第一話 廃都━地獄の座に腰かける者
——音がない。
そんな静寂さ。
風の流れるような声だけが、焼け焦げた廃墟を撫でていた。
夕暮れ。
銃と骨の匂いが染みついた広場に、黒い武装服を着た男たちが立っていた。
一体のような、体に密着した服装で、上にはあちらこちらへよ張り詰めた鉄の板が多くある。
「...まじでしらねぇとは言わせねギャハハは!久々に楽しめると!おい見ろよ俺の肩!」
肩に付いた装飾は身分を知らせる。故に武装集団の一人がそういう。
その識別章には「第二封鎖圏・治安維持連合」とある。
「見ろよ!こいつローラン物語持ってんぞ!」
「笑えるなおお!うははははわあっさ!」
だが、その実態はただの暴力集団に過ぎなかった。
轟ッ!
鉄の棒が地面を叩き破片を散らす音。
「おい!てんめぇ!」
彼らの前に立つ一人の青年がいた。
薄汚れた作業服、微かに青だった程度がわかる。
靴
靴もぼろぼろであった。
靴底が破れた鉄靴。
場所は 覇大王率いる、魔境、人呼んで、貧民地獄。
かつて大国が勢力の一つ、偉大なる国の跡地である、冥天魔の国が首都の一部にて、建立されたこの貧民地獄。
マシな部類に入る廃都〈ヴィガ・ドゲル〉が西縁、崩れた高架下。
見るものからすれば、ただ思うことが一つ。
かつて繁栄を見せたこの街もずいぶんと廃れたものだ。
どこまでも崩れた建物、それはどれもかつての建造物であり、今いる場所もそうで、どれも崩れたままで新しいものなんてほとんど見当たらない。
故に喧騒さなどが一層ます。
斜陽が射すこの刻。
鉄骨の影が沈み、薄赤の光が地面に滲んでいる。
寂れた景色に寂れた民たち。
どれも汚い服装であり、傷がある。
頬に古傷と言うべきような傷跡を持つものが一人たくさんの暴漢たちに囲まれている。
その青年——名をカナメという。
「……だから、言ったろ。通行許可なんて、俺は知らねえって。」
彼の声は静かだった。
しかし、服装がやけに一人だけ違う見た目の男、武装集団の首領格と思しき男が眉をひそめた。
「おい、てめぇ、舐めてんのか?」
銃口が、ゆっくりとカナメの額に押し当てられる。
周囲の男たちが、笑いながら鉄が棒を叩きつける音が響いた。
地面にひび割れができてくる。
見ればこいつらはますます醜悪に見えて強盗にも及ばない、極悪非道な殺人鬼よりも劣る最低なやつらだと伝わってくるであろう。
「ほらよ、“知らねぇ”奴には、教えてやるよ。ここは俺らの縄張りだ。通りたきゃ、税金を払え。命でな。」
「やっやめ、ゆゆゆるして....」
パン、と音が鳴った。
その瞬間、カナメの身体が一瞬だけ揺れた。
「ひぃ!」
怯えて逃げることをしたいが、それもできない速い振り下ろし、ただものではない、そんな暴力集団の一員と対面しているいうことがカナメは実感した。
これから死んでしまうことを感じながら。
だが次の瞬間、殴り飛ばされたのは彼ではなかった。
武装集団の男の顔面が反り返り、歯と血が地面に飛び散った。
衝撃波のような打撃。
銃を構えていた男たちが反射的に後退する。
「な、なんだ今のッ……」
声が震えた。
カナメは何もしていない。ただ立っているだけ。
「くそガキ!仲間がいたのか..!」
だが——誰かが背後から、踏み潰すような一撃を放っていた。
「——聞こえたか?」
ガチャ!
「おい!どこだ!撃つぞ!」
「俺の速さなら案外バレないと思ったがへへ。」
「誰!なんだ!!!」
「にしても臭いな。」
——錆びた鉄と血の臭い。崩れた高架下なら鉄が匂いは大きくあるべきだし、血もたくさんあってもおかしくない地獄の場所だ。
くどいようだが、ここは貧民地獄。
鉄骨の影が沈み、薄赤の光が地面に滲んでいる。
常世とは思えん場所である。
「眩しい!臭い!くそみたいな場所ほんと。」
「おい!てめぇ!誰だ!」
そこに、十数人の武装集団がいた。
「おお、俺は...てかお前らに名乗る必要ねぇよ、金よこせ」
「撃て!」
激しい発砲音。
彼らの輪の中心に、残りに一人の青年がいた。
名をカナメ。
古びた作業服、ひどく疲れた目。
だが、背筋だけはまっすぐだった。
なぜならばその背中には男が一人高速で座っては違う場所へ行くことなどをした。
故に先ほど中央に入れたのがカナメのみとなっていた。
「ヒィイ!」
(一痛い!)
