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魔法使いの弟子、のはず ~その依頼、魔法を使わず解決します~  作者:


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12/13

少年と悩める大人達

時は戻り現代。

「呪われた畑」のアフターストーリー。

「ミカエルや。気をつけていくんじゃぞ」

「人食い狼が彷徨いている森に住む祖母の家に、単身でお見舞いに行くわけじゃないんですから、心配無用ですよ」

「何その具体的なシチュエーション!?」

「しかもこの試練、赤い頭巾を装着して挑むらしいです」

「せめて保護色にしてあげて!」


 鞄を横がけにした少年は、飄々と答えました。

 大荷物になる予定なのでラファエロの魔法鞄を借りましたが、彼の体格に合わせて作られているのでそのままでは持ち手が長すぎます。

 ミカエルの身長に合わせて調節しましたが、本体がそれなりに大きいのでいささか不格好です。


「うーむ。もう少し成長してからと思ったが、お前さん用の魔法鞄を買うべきかのう」

「高性能のものほど値が張るんですよね。すぐに背が伸びるでしょうから勿体ないですよ」


 すぐに身長が高くなるというのは、半分は願望です。


「でも不便じゃろ。日常遣いで困らない程度の容量のものなら大した額ではないし、近いうちに会合があるからガブリエラに相談するか」


「大きくなってから、うんと性能の良い物を一個買ってもらう方が嬉しいです」


「しかしなぁ」


「今の師匠は無収入でしょう。貯金を崩して生活しているのですから、無駄遣いはダメです。いつ何時急な出費があるかわからないんですから」


 金銭感覚がしっかりしているミカエルは釘をさしました。

 いざとなったらは働きに出ればいいと思っているのか、ラファエロはどんぶり勘定なところがあります。


「しっかりしとるのう。ではお使いは任せたぞ。余ったお金はお小遣いにして良いからの」

「はい。値切りまくってやります」

「それは止めてあげて」



 転移魔法を使ったミカエルは、週末に開かれる市場に到着しました。

 所狭しとテントが建ち並び、人で賑わっています。

 ここで売られているのは、店舗を持たない者の生産物――手芸品、ハンドメイトの石鹸や化粧品、野菜、惣菜です。

 特に野菜は農家が直接販売しているので、お店よりも安く買えるのです。

 魔法使いの師弟は薬草しか育てていないので、定期的に市場で野菜を購入していました。


「あらミカエル君じゃない。一人で来たの?」


 女性の声がして振り向くと、そこには先日出会った三姉妹の長女がいました。


「アンさん、こんにちは。お店出してたんですね」

「これはパウロさんのお店よ。私もちょっとスペースを借りているけどね」


 メインは新鮮な野菜ですが、片隅におかれたケーキスタンドには鮮やかな色をした焼き菓子とジャムの入った瓶が飾られています。

 手書きの値段表(POP)もですが、都会にいた二人のセンスの賜物なのか、他のテントに比べてお洒落な雰囲気です。


「売れ行きが良いのはキャロットケーキと南瓜のスコーンだけど、オススメは渦巻きビーツのクッキーとスティッキオのジャムよ。我ながら自信作なの」


「……売れているのはどれも馴染みがある料理だからでしょうね」


 赤紫のクッキーと、ほんのり緑がかった白いジャムは味が想像できないので、冒険心が強い者しか買わないでしょう。


「試食していく?」


 アンの言葉に、ミカエルは目を輝かせて頷きました。

