第十話 飛天夜叉王
「ぎ...」
ヤマの声が、瓦礫の奥から響いていた。
それは弱々しく、息も絶え絶え。だが、フォンは笑った。額の血を拭いもせず、レイに目配せする。
「ほら、言ったろ。ヤマは頑丈だぜ。あいつ」
レイは無言で頷き、煙の残る街路を進む。足音が静かだ。まるで空気を踏むように。フォンはその背中を追いながら、拳を握りしめる。体中が痛むが、興奮がそれを上回っていた。さっきの戦いは、まるで自分の限界を試すみたいだった。
内側から壊す技なんて、初めてだった。
(いや、記憶が曖昧だから初めてじゃないかも)
ガ、ガリ、ゴサ
瓦礫の山を掻き分けると、そこにヤマがいた。壁に寄りかかり、息を荒げている。胸に刺さった骨のような破片が、呼吸しては微かに震えていた、そこから絶えずに流れる血が地面を濡らす。
「それにしても逃げ..?いや、逃げるならなぜいきなり襲いかかってくるんだ?」
「おい、フォン、この戯け者を運ぶぞ」
「おう、くそっ、こいつ抜くぞ。骨に岩まで刺さってんのか?まぁ痛ぇと思うが我慢しろよ」
フォンが破片に手をかけようとするが、レイが制止した。
「待て。無理に抜くと出血が増す。まずは止血だ」
レイは周囲の布切れを拾い、ヤマの胸に押し当てる。気流がまるで操られるように、風が起こり出す。手のひらで圧力を加えているようだ。
それで傷口辺りに筋肉が繋がり出してヤマが小さくうめく。
「それにしても……逃げたのか、あの白衣の野郎。いや、逃げるならなぜいきなり襲いかかってくるんだ?」
フォンが呟く。レイは目を細め、遠くの路地を睨む。
「...この街」
「ケホ」
ヤマが咳き込み、血を吐く。
フォンは慌ててヤマの背中をさする。
「おい、大丈夫か? 動くなよ。レイ、こいつを運ぶぞ。どこか安全な場所へ」
レイが頷き、ヤマを抱き上げようとするその時、周囲がざわざわし始めた。
街路の端から、人影が現れる。最初は一人、二人。やがて十人、二十人と増えていく。皆、ぼろぼろの服を着た者たち。街の住人か、それとも戦いの余波で集まった野次馬か。だが、彼らの目は好奇心ではなく、警戒と興奮が入り混じっていた。
「なんだあれ……怪物が倒れてるぞ」
「白衣の奴が逃げたってよ。神族の連中だろ」
ざわめきが広がる。フォンはヤマを抱え、レイに目配せする。
「マズイな。巻き込まれるぞ」
だが、ざわめきの中心から、一人の男が前に出た。背が高く、筋肉質の体躯。頭に角のような飾りをつけ、腰に剣を下げている。表情は厳しく、目が鋭い。
「待て。お前たち、神族の改造兵を倒したな」
男の声は低く、響く。周囲のざわめきが静まる。フォンはヤマをレイに預け、身構える。
「そうだよ。んで、なんだよお前」
男は名乗り上げた。
「俺はガルド。闘技場の番人だ。この街の地下闘技場を管理している。すなわちこの勝負が裁判官の一人でもある。」
「ほう」
(なんだこいつ)
「お前たちの戦いは、街中に響き渡った。神族の失敗作を二体も粉砕するとは、たいしたものだ」
ガルドの言葉に、周囲が再びざわつく。フォンは笑った。
「それで闘技場? 面白そうだな。俺たちを招待か?食事奢ってくれるならいいよ」
ガルドは首を振る。
「いや、警告だ。試合前に戦うのは禁止だ。先ほどから名簿を探したが、やはりお前、参加者だ。そしてあの男も参加者だ。」
「つまり...?」
(大王が制裁とか言って攻撃してくるか?ヤマを庇いながらでいけるかなぁ...)