「……通行税? そんなもん、俺には関係ない。」
そう言った声は、乾いていた。
「まずはお前たちから水が欲しい。雇われてやるから、覇大王のところへ行くぞ。」
「な....よ...喜んで.」
「おいおい、“喜んで”とか言っていい立場か? “この街で生きてる限り、俺らの許可がなきゃ一歩も動けねぇんだよとかじゃなくて?”」
「自分らもう豚以下っす!どうか命だけは!」
男たちは言葉こそ違えどたくさんと命乞いをした。
「そうか。」
カナメの上にいる男は淡々と頷いた。
「んじゃこのあほやるよ、覇大王のとこで働くし、俺らは...まぁお前らは俺の部下だ。」
「おい!」
先ほどまでの素っ気ない態度が気に障ったのか、はたまた知らない男に殴られた腹いせか。
集団がカナメに向かっていく。
フラフラとやっと近づいてきた。首領らしき男が銃の握り手で彼の頬を殴りつけた。
ガンッ。
乾いた音が響く。
頬骨が軋む音、血が滲む。
次の瞬間、武装集団の誰かが笑い、また別の誰かが膝を蹴り入れた。
「おら、喋れよ!」
「抵抗してみろや、英雄。気取り!」
カナメは倒れ、膝をつき、そして地面に崩れ落ちた。
鉄粉まじりの砂が歯の間に入り込む。
血の味がする。
だが、彼は何も言わなかった。
ただ恐怖していた。
故に声も出ない。
無抵抗。
ただ、拳と靴底の連打が響くだけ。
鈍い音の中、彼の意識が薄れていく。
「ドルザ語ってなんだよおい!馬鹿かてめぇは!?」
確かに馬鹿である。
そもそもローラン帝も嘘であり、記述がいかにもおかしい。
ローランの記述を信じればいわばローランの末裔たる、末代、双龍の時代で世界は滅び、再生が来る。
やがては魔術の時代を得て再び世界は神術に戻り、屈起すれば多様な国々、わかるだけでも東には辰帝国、そのすぐ南には国号が南壟の帝国が三柱の時になる。
あり得ない話である。
大王たちですら神ではないからだ。
故に修羅神と同じな...
「どうかしましたか?」
「すまない...少し..このことは記述しないでもらえるか?どうも修羅神は御伽話には思えない。」
「ええ、いいですよ、少し時間をよりましょう...史官としてはもう少し聞きたく思いますが...」
そして——。
その瞬間、空気が裏返った。
「ギャアアアアッ!!!」
絶叫。
何の前触れもなく、男たちの身体が宙を舞った。
骨が砕け、鉄の棒が曲がり、言えばぐにゃんぐにゃんになり、そしてころんと地面に転がる。
何か巨大な“圧”が、場の中心から爆発したようだった。
首領の男が、片腕を押さえて転げ回る。
腕は肘から逆方向に折れていた。
「な、なんだ!? 誰だ!? 誰がやった!?」
だが、その答えはもう目の前にあった。
——カナメの上。
その胸の上に、無造作に座り込んでいる男がいた。
全身を煤と血で汚し、巨大な肩幅。
片手でまだ煙を上げる銃身を持ちながら、もう片方の手で煙管を持っていた。
その男は、まるで退屈そうに、空を見上げた。
「サボりたい気分がなくなった、案内しろ。今何をしてつ。」
したでカナメは呻き声を漏らした。
「……タス」
「うるせぇ、俺が来なきゃお前、もう顔の形なくなってんぞ。」
男が立ち上がる。
靴底にこびりついた血が乾いた音を立てた。
辺りを見渡せば、さっきまで威勢を張っていた武装集団は、全員地面に転がっていた。
悲鳴と呼吸の音だけ。
どの顔も歪み、誰もが恐怖に濡れている。
「おい、やめろ! 頼む! 命だけは!」
「金ならやる! 全部やる!」
鼻で笑った。
「いらねぇ。お前らの金なんざ、クズの血と同じ臭いだ。」
「とっとと手柄がいる。ここに来るってことは何かの手配が来てんだろ?」
その声は低く、金属の軋むような響きを持っていた。
ズドン。
次の瞬間、地面に武装集団の人の頭がめり込んでいた。