 味の予想がつかない二品ですが、甘味ならば試すのは吝かではありません。


「パウロさんはどこに行ったんですか?」

「お昼ご飯を買いに行ってくれてるの」

「仲良くされているようで何よりです。その髪型も似合っていますね」


 姉妹の中で一番大人しそうな容貌の彼女が、ショートカットを選ぶとは意外ですが違和感がありません。


「そう? ありがとう」


 恥ずかしそうに微笑んだアンは、毛先に触れました。


「妹たちに比べると、私って舐められることが多かったの」

「強く言えば従うだろうと考える輩が多かったんですね」


 確かに色気のある次女や、可愛らしくも猫のように気まぐれそうな三女に比べると、清楚な長女は従順そうに見えます。


「今の髪型にしたら、そういうのがグッと減ったの。頭だけじゃなくて心まで軽くなった気分よ」


「この辺りで髪の短い女性は少ないので、活動的とか自立心が強い印象を与えるんでしょう。長い髪も素敵でしたけど、今の方が都会的でお洒落だと思います」


「あのね。パウロさんに『どんな風にしたいですか?』って希望を聞かれた時、全然思いつかなくて『舐められないようにしたい』って言ったの。そうしたら、どうしてそう考えたのか、何があったのか親身になって聞いてくれたのよ」


「……」


「『頭の形が綺麗だから、短い髪が似合うと思いますよ』って提案してくれてね。頭の形なんて初めて褒められたから吃驚しちゃった。美容師ならではの観点よね」


「そうですね……」


 小匙に乗ったジャムを口に含んだ少年は微妙な顔をしました。

 ジャムはさっぱりして美味しいのですが、甘ったるい惚気にどう反応したものか困ります。


「今日は妹さん達は不在で、二人きりなんですよね。もしかしてパウロさんとお付き合いされているんですか?」


「恋人だなんてそんな! 一人だとお手洗いにも行けないから、お手伝いしているだけよ」


 大きく手を振って否定しますが、勘違いされたことに満更でもなさそうな顔をしています。少なくともアンがパウロに好意を抱いていることは確定です。


「そうですか……」


「ねえ、ミカエル君は相談にものってくれるのよね? パウロさんに恋人とか、好きな人がいるかわかる? 貸本屋で偶に合うんでしょ、その時に何か言ってたりしなかった?」


 それは相談ではなく聞き込みですが、クッキーを差し出されたミカエルは野暮は言いませんでした。


 勤勉なパウロは、今も農業関係の本が入荷すれば店に足を運びます。

 そうでなくても店主が友人なので、ミカエルが本を借りに行った時に男同士お喋りしている場に遭遇することは何度かありました。

 無自覚なのでしょうが、お菓子を餌に子どもから情報を聞き出そうとするとは中々の悪女です。


「論理的な推測ならできます。結論から言えば、恋人はもちろん、アンさん達より親しい女性はいません」


「本当!?」


「仕事を辞めて田舎に引っ越すというのは、結婚するか別れるかの転機です。パウロさんの年齢からして、遠距離恋愛ではなく前述したどちらかのパターンになるはずです。結果として独り暮らししているのですから、過去に恋人がいたとしても、退職を機に別れたんでしょう」


「こっちで幼馴染みと再会したり、新しい出会いがあった可能性は?」


「ないです。もし親しい女性がいたら、畑のことで疑心暗鬼になった時に相談したはずです。でもパウロさんはジョンさんを頼っています。そして問題解決と同時にアンさんと知り合いました。パウロさんとの付き合いが始まってから、隣に住むアンさんがそれらしい人物を見かけていないなら、フリーだと判断していいでしょう」