「……今はまず、逃げろ」
闘技場の支配人はは拳を鳴らしながら近いてきたが、フォンの耳元でそう言った。
「ありがとな」
フォンも小さく呟く
「お前のような強者を敵に回したくない。俺が軽く拳を入れるから吹き飛んだフリして逃げろ」
ガルドにフォン向かって踏み込む。拳を振り上げ、威嚇するようにゆっくりと拳を下ろした
(速くはねぇがすごい力を感じる一振りだな、なんつうか。だけど本当に安全そうな一撃だ)
しかしフォンはそれでも万が一を考えては殴られたふりをしては先に跳躍して、ガルドの拳が触れないようにした。
「ごは!」
「愚か者め、闘技場外での私闘は、大王が掟に反する。」
「チッ、逃げるぞ!!お前ら!」
「覚えとけよ、ガルド!」
ガルドは薄く笑う、そしてすぐに顔を顰めた。
「かかれ!!」
フォンはヤマを抱え、レイと共に路地へ逃げ込む。周囲のざわめきが遠ざかる。
ガルドは彼らの背中を見送り、呟く。
「面白い奴らだ。神族の兵士の共鳴をも崩す力……そして見た目が違うのに....あいつを思い出す」
影から、強者らしき者たちが様子を窺っていた。路地の暗がりに隠れ、息を潜める。一人は巨漢で、肩に斧のようなものを担いだ男。
大柄なのに逃げているフォンたちは彼を発見しなかった。
「へえ、あの三人か。内側から壊す技……ここいらじゃ見たことねえな」
隣には長身の女らしき存在が一人、長い髪をなびかせ、黒い大きな弓弩を背負っている。
彼女は唇を舐め、興奮した表情。
「レイって奴の動き、風みたい。俺の矢より速いかもよ。闘技場で当たったら、面白くなりそう」
「……内力の極みか。果てには怪力、若造どもは恐ろしいのう」
「ッ!」
(なんだあれ!?すごい髪型!髪が柱!いや剣の形!なんで屋根に!)
「どう...ど..あに...き」
「あいや、あ。レイ、どこへ行くんだ?」
「地下だ。この街の下に、いろいろと下水がある、道がたくさんあるから逃げきれる。」
言ってレイは身を動かし、周囲の埃を払う。
(綺麗好きなんだな)
「下水ってヤマが心配だ」
ヤマが目を薄く開く。
「あにき……ごめん……足手まといに……」
「全くだ!」
しかし確かにヤマの傷は深い。見た目からすれば
突然、後ろから足音。追手だ。ガルドの部下か、それとも神族のやつが再びかか。
ぼろぼろの黒い皮の鎧を着た五人組が剣と槍を構え、迫る。
「わゔぁあ!」
フォンはヤマをレイに預け、振り返る。
「なんだその叫び!殺すぞ!!!」
レイは首を振る。
「無理だよせ、まだくる、一緒に逃げる」
だが、フォンは拳を構える。
「一瞬で片付く。」
追手が迫る。一人が槍を投げる。フォンは槍先をかわし腕で持ち手を掴めば投げ返し、相手を刺し飛ばす、その投擲の威力は刺さった相手を遠くへ飛ばすほどであった。
「オラァ!」
ドンッ!
