送られる命令が、ほとんど同時に全身へ叩き込まれた。


心臓が一拍、強く打つ。


血液が爆発的に送り出される。

酸素と毒素が混ざり合いながら、筋肉へ流れ込む。


世界が遅くなる。


いや、遅くなったのではない。

フォンの神経が、速くなったのだ。

感覚は速さをますばかり。

視界の端で動く影が歪む。

足裏が地面の硬さを読む。

読んではすぐに動きに変わっていた。

理性的な脳は判決するよりも前に。すでに本能で決断は下された。

 肩の関節が、まだ動く角度を測る。

よじ登るために。


すべてが一瞬で計算される。


偶然。


あまりにも偶然すぎる。

毒に焼かれながら、神経は歓喜するように唸るのではないか。

(熱い...熱い)

彼の体に湧き上がるこの火照りは、喜びの体現だろうか。


 「待て!フォン!」

弾丸の雨は降る。

二人に向かって。

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