「な、なるほど」


「ひとつ忠告するなら、パウロさんとの仲を進展させたいなら、アンさんが動くしかないということです」


「え? どうして?」


 男性に言い寄られることが多かったアンは目を丸くしました。


「パウロさんに、男性に迫られて苦労した話をしたんですよね。そんな女性を口説くような人物に見えますか?」

「見えないわ」

「勤勉で、垢抜けていて、聞き上手。知られてないだけで優良物件です。うかうかしていると横からかっ攫われますよ」


 一歩踏み出せるかどうかが、恋愛強者と弱者の違いです。


「そんな! ねえ、どうしたらいいの? 私、男の人にアプローチしたことがないの!」

「初恋もまだのぼくに言われても」

「一般論でいいから! お願い!」

「何かあったんですか?」


 声の主は、紙でできたランチボックスとカップを抱えたパウロでした。


「あ。パウロさん、お帰りなさい」

「ミカエル君に頼み事していたみたいですが、何かトラブルが?」


 心配そうな顔で話しかけられて、アンは慌てました。肝心なところは聞かれていないようですが、この場をどう誤魔化したらいいものかわかりません。


「奇をてらった商品の売れ行きが悪いので、アドバイスを求められました」


 仕方ないのでミカエルが助け船を出すと、パウロはすんなり納得しました。


「今日は野菜を買いに来たんですが、浮いたお金はお駄賃にしていいことになっています。パウロさん、お安くなりませんか?」

「それは責任重大だな」

「ええ。ぼくにとっては大問題です」

「無料にしたら、ラファエロ様に気を遣わせちゃいそうだから――よし、どれでも一つ銅貨一枚でどうだい」

「数に上限は?」

「ないよ」


 銅貨一枚は玉葱一個相当の値段です。二、三倍の値段の野菜も同じ値段で良いというのですから、買えば買うほどお得です。

 次回もパウロが出店するとは限りませんし、何より毎回集るのは人としてダメでしょう。

 ミカエルは今すぐ消費する分と、日持ちする野菜を慎重に選びました。


「お言葉に甘えて買いだめしたら、お菓子買う分のお金も使っちゃいました」


 ミカエルはチラリとアンに視線を投げかけました。


「ミカエル君! 相談に乗ってくれたお礼に好きなお菓子あげるわよ、その代わり今日の話は他言無用ね」

「勿論です。相談者の情報を漏らすようなことはしません」



 格安の野菜と相談料の焼き菓子を手に入れたミカエルは、その足で貸本屋に向かいました。


「ジョンさん、こんにちは」

「いらっしゃい、ミカエル。ちょうど修復が終わった本があるんだが読むかい?」


 他店から送られてきた本の中には、保管状態が悪いものが度々混ざっています。

 そういった本をジョンは「他店と揉めたくないし、破損の責任を問われたくもない」と言って、送り先に文句を言うこともなく丁寧に修繕しています。

 面倒事を避けたいだけだと自嘲していますが、ミカエルには抱え込んで損をする性格にしかみえません。


「三百頁くらいですね。立ち読みしていいですか?」

「座って読んでもらって構わないよ。今日その鞄を持っているということは、お使いの帰りだな。疲れただろう」


 ミカエルはお使いの際に、ラファエロの魔法鞄を使います。

 今日は市の立つ日なので、隅から隅まで歩き回っているはずです。

 おやつも我慢して本代にしてしまう子なので、きっと空腹で喉も渇いているだろうとジョンは手早く飲み物と軽食を用意しに行きました。



 ジョンはミカエルに負い目がありました。

 知らぬこととはいえ、幼いミカエルが大人向けの本を読むような環境にしてしまったのはジョンです。

 本人は楽しそうに本を読んでいますが。小さな子どもが友達を作って遊ぶことよりも読書を選ぶのは健全とは思えません。

 弟の中には内向的な子もいましたが、それでも他の兄弟と一緒に室内でできる遊びをしていたのでミカエルとは違います。


(仲の良い友達でもできれば、少しは変わるのかもしれないけど、いかんせん候補が思い浮かばない)


 子どもどころか人口の少ない村です。

 ジョンの弟も一番下が十八歳なので、紹介できそうにありません。


 ミカエルにはそれなりに子どもらしい側面があります。環境によって幼い頃から大人にならざるを得なかった子とは違います。


(俺が凡人だから、自分の考える普通を押しつけてしまっているだけかもしれない)


 余計なことはせず成長を見守るべきなのかもしれません。


(せめてこの子が甘えられる存在になろう)


 やるせない思いを抱えながら、ジョンはミカエルに軽食を載せた盆を持っていったのでした。

お読みいただきありがとうございます。

評価、ブックマーク、感想など、ご想像以上に励みになりますのでなにとぞ!

なにとぞ!!(必死)

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