少しだけ漏れた脳漿と煙が、混ざり合って空に上がる。
「この程度では死なないだろう、痛いのがわかった?俺はもっと焦りで痛いんだから案内しろ。」
——場面が変わる。
時間は流れ、夜。
廃墟街の奥。
男は集団に囲まれていた。
偉そうな姿勢で座っていた。
集団に担がれていた。
光がが、彼を中心に円を描く。
集団の何名かが彼に電燈を当てていたからだ。
暴徒たちは血眼でいた。おそらくは興奮していたからだ。
誰も開いた手があれば武器を振り回す、例えば鉄鎚や義肢を振り回す。
そして彼らを酷く殴った男を取り囲んで囃し立てる。
「あにさん!この先が俺らが目指してるすげぇやつの場所です!」
「へぇ〜すげぇ!なにがすごいか知らないけど。無敵の俺がやるわ。あれ?」
「兄貴! 一発で戦車吹っ飛ばすってのは本当すよね...聞いた話しすけどあいつにはそうじゃないと勝てないんじゃ...」
「へぇ...そんだけすごい?」
「...?はい」
「無敵?」
「そうは...聞きます...」
「んじゃ無敵倒したら俺がすごい無敵で最強の無敵ってことじゃない!!!!?」
調子に乗った連中が、口々におだてる。
「さすがです!!」
「兄貴の強さ!」
「兄さんならマジ無敵!」
「速くみたいっす!」
真ん中で男はぱっと見無表情で煙草を咥えたまま、片眉を上げた。
「……そんなに見てぇなら、見せてやるよ。」
次の瞬間、地面が鳴った。
ドォォン——!!
足元が砕け、地表の砂と鉄骨が爆風のように弾け飛ぶ。
彼の身体が、音速に近い勢いで前方へ突進する。
彼が座っていたものごと暴徒の群れが吹き飛ぶ。
さらに地面や周りの建造物なども崩れていく。
おかげで鉄塊が宙を舞い、炎の弧を描いた。
暴走していた。
誰も止められない。
建物が折れ、柱がねじ曲がる。
そして、廃工場の巨大な倉庫扉の前で、鉄の重厚さを感じさせる扉を見ても彼は止まらなかった。
拳を握り、叫ぶように突き出す。
「邪魔だ、どけぇぇぇッッ!!!」
扉は厚さのある強化鉄板。
だが、一撃で内側から爆裂した。
鉄屑が飛び散り、粉塵が逆光の中で渦を巻く。
——その瞬間。
鈍い音が響いた。
顔面が凹み、視界が白く弾けた。
次の瞬間、彼の身体があり得ないほどに吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられ、鉄粉が煙のように舞い上がる。
「……が、は……ッ!!」
苦しそうに息を吐いた。
頬骨が砕け、片目が潰れている。
体をあげようとゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、ひとりの男。
光の中で、影だけが見える。
長い厚手の服、分厚い腕、分厚い手袋。
なのに下半身は体にピッタリとくっつく服装。
変わっている!この男は!
奇妙な行為をしていた彼でも、そう思わずにはいられなかった。
次に気がつくこと。
それは
落ち着いた呼吸。
その眼差しには“殺気”ではなく、“支配”があった。
冷静さがあった。
「おい...あんた……何者だ……」
問いに、男は微笑を浮かべる。
「逆に聞こう。お前、誰だ?」
聞かれた男は口の端から血を垂らしながら答える。
「……俺か? ヤマ、だ。」
その瞬間、男の表情がわずかに変わる。
「ヤマ...?変な名前...」
だが次の瞬間、ヤマが目を細め、驚愕の声を上げた。
「お、お前! 最近有名な……あれじゃねぇか!? ピ——!」
男は軽く顎を上げた。
「おう。ピだ。」
そして、ひと言。
「俺が——プリケツマンだ。」
沈黙。
ヤマの顔が引きつる。
崩れた倉庫に、粉塵と血の匂いだけが残った。
風が吹き抜ける。
そして、誰もが感じた。
━━━音がない。
そんな静寂さ。