一人がフォンに剣を手で掴まれてそれごと投げ飛ばされる。
あれは剣を離す時間をも与えられずにそのまま投げられていた。
さらに瞬時の加速で剣から手を離した好きに蹴りを入れられて吹き飛ばされる。
レイは様子を見てついにヤマを抱え、全速で下水へと入る。
フォンは追手を三人倒し、残通路が暗闇の中、レイの気配を追う。
そこは古く、湿った空気が充満。壁に苔が生え、滴りが落ちる。
(臭いな)
「ッ……痛え……」
(むにゅ?遠くからだけど、わかる!ヤマちゃんの声だ。)
「よし、振り切ったぞ!レイ、ヤマどうだ?」
「行け!」
「いるぞぉおお!いたぞぉおお!声が!」
「放て!」
「ヤマ、聞け。まだ追手がいる。お前を投げる要領で弾き出すのはいいか?」
「む...何を」
「黙れレイ!黙ゴ!」
「言え、話ができんのか、まともに話せ」
「..そうだ、ヤマをギリギリまで折りたたんで、弾き飛ばす。もちろんただ弾き飛ばすだけじゃない、俺が四肢の筋肉を常に動かしながら振動を加えてるところで、こいつに飛ぶ力を加える。それで遠くへ行けるはずだ」
「ほ、子供が考えそうなことを本気でか」
「そうだ。そこをお前が、レイが蹴り飛ばす。遠くへ飛ばして、さらにその後、そうそこで俺が掴む。」
「そしてそれをレイがさらに掴むんだ!」
「...」
「下水の中だから、遠くへ飛んでも掴めないわけじゃねえ。ちょうど弾き飛ばされる勢いで、俺がお前を掴んで、反動を利用してそのまま人間波乗りみたいに進む。確かに掴められるはずだ。」
「待て、話が長いが」
「聞け!一言で言えばこいつぶっ飛ばして一緒に飛ぶ!それを俺が掴んで勢い良く波乗りだ!水溜まってんだろう!お前がそこを掴め!」
「そうか、いいだろう、天井から跳ね返されるこいつを掴んでやる」
「違う!ヤマに捕まった俺に掴め!行くぞ!勢いつけていく」
フォンが息を切らしながら叫ぶ。下水の暗闇の中で、レイはヤマを抱えたまま立ち止まる。
ヤマの顔は蒼白く、胸の傷口から血が滲み出ている。レイの止血術のおかげで出血は抑えられているが、限界が近い。
(できるか...どうかじゃない!やるしかない!)
「掴んでやるぞ、いいか?」
ヤマは弱々しく頷く。
「あにき……いいよ……やれ……」
フォンはヤマを抱き上げ、身体を折りたたむように小さくする。ヤマの四肢を曲げ、球体のような形にまとめていくみたいに彼の四肢を抱えていく、腕は腕を掴んで、足は足を掴んで力を掛ける。
同時にフォンの筋肉が震える、内側から振動を加えるために。
目指すはヤマの身体を弾き飛ばす、だが外からだけではなく、ヤマの体をフォンのように震えさせて、内部からも動く力を加えること。
(こいつは動けない、これしかない)
フォンはそう思った。
「いるぞぉおお! いたぞぉおお! 声が!」「放て!」
「追ってきたか、間に合うか、ならば食い止めるぞ」
「い、いらん!」
ヒュン
矢の音がする。暗闇を切り裂く鋭い風切り音。
レイは即座に動く一瞬でそれを蹴り飛ばす。
だがそれもフォンの振動が限界に達した瞬間、いやと言うよりはヤマの限界を見据えたか。
(間に合うか、レイ!)
レイはすでに矢を蹴るために、ヤマを蹴りやすい体制ではなかった。
だが彼は着地するとそのまま蹴り出した!
矢を蹴る時体を回転した勢いをそのまま利用した。
彼はそこまで計算していた。
フォンが蹴り出すよりも先だ。
ボン
レイの足がヤマの背中に当たる。
激しい蹴り飛ばし!
ヤマの身体が弾丸のように前方へ射出される。
辿りつく先は下水の天井、その飛行は直線的であり、勢いは止まらない。
フォンがかけてきた振動がヤマの体の内で適応でもしたようにかかりつつづけている。
そこで湿った空気が抵抗をも減らし、加速を止めることもない。
ヤマは回転しながら飛ぶ。
しばらくして痛みでうめく声が聞こえるが、フォンは即座に追う。
「オラァ!」
天井から跳ね返り少しばかり落ちては速度を減らしたヤマ。
そこを見計らって、ヤマを追っていたフォンはいよいよ飛び出して掴もうとする。
フォンが跳躍すれば、ヤマの軌道を予測して手を伸しながら空中で身を動かそうとし、そしてなんとかヤマの足を掴むと反動が来る。
ヤマの勢いがフォンに伝わり出したようにフォンも体が震え出す。
結果、なんと地面に激突しても、もう一人を乗せてもさらに速度を加速するように滑り出した。
二人は連結したまま滑るように進む。人間波乗りだ。
体勢は安定しないままなのに、フォンは足で下水の壁や床に軽く触れ、加速するような形を取る。
レイはさらに後ろから加速し、フォンの肩を掴む。三人が連なったまま、驚異的な速度で下水を進む。
(おお、足が速いなレイ....どうやって?)
追手の矢が後ろで壁に当たる音がする。
「くそっ、速すぎる!」「矢を!」
「銃なんてゴミは使うな!遅すぎる!」
追手が矢を放つ。
シュッ!
だが、三人の速度が速すぎて矢が壁に刺さるのみ。
次の曲がり角。ヤマの体が先頭で壁に激突。
だが振動が完璧に働く、体が一切の傷も負わないようにその筋肉や姿勢が勝手に動けば沈み出し、跳ね返り、上にいるフォンまで届けば、亡くなっていた。
そうしてフォンは時たまにヤマを少し回転させては角度を変える。
「よし、そこだ!」
下水の空気が湿り、苔の匂いが鼻を突く。
ここは複雑な場所であり、脱出は簡単であるはず。
もはやここまで来れば彼らを待つのは暗闇だけだろう
今や下水の暗闇が、まるで生き物のように三人を飲み込もうとしていた。
やはりただ湿った空気が肌に張り付き、苔の匂いが鼻腔を刺激する。
敵影などはない。
少しばかり呑気にも見える表情でフォンはヤマの足を掴んだまま、レイが彼のの肩を握る形で連なって滑り進む。
(人間波乗りじゃい!)
フォンが名付けたこの即興の逃走術は、予想以上に効果を発揮していた。
ヤマの体にかけられた振動が、まるで発条のように衝撃を吸収し、壁や地面など、挙句には天井にぶつかるたびに反動を増幅させる。
そこへレイの足捌きが加われば、速度はさらに上がっても方向転換や平衡感覚を保てられる。
「ここまで来れば」
追手の矢音が遠ざかり、ようやく息をつけるかと思った矢先――。
「ぐわーっ!」
突然の衝撃が三人を襲った。暗闇の奥から、何かが爆発的に飛び出してきた。まるで焔のように姿を消しては見せる高速な赤い存在がいた。
赤いそれは壁を蹴り、天井を跳ね、瞬時に三人の連結を断ち切る。
フォンはヤマを掴んだまま吹き飛ばされ、レイも別方向へ転がりながらに受け身をとる
ヤマはフォンの下敷きとして壁に激突し、また骨が折れていただろうか。
「レイ!」
「シェイア!」
そこに立っていたのは、一人の男。
いや、剣闘士と呼ぶべき存在だった。
体躯は大柄、フォンは先ほど出会したガルドに劣らぬ筋肉質、いや、今まで見てきた中で一番の筋肉だ。
肩幅が広く、胸板が厚い。肌は日焼けした褐色で、赤い布を背にして皮や金属の鎧を少数肩などに纏っている。
頭には赤い布の鉢巻の飾りがあり、髪を短く刈り上げ、目元に赤い刺青が走っていた。
腰には二本の曲刀を下げ、両手には鎖付きの鉤爪を握っている。
背中には顔の装飾をつけた三叉戟がある。
「聞けよ!」
「?」
男が背後か数人の男たちが控え、松明を持って周囲を照らす。
「我らが英雄」
「ここに一人の好漢あり。
人これ見れば山を担ぎし大柱、血布翻すが赤面鬼、双刀鎖爪なる荒くれ者の修羅ぞ、三叉戟背負いし夜叉王と畏れ多いこと、奴ら号す。」
「私だ」
「??」
(長い?何を?)
「その身、肩は横に張りて城門の梁のごとく、
胸板は岩山を積み上げたるが如し。
肌は長年の風日に晒され、銅を焼きし褐色を帯ぶ。」
「背には血を吸いたるがごとき赤布を翻し、
皮と鉄とを継ぎ合わせたる鎧を、肩・肘の要の処のみに着けて、重きを厭はず、猛きを専らとす。」
「そう私だ。」
「両の目元より朱の刺青一筋、刃のごとく走れり。
これ、幾度生死の境を踏み越えし誉し戦士の証なり。」
「それが私」
「腰には曲刀二振りを雌雄に帯び、両手には鎖を引く鉤爪を握り、わずかに身じろぎするのみで、鉄鳴り殺気を伴いて響く。」
「まさしく私ぞ」
「背に負うは、顔の飾りを刻みし三叉戟一本。
人か鬼か、判じ難き風体にして、見ろよ、それ威気四辺に満ち、百獣すら近づかず。」
「ひとたび怒気を発せば、山を担ぎ、谷を砕き、
走れば烈風柱のごとく、近づけば斬られ、退けば鎖に絡め取らる。
夜道にてこれを見し者は、夜叉が王ここを歩むと噂し、翌朝には屍のみ残るとぞ。」
「ふん、聞いたか、つまり私はお前を追っている闘技場の闘士だ。」
「わかるわけねぇよ今ので、でもなんとか見逃してほしい」
「面白い逃げ方だな。だが、ダメだ。ここ、闘技場の地下通路と繋がってるんだよ。闘技者である私の支配下にもある。」
「勘弁してくれ、仲間が酷くて..傷が、なんとか、と言うかいろいろここはお前の場所とか言ってるがお前は誰だ?名乗れよ。」
フォンが吐き捨てる。男は大笑いし、鉤爪をカチャリと鳴らす。
「名乗る? いいさ。私はヒリュウ。お前も知るはず、我が友ガルが経営する闘技場にて最高の剣闘士の一人、真紅の剣闘士ヒリュウだ!」
フォンは何かを言おうとするものヒリュウはフォンの言葉を待たずして、すぐに次の言の葉を吐き出す。
「さてお前らみたいな若造が、神族の失敗作をぶっ飛ばしたって聞いたぜ。面白そうだな、試してやる」
ヒリュウが名乗る。背後の男たちが一斉に声を上げる。
「ヒリュウ様!」「真紅の剣闘士!」「八つ裂き大車輪、炸裂せよ!」
まるで合唱のように技名を叫ぶ。彼らはただの応援団か?
「おい、さっきからうるさいこいつらは誰だ?」
「こいつらは俺の取り巻きだ。ただの応援、技名を叫ぶ役でしかない。」
「...は?」
「煽っても無駄だぞぉ?」
「悪いが俺は本気で戦いを避けたくて...」
「いや、そうならまぁ....聞けよ!我が名を闘士ならば!我が声よ」
「これぞ!闘技場じゃ、こんなのが盛り上げるんだよ!」
「おお」
「まあ、ここじゃ役立たずだがな。何か入る観客でもないさあ、戦おうよ。お前、フォンだったか? あのガルドが目を付けた奴だろ。俺と遊ぼうぜ!」
「…いやと言ったら。」
「ダメだ、お前たちの人間大砲は素晴らしすぎる!」
「いあ!だから!」
ヒリュウの取り巻きが被るように声を上げる。
「四分五裂大曲芸、炸裂せよ!」「引き千切り曲芸車、回れ!」
ヒリュウが動き出した。
「ッ!」
瞬時に距離を詰め、鉤爪を振り上げ、攻めて来るかと思うと、それを壁に投げた。
(外した?!)
そう思ってたら鎖がジャラリと鳴り、赤い残像を残す。
(なっ、自分を引いて壁に?何を!)
何をする、そんな考えに続けてすぐに答えはきた。
動作で。
攻撃で。
「ショア!!」
「八つ裂き大車輪!八つ裂き大車輪!」
ヒリュウの応援団たちが叫ぶ。
そんなヒリュウは壁まで自分を引いては、そして壁を蹴っては体を回転させ、体をまるで車輪のように回転させている。
鎖が絡みつき、八方からやつの肉を切り裂くように回る。
それを奇妙にも跳ね除けては跳ね台にしてはさらに加速し、最後は体を横にして全身が硬直したように体の四肢を広げている動作で固まる。
鉤爪が壁を抉り、火花が散ればそれはやつのところに再び戻る。ヒリュウへと。
「八つ裂き大車輪! 最高だ、ヒリュウ様!」
取り巻きが歓声を上げた。
ゴン!
「シュア!」
だがフォンはそれをも受けてかまそうと、回転するヒリュウに蹴られながらも、消して倒れはしない、振動を常に意識して、体を調整している。
ヒリュウが動かないように体を固めているとの正反対。
ヒリュウを静と呼んでもいいならば、フォンは動となる。
動いているように見えるヒリュウはただ肉体を固め続けて回転をする。勢いがままに。
対するフォンは動かずに受け身と思えば、食い止めているその腕たちは、足は、肉は、小さく振動していた。
「甘いな!」
「くるぞ! ヒリュウ様の四分五裂大曲芸!」
今度のフォンは体を捻り、四肢を別々に動かす。
(一気に動く!調子が!)
まるで異なる敵が四方向から襲いかかるように、ヒリュウの攻撃がフォンに向かう。
当のフォンは、もはや蛸とか足の多い敵が絡みつこうとしてくる気分であった。
ザシュ!
フォンは一撃を食らい、肩を斬られる。
「い、ば、な!」
(バカな凡鉄でき...違う、まさかやつの体を取り巻く武器はただ攻撃時に平衡を保つ器具にしかずぎない!)
フォンは気がつく、目紛しいほどのヒリュウの動作により見えなかった攻撃の正体に気がつく。
それはヒリュウが肉体だけによる技であった。
「ふっ!」
血が噴き出すが、振動で筋肉を締め、止血する。
(だがどうする、動きの流れが多すぎて、どう対応すればいい?体の調整ができなければ、ただ肉体の強さのみで受けているだけだ)
フォンは酷く緊張する。
己が技が通じない状況に。
どうすれば変化する敵の技に合わさればいいか。
そうでないと自分は殴られているだけであろう。
(反撃を!正しい守りを!)
「引き千切り曲芸車だぁ!」
「引き千切り曲芸車! 回れ、回れ!」
「回れ!回れ!」
「あにき……がんばれ……」
「ヒリュウ!ヒリュウ!ヒリュウ!」
「もっと来い! 猛者よ!」
回転が加速し、フォンは限界の回避を強いられる、もはや肉体は振動で回避ができない情景であり、殴られるばかりであった。
「ヒリュウ様、無敵!」
だが、フォンの一撃がヒリュウの腹に決まる。
内側から壊すような振動が、ヒリュウの筋肉を震わせる。
ドサ
ヒリュウが膝をつく。
「ぐっ…………」
「...おう!」
(決まった、そうだ、いろんな方向から来ようと、腕の長さは変わらないから範囲に限界はある、殴られる時に衝撃をそのまま返したりできねぇけどこれなら..!)
フォンは筋肉の震えで受け身を取ることもできないこの現状に、新たなる考えを導き出した。
それは。
人の体は、大きさの違いがあろうと、銃器などのように飛んでいくことはない。
つまり、殴られる場所には限界がある。
何処か殴られたならば、他の場所は同時に殴ってはこない、これない。
(なら、あいつには隙はできる、当然そこを目指せば殴れる!)
「ヘアッ!」
「死ねぇ!」
「え?待て!」
フォンは驚きを隠せない、ヒリュウはなんと逃げた。
精一杯後ろに駆け出している。
「待て、味方だ。ガルドの指示で、追手を引きつける役さ。ここいらは確かに彼が支配にあるが、あの大会を出るんだろう?」
(やつも待てと言うか?え?何が?)
「...?」
フォンは驚くがヒリュウが手を差し出す。
「聞けよ、ほんとに危なかったぞ、大王の親衛が来ているぞそんな大会だ」
「いいか、私が追手として買って出なければやつらがきていた。」
「フン!」
フォンは聞きもしなかったか、今やただ溜め込んだ力を精一杯に殴りつけようとした。
そう、彼が黙っていたのはヒリュウの話に驚いたなどではなくて、力を溜めていただけである。
ガキン!
「ヘッ、闘士か、やはり。」
「ならば倒れるまで死合おうか、ガルドの命令関係なしに!」
「ヘアッ!」
(手刀?!上から?!)
フォンは驚きを隠せない、跳躍して上から手刀など、彼からしたら奇怪であった。
実戦的じゃないと思ったからだ。
「ぐっ!